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第15話 シャナラからの贈り物

 呟いた瞬間、シャナラは自分の声の響きで我に返る。ハッとしたように素早く手を引っ込めた。


「済まない」

「え?」

「急に触って」

「い、いえ」

 

 ルルタは驚いて首を振る。

 高位の人間が自分に仕える者にたわむれに触れることなどよくあることだ。

 だが、シャナラはひどく無作法なことをしてしまったかのように、自分の行いを恥じ入っていた。


「悪かった。触るつもりはなかったんだ……」


 シャナラはルルタの頬に触れた指を手の中に握りこむ。

 それから何かを誤魔化すかのように、そそくさと卓の上に置かれた青磁の香炉を取り上げた。


「これは奥の部屋の棚に置こう」


 シャナラはそのままきびすを返し、奥に行こうとする。


「シャナラさま、私がやります」


 そう言ってルルタが手を伸ばした瞬間、シャナラの体がビクリと震え、手から香炉が滑り落ちた。

 青い美しい置物は、床にぶつかり音を立てて転がる。

 ルルタは慌ててしゃがみ、床に転がった香炉を拾おうとする。ほとんど同時に、シャナラもかがんで手を伸ばした。

 青い香炉の上で二人の手が重なった瞬間、シャナラはまるで燃えたぎる炎に手を入れてしまったかのように手を引く。

 驚くルルタの前で、シャナラはひどく狼狽したように顔を背けて立ち上がった。

 

「茶を取って来る」


 呟くように言うと、シャナラはルルタのほうを見ずにそそくさと奥の部屋へと入っていった。



11.


 ルルタがシャナラと昼間の時間を過ごすようになってから、ひと月が経った。

 シャナラは年に似合わない物静かで落ち着いた性格をしており、自分の身の回りのことは自分ですることを好んだ。世話をされるどころか、そそっかしく早とちりの多いルルタの様子に常に気を配り、面倒を見てくれる。

 部屋で話をする時、庭を散策する時、馬の乗り方を教えてもらう時、シャナラのルルタに対する態度は丁重で折り目正しく「謹厳」とさえ言えそうなものだった。

 幼いころ読んだおとぎ話に出てきた、忠実な従士に付き従われる深窓の姫君にでもなったようだ。

 ちらりと浮かんだ考えを、ルルタはハッとして打ち消す。


(お仕えしているお妃さまを自分の従士みたいって思うなんて、な、なんて失礼な。でもでもシャナラさまは何でもお出来になるし、武術のお稽古をされている時とかすっごい美しくて、男の人なんかよりずっと格好いいんだもの)


 ルルタは目線を上げてシャナラのほうを見る。

 何故かシャナラと目が合ってしまい、二人は同時に視線を逸らした。


「な、何だ?」

「い、いえ、何でもありません」


 まさか「シャナラさまの妄想をしていました」とも言えず、ルルタは首を振る。

 シャナラはなおも横を向いており、室内にはぎこちない空気が流れている。


 親しくなるにつれ、シャナラの様子は明るくなり、時には声を立てて笑うようにさえなった。

 だが一方で、二人でいると突然身の置き所がないかのようなひどく緊張した様子になることがあった。

 最初は、気付かないうちに失言や失態をしてしまい、気分を害してしまったのかと思ったが、態度を見るとそういうわけでもないらしい。

 シャナラはしばらく押し黙っていたが、やがて思い切ったように顔を正面に向け、ルルタの名前を呼んだ。

 顔を上げると、シャナラが椅子から立ち上がり歩み寄ってくる姿が見えた。

 慌てて立ち上がろうとしたルルタの動きを、目顔で制する。


「で、ですが」


 ルルタは驚いて、首と手を同時に振る。

 あるじに立たせて自分が腰を下ろしている侍女など、聞いたことがない。


「渡したいものがあるんだ、座ってくれないか」


 ルルタはなおもためらっていたが、シャナラの真剣な様子に気圧されて、しゃちこばった動きで椅子に腰かけ直す。

 背筋をピンと伸ばして座っているルルタを見て、シャナラは微かに笑った。

 

「疲れるだろう。楽にしてくれ」

「は、はいっ!」


 そう答えつつも、緊張の余り一向に力が抜けない。

 息を詰めて座っていると、シャナラが背後に立つ気配を感じた。

 しばらくの沈黙のあと、シャナラは躊躇いがちに言った。


「お前に贈りたいものがある。髪に触れてもいいか?」

「も、もちろんで……。え?」


 髪に手を触れられ、柔らかくすくように一房取られたのがわかった。神聖な壊れ物でも扱うかのような手つきから、シャナラが自分と同じくらい、いやそれ以上に緊張していることが伝わってくる。

 やがてシャナラは手を止めて、椅子から離れた。


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