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第12話 寵妃さまを助けなきゃ!

 10.


 高位の妃には、後宮の中に専用の広大な居住空間が与えられる。

 入り口には門扉代わりの両開きの飾り扉があり、そこを開くと侍女が客に応対するための「控えの間」がある。屋敷で言えば玄関口にあたる。

 ルルタは控えの間から奥の様子を伺う。人の気配がまったくないため、おそるおそる扉を開ける。

 一番手前にある応接間は、貴族の屋敷の舞踊室のように広い。

 その奥の扉を抜けた先がシャナラの居室だ。


「室内の様子を伺うだけでいい」


 レイにはそう言われたが、断りもなく居座るのは気が引ける。

 さりげなく自分の存在を知らせるために、ルルタは居室に続く扉に近づく。


 その時、室内に不穏な空気が流れていることに気付いた。

 内容は聞こえないが、先ほど見かけた男とおぼしき人間が何事かをシャナラに迫っており、それをシャナラが必死に拒んでいる気配が感じ取れる。

 男の声の調子には、最終的にはシャナラは自分の言うことに従わざるえないという確信と余裕があり、シャナラの抵抗を楽しんでいる節さえあった。

 先ほど見た背の高い男が、シャナラに無理難題を吹っかけている様子が思い浮かぶ。

 シャナラの小さな悲鳴が聞こえた瞬間、ルルタの脳内で何かが爆発した。


「失礼します!」


 何を考える暇もなく、怒りの衝動に突き動かされてルルタは勢いよく扉を開ける。

 細工物のように美しい調度品が置かれた居室の奥に、二人はいた。背中に灰銀色の長い髪を流した背の高い男が、シャナラの細い体に覆い被さっている。

 男は片腕をシャナラの背後の壁につき、もう片方の手はシャナラの白いおとがいに添えられていた。


 シャナラは顔を上げ、ルルタの姿を見た。

 瞬間、美しいそのおもてから血の気が引いていった。張り裂けんばかりに見開かれた碧い瞳には、恐怖と絶望だけが映っていた。

 悪意ある噂でどんなに卑しめられても、昂然と顔を上げ誇りに満ちた態度を崩さないシャナラが、自らの無力さに打ちのめされ今にも崩れ落ちそうな様子を見せるのは初めてだった。

 何かを考えるもなく、ルルタは二人のそばに駆け寄り、強引にあいだに割って入った。

 シャナラを背後に庇うように立ちふさがり、自分より頭二つぶんは背が高い男の顔を睨みつける。


「このかたをどなたと思っているのですか。案内も乞わずに部屋に入って、馴れ馴れしく近寄るなど。失礼にもほどがあります。すぐに出て行ってください! 出て行かないなら人を呼びます」

「ほう」


 男は唇に笑みを浮かべた。

 威嚇してきた子猫の様子を面白がり、どうしようか思案するような表情だった。


「気の強い侍女だ。昔のそなたを思い出すな、妃どの」


 男がそう言った瞬間、シャナラの細い体が小刻みに震え、秀麗な顔から血の気が引いた。


「あのっ!」


 ルルタは声を荒げた。


「寵妃さまに向かってそんな言い方……し、失礼です!」


 男は髪の色と同じ、冬の空を思わせる灰銀色の瞳を細めてうっすらと笑った。いかにも高貴な貴族らしい典雅な容貌が、一瞬にして冷たく底が知れないものになる。

 意地でも目を逸らすものかと思ったが、指先から血の気が引き顔の気持ちがすくみ上っているのが自分でも分かる。


(こ、怖い……)


 男は笑みを浮かべたまま、一歩ルルタのほうへ足を踏み出した。


「ラガルド、止めろ」


 声が聞こえたと同時に、ルルタは肩を掴まれ、そっと後ろに追いやられる。


「この娘には何も関係ない」

「あっ、あります!」


 ルルタの言葉に、シャナラは驚いて振り返る。

 ルルタは真っすぐな視線を男のほうへ向けたまま言った。


「私はシャナラさま付きの侍女です。シャナラさまが後宮で心安らかにお過ごしいただくこと、そのための快適な環境をお守りすることが私の役目です。シャナラさまがお過ごしになる空間に断りもなく踏み入って、居座って困らせる。そんなことは相手がどなたであろうと許すわけにはいきません」


「ラガルド」

 そう呼ばれた男は、三十歳前後と年若く見える。装いや身のこなしからひと目で高位の貴族であることがわかる。

 ルルタはおろかシャナラさえ、冷たく値踏みするような目つきで見ているところを見ると、そうとう身分が高い人間だ。

 だが、シャナラを守るためならば例え相手が国王その人であろうと引く気はない。ルルタは全身の力を振り絞って、男の眼差しを跳ね返した。

 ラガルドはおかしそうにルルタを眺めたまま口を開いた。


「お前が、こんなによくさえずる小鳥を飼っていたとは知らなかった」


 ラガルドはからかうような視線をシャナラに向ける。


「仇の国の人間でも、愛らしい者に心慰められることに変わりはない、ということか」


 ルルタの前で、シャナラの細い体が屈辱に耐えるように細かく震える。

 男は明らかにシャナラの誇りを傷つけ、なぶりものにすることを楽しんでいた。

 

 シャナラをこの男から救わなければならない。

 不意に、ルルタの胸にそんな考えが浮かんだ。

 いま目の前にいるこの男こそが、シャナラを縛る鎖であり、閉じ込める牢獄なのだ。

 シャナラの苦しみに満ちた表情が、自分の勘が正しいことをルルタに確信させた。


「今すぐ出ていってください」


 ルルタはラガルドの貴公子然とした顔を睨んで叫ぶ。


「そうでなければ、衛兵を呼びに行きます」


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