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第16話 シャナラの誓い

 ルルタは立ち上がり、反射的に髪に触れる。

 部屋の中にある鏡を見ると、様々な色合いの紐をより合わせた飾り紐が結われていた。

 ルルタは顔を上げる。


「シャナラさまが作られたのですか?」

「私の部族に伝わる守りの編み紐だ」


 シャナラはうっすらと頬を染めて口ごもる。


「お前が私の故郷のことを調べて、色々なものを用意してくれただろう? その礼に故郷にゆかりの品をお前にやりたくてな。受け取って欲しい……ルルタ?」


 ルルタが顔を伏せたため、シャナラは狼狽うろたえたように覗き込んだ。


「気に入らなかったか?」

「いいえ、いいえ!」


 シャナラの言葉に、ルルタは首を振る。

 

「シャナラ様が私のために作って下さったなんて……。嬉しいです……夢みたい」


 ルルタは自分の胸に、握りしめた手を押し当てる。


「大切にします。ずっと」


 そう言ったルルタの横顔を見て、シャナラはホッとした顔になる。

 それからどこか遠くを見るような眼差しで言った。


「私はこれから先ずっとこの後宮で過ごし、故郷に戻ることはない。そう思って自分の運命も、この宮廷も、この国のすべてを呪っていた。最近やっと、そのことを受け入れられるかもしれない。そう思えるようになった」

「シャナラさま……」

「お前のおかげだ、ルルタ」


 そう言って、シャナラはルルタのほうを見て微笑んだ。その顔を見つめているうちに、何故か胸が締め付けられ泣きたいような気持ちになった。


「お前もいつかは、誰かの妻になるためにここから出ていくだろう。後宮から送り出す時には、嫁ぎ先がどのような場所だろうと、決して引けを取らないような支度を私が調ととのえる」


 シャナラは独り言のように呟いた。


「お前の花嫁姿は……きっと美しいだろうな」


 独り言のように呟くシャナラの姿を見て、ルルタは思わず立ち上がる。


「私は結婚なんかしません。シャナラさまが後宮に留め置かれている限り、私もここでシャナラさまにお仕えします」


 シャナラは青い瞳を見開いてルルタを見つめた。

 ルルタはシャナラの足下に跪いて手を取り、その美貌を仰ぎ見る。

 シャナラはルルタの視線から逃れるように顔を背ける。

 そしてひどく苦しげな声で呟いた。


「ルルタ……私は人質としてここに連れて来られた。部族のためにここにつながれ、埋められたも同然の人間だ。後宮のこの部屋は私にとっては豪華な牢獄だ。私は一生を、ここに閉じ込められて生きることになるだろう」


 シャナラは自分の手を握りしめるルルタの手の温もりを感じ取るように、瞳を伏せる。


「お前をその道連れにするわけにはいかない」

「私の幸せは、結婚することじゃありません。シャナラさまのおそばにいることです」


 背けられたシャナラの横顔に向かって、ルルタは訴えるように言った。


「いつかシャナラさまがここから出て故郷に戻られる時、私も一緒に行きます。シャナラさまが生まれ育った場所を見てみたいんです」

「私がここから出ることはない」


 シャナラは微かに震える声で言った。


「故郷に帰ることは……ない」

「私が……」


 ルルタは心に浮かび上がった思いを、無我夢中で叫んだ。


「私がシャナラさまを故郷にお連れします!」


 シャナラは顔を上げた。

 ルルタは自分の言葉に驚いたが、言葉にするとはっきりとわかった。

 シャナラを故郷に連れていく。

 それこそが、自分の中にある一番の望みなのだ。


「私が、必ずシャナラさまが故郷にお連れします。何年かかっても」


 ルルタがそう言うと、シャナラの秀麗な顔に一瞬強い感情が浮かぶ。

 シャナラはその顔を見られまいと顔を背けた。


 長い時間が経ったあと、シャナラはルルタの名前を呼んだ。

 シャナラはしばらく黙っていたが、不意に思いきったようにルルタの手を取る。

 驚くルルタの前で、シャナラは片膝をつきこうべを垂れる。


「お前が『故郷に連れていく』と私に言ってくれたように、私もお前に約束をしたい」


 青い瞳に、強い意思の輝きを宿してシャナラは言った。


「何年かかろうと、私はここから出る。そしていつか必ず、お前を連れて故郷に帰る。ここでお前にそう誓う」


 シャナラはルルタの手を取った手に、わずかに力をこめた。


「それまで私と共に……ここにいてくれるか?」

「は……はい」


 シャナラに取られている手が熱い。火がついたのではないか、と思えるほどだ。

 心臓が飛び出しそうなほど胸が波打って苦しくてたまらないのに、一方でこの時間が永遠に続けばいいのにと願ってしまう。


(ど、どうしちゃったんだろう、私)


 シャナラが手を離し立ち上がったあとも、頬の熱さは容易に消えてはくれなかった。


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