第13話 シャナラと呼んで欲しい
そう言われても、ラガルドはまったく動揺を見せなかった。
仔犬に吼えられたかのように苦笑する。
「外に出れば閉め出されるのはお前のほうだがな。まあいい、急ぐ用でもない」
ラガルドは歩み寄り、顔を背けたシャナラの手を強引に捕らえ、自分の手元に引き寄せた。
「では、寵妃どの。また後ほど」
「止めろ」
さらに引き寄せられそうになって、シャナラは抗うように首を振った。
ラガルドはシャナラの反応を楽しむように笑うと、手を離す。
そうしてルルタに一瞥を与えることもなく、身をひるがえして部屋から出ていった。
11.
扉が閉まり男の気配が消えても、ルルタはその場から動けずにいた。見たこともない魔物に遭遇してしまったかのような強い恐怖感が、今さらのように全身に広がっていく。
少しでも動こうとしたら、腰から力が抜けてその場にへたりこんでしまいそうだった。
(よ、良かった、いなくなってくれて)
波打つような胸の動悸を何とか鎮めようと、ルルタは服の胸元をギュッと掴む。
その時、俯いたまま、服や髪の乱れを手早く直しているシャナラの姿が目に入った。
「寵妃さま……」
ルルタが恐る恐る声をかけると、シャナラはまるで焼けた鉄の棒でも当てられたかのようにビクリと体を震わせた。
「申し訳ありません、勝手にお部屋に入ってきて。隣室で控えていようと思ったんですけど、あの人の態度が余りに無礼だから許せなくて」
話しているうちに先程の自分の態度を思い出し、ルルタは口ごもる。
確かにあのラガルドという男の言動は、信じがたいほど無礼だった。
だが勝手に部屋に入り主と客人の会話に割り込み、あまつさえ客人に向かってわめき散らした自分の態度も非礼を通り越して非常識と言っていい。
しかも客人を追い返した上に、その態度を批判するようなことまで言っている。
そのことに思い至り、ルルタは真っ赤になる。
「本当に……本当に、申し訳ありませんでした!」
「お詫びのしようもない」そう思い、ルルタは勢い良く頭を下げる。
「いや」
ややあって、シャナラは小さな声で呟いた。
ルルタが顔を上げると、シャナラは戸惑ったように視線を逸らした。
「お前が来てくれて助かった。……礼を言う」
ルルタはマジマジとシャナラの横顔を見つめる。
シャナラは困惑したように視線をさ迷わせていたが、ふと卓の上を見た。
つられるように卓の上を見ると、そこに見覚えがある壺が置かれている。
シャナラは卓に近寄ると壺を取り上げ、中身を椀に注ぐ。呆気に取られるルルタの目の前に、シャナラは椀を差し出した。
「飲んでみろ」
「は、はい! いただきます」
緊張に全身を強ばらせながら、ルルタは椀を受け取り、唇から一口含んだ。
瞬間、盛大にむせ返る。
「な、何これ!」
叫んでから、シャナラの前だということを思い出し、慌てて掌で口を押える。
口を押えながら咳き込むルルタを見て、シャナラは言った。
「お前が私に飲めと言って置いていったパタ茶だ」
「えっ……」
ルルタは顔をひきつらせた。
顔が赤く染まり、暑くもないのに汗が吹き出てくるのがわかる。
「まったく、何を入れたらこんな味になるんだ」
「嫌がらせかと思ったぞ」と言われて、ルルタは肩をすぼめて縮こまる。
こんなものを得意げに勧めてしまったのか。
そう思うと全身に冷や汗が流れる。
「も……申し訳ありません」
もはや何から謝って良いかもわからず、ルルタは消え入りそうな声で呟く。
シャナラは少し黙ってから言った。
「パタ茶は、家によって作り方が違う。各家のパタ茶を持ちよって、回し飲みをしたりもするんだ」
シャナラはルルタをチラリと見たあと、独り言のように言った。
「今度、私の家の製法を教えてやろう」
「今度、ですか?」
驚くルルタのほうを見て、シャナラは無愛想にさえ聞こえる声で言った。
「お前のレシピを飲ませてもらったからな。その礼だ」
「は、はい! はい!」
シャナラは、しばらくルルタの顔を見てから、僅かに視線を逸らして呟いた。
「……この間は済まなかった」
「えっ」
「お前の代わりを選ぶために、何人か侍女がここに来た。そのうちの二人が言っていた。お前が……私のために夜通し色々と調べものをして、このパタ茶も、一生懸命調べて作ってくれたのだと」
ルルタの脳裏に自然とユンカとキラの姿が浮かんだ。
目がしらを熱くしたルルタの姿をしばらく見つめたあと、シャナラは小さな呟きを唇から漏らす。
「……お前も私を部族から売られた人間、卑しい蛮族と蔑んでいるのだろうと思っていた。それで構わない。この宮廷の人間は皆、私にとっては故郷の仇で敵だ、そう思ってお前に怒りをぶつけていた」
碧い瞳を伏せて、シャナラは消え入りそうな声で言った。
「悪かった……」
「そ、そんなっ」
ルルタは慌てて手を振り、その顔を覗き込む。
「私にそのようなことをなさらないで下さい。顔を上げてください、寵妃さま」
シャナラは顔を上げる。
「シャナラだ」
「シャ……」
ルルタは口の中で呟く。
「シャナラ……さま」
ルルタが呼ぶと、シャナラは小さく笑った。
その顔を見ていると、何故か急速に心臓の鼓動が速くなり頬が熱くなっていく。胸が詰まって息苦しくなり、逆に足下は夢の中にいるかのようにふわふわしておぼつかない。
生まれて初めて味わうその感覚は、きっと「シャナラに笑って欲しい」という願いがかなったからだろう。
そう思いながら、ルルタはいつまでもシャナラの笑顔を見つめていた。
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引き続き、第14話以降をお楽しみください。




