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第14話 気持ちが通じて良かったね。

10.


 ルルタは再び、シャナラの側付きの侍女として日々を送ることになった。


「良かったね、ルルタ。寵妃さまに気持ちが通じて」


 ユンカは微かに涙ぐみながら、ルルタが再びシャナラ付きの侍女に戻れたことを我が事のように喜んだ。

 キラが呆れたように言う。


「ちょっとユンカ、何であんたが泣くのよ」

「だって……ルルタが寵妃さまのために、凄く一生懸命頑張っていたの知っているから」


 ふくよかな指で目元を拭うユンカと、その横に立つキラを交互に見ながらルルタは言った。


「ユンカとキラが、私がシャナラさまのことを思っているって伝えてくれたんだよね、ありがとう」

「私は別に」


 キラはつっけんどんな口調で答える。


「事実を言っただけよ。寵妃さまの陰口を言っていた奴らに、あんたが山猫みたいに飛びかかっていましたって」

「寵妃さまの前に出たキラ、恰好良かったよ。『仕える者に心などいらぬなど仰せなら、どうぞ案山子かかしでも作らせてお部屋に置いてください』って言ってさ。寵妃さまは御簾みすの中にいたからご様子はわからなかったけど、他の子たちは卒倒しそうな顔してたよね」

「『案山子を作らせろ』なんて言ってないわよ。勝手に話を盛らないでよ」

「キラはツンデレだからなあ」

「あんたねえ、人の話、聞いている?」


 ひとしきり言い合った後、二人はルルタのほうを向いた。


「ルルタ、どう? 寵妃さまとは? うまくお仕えできている?」

「このままお気に入りの侍女でいて寵妃さまに御子おこでも誕生したら、出世街道まっしぐらね」


 精一杯「抜け駆けした同輩に皮肉を言っている態」を装おうとしていたが、言葉の内容とは裏腹に、キラの口調にはルルタの思いがシャナラに通じた安堵と喜びがにじんでいた。

 そんなキラを横目で見て、ユンカは口の中で「やっぱりツンデレ」と呟く。


 シャナラからこれまでの態度を謝罪された日から、ルルタは務めがある時以外は、シャナラと共に過ごすようになった。

 シャナラは国王の寵愛を一身に集める妃とは思えないほど、質素で静かな暮らしをしていた。

 ルルタが起床の挨拶をしに行くころには朝食を済ませて、身仕舞を整え、ルルタのために食後の茶を用意している。

 昼間は自室で本を読むか、遠乗りをするか、庭を散策している。朝はかなり早く起きて武術の鍛錬をしていると聞いた。

 上流階級の人間は、ほとんどの者が昼近くまで寝て、午後から夕方にかけて出かける準備をし、夜は何らかの宴や集まりで深夜まで過ごすのが普通だ。

 周囲との付き合いもほぼせずに、世捨て人のように思索と鍛錬に励むシャナラの生活は、ルルタにとって驚きだった。


 ルルタがシャナラの部屋に飛び込んだ数日後、二人はシャナラの故郷の縁の品の飾り付けを行っていた。 ルルタに詫びた後、シャナラは片付けさせた品を部屋に置きたいと言った。

 ルルタは、喜び勇んで自室から置物や壁掛け、道具類を持ってきた。

 シャナラが稽古や遠乗り、入浴などで居室にいない間に飾り付けを行うつもりだったが、シャナラは当たり前のようにルルタが持ってきた重い箱を持ち、品物を出し始めた。


「シャナラさま、私がやります」


 ルルタの言葉に、シャナラは手を止めることなく答える。


「二人でやったほうが早い。お前の背丈だと、壁掛けをつけるのは大変だろう」

「で、ですが」


 高貴な女性が、自ら部屋の内装を調えるような作業をするなど聞いたことがない。

 慌てふためくルルタに向かって、シャナラは不本意そうに言った。


「そんなに私は何も出来ないように見えるか」

「い、いえ、そんなことはないです」

「ここに来る前は、自分の身の回りのことはすべて自分でするのが当たり前だった」


 シャナラは、木彫りの馬の置物を手に取りジッと見つめる。


「ヴォルガは『ユルト』という組み立て式の家屋を持って、草原や岩地を移動して生きる。男は一人前になると、自分のユルトを持つ。生活に必要なものは部族内で共有する。私有という概念自体が稀薄なんだ。自分の物と言えるのは、衣服とユルト以外では剣と弓、馬くらいだ」


 ルルタは懸命に頭の中をかき回し、本で読んだ知識を引っ張り出す。


「ええと、剣と弓にはその人の魂がこもっていて、馬は守護精霊が姿を変えたもの、なんですよね」


 シャナラは意外そうに目を見張った。


「知っているのか」


 美しい碧玉の瞳を向けられて、ルルタは我知らず下を向く。

 

「本で読んだだけですけど」

「そうか」


 シャナラは呟き、自分の身の内にあるものを見つめるような眼差しで言葉を続ける。


「私たちは幼いころに、剣と弓を与えられ、部族の戦士として生きる誓いを立てる。誓いの時に魂の一部が身体を抜け出て、武具に宿ると言われている。武術の訓練は体を鍛えること以外に、魂を磨き霊位を高める意味合いもある」


 ルルタがぽかんとした顔をしていることに気付いたのか、シャナラは表情を隠すように顔を背けた。光沢のある長い髪の隙間からのぞく白磁のような頬が、うっすらと朱に染まっている。


「こんな話はお前には退屈だろう」

「そ、そんなことないです!」


 ルルタは慌てて手を振った。


「書庫で調べて思ったんです。知らないことがたくさんあるんだなって。私は、その場所にずっとある家とかこの後宮みたいな場所で暮らすのが当たり前だと思っていて、家を持ち歩いて色々な場所に行きながら生きる人たちがいるなんて想像したこともなかったです」

「『家を持ち歩く』?」

「え? 違うんですか」


 シャナラはおかしそうに笑った。


「そんな風に考えたことがなかった。言われてみればその通りだな」


 シャナラに笑いかけられた瞬間、心臓が跳ね上がるように脈打つ。

 何ということのない会話をしているだけなのに、胸が締めつけられるように痛んだり、顔がのぼせたように熱くなり頭がくらくらする。

 今まで自分のことを冷たく遠ざけていたシャナラが親しく接してくれるようになったことが夢のようで、舞い上がってしまっているのだろう。


(ダメダメ、浮かれすぎちゃ。シャナラ様の側付きとして恥ずかしくないようにしないと。侍女の振る舞いはあるじの評判に直結するんだから)


 ルルタは自分の両頬を掌で挟むように思いきり叩く。

 涙目になっているルルタを見て、シャナラは怪訝そうな顔になる。


「どうしたんだ、急に」

「ううっ、たるんでいるんで気合を入れ直したんです」


 ルルタの返事を聞いてシャナラはクスリと笑いを漏らした。


「おかしな奴だな」


 それからルルタのほうを見て言った。


「頬が赤くなっている」

「え?」

「思いきり叩くからだ」


 何か目に見えない力に導かれるように、ルルタの丸みを帯びた頬に、シャナラの白い指先が触れる。

 小さいころから刀や弓を持って鍛えていたためか、シャナラの手は外見にそぐわず、皮が厚くなり無骨な見た目をしている。

 

「お前の頬は柔らかいな」


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