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第11話 寵妃さまのお部屋に男の人!?

「何をしているんだ、お前は。向こうに気付かれるじゃないか」

「だ、だって、男の人が寵妃さまのお部屋に……」

「静かにしてろ、この抜け作」

「ぬ、抜け……?」


 レイはルルタの口を塞ぎながら、抜け目ない眼差しをシャナラの部屋のほうへ向ける。

 男はごく自然な様子で扉を開け、部屋の中へ入った。


「え? え? えええっ?」


 言葉にならない声を上げるルルタを見て、レイは少女のように優美な眉をしかめる。


「うるさい奴だな、静かにしろと言っているだろ」

「だ、だって、レイさま、あの人、断りもなしに寵妃さまのお部屋に入っていきました。寵妃さまの! お、お部屋に! 男の! 人が!」

「そんなことはわかっている」


 ぞんざいに返答してから、レイはふと探るような眼差しをルルタに向けた。


「おい、お前……ええっと、名前は……何だったかな……パンダ? ポンタ? いや……違うな」

「ルルタです」

「そうか、そうだったな。おい、ルルタ」


 レイは言った。


「お前、寵妃さまのお部屋にさっきの男を案内したことはないか?」

「えっ!」


 ルルタは仰天して叫ぶ。


「したことありません。だって、だって……男の人、ですよね? 後宮にいるわけないじゃないですか」


 レイは呆気にとられて口をつぐんだ後、おもむろに言った。


「本気で言っているのか?」

「え?」


 疑わし気な目つきで見られて、ルルタはきょとんとする。

 レイはコホンとわざとらしく咳払いをする。


「……後宮で男を見たことがないというのは」


 言われた意味がわからず、ルルタは首を捻った。


「もちろんです。後宮には侍従のかた以外、男のかたは立ち入れませんよね」


 レイは少し黙ってから言った。


「お前」

「え?」

「何も聞かないのか?」

「何も?」

「噂とか」

「噂?」


 訳がわからないまま、ルルタは尋ねた。


「何のですか?」


 レイは意味ありげな目つきで言った。

 

「例えば、そうだな。寵妃さまについてとか」

「寵妃さまについて? 陰口ですか?」


 ルルタが柳眉を逆立てて詰め寄ろうとするのを、レイは片手を上げて遮った。


「寵妃さまの身辺についてだ」

「身辺?」


 ルルタが何も考えておらず、純粋にシャナラを気遣う思いしかないと見てとると、レイは半ば呆れたような半ばは感心したような顔つきになる。


「本当に……何も知らないのか?」

「だから何をです?」

「いや、いい」


 レイは軽く手を振ったあと言った。


「じゃあ、お前は先ほど寵妃さまのお部屋に入っていった男とは会ったこともないし、誰かも知らないんだな?」

「はい」


 問われてルルタは素直に頷く。


「あのかたはどなたですか? 寵妃さまのお身内のかたなんですか?」

「『お身内』。なるほど『お身内』か」


 レイの口調の中にシャナラに対する毒気が含まれているのを感じ取り、ルルタはムッとして黙り込む。

 ルルタの様子には構わず、レイは少女のように優美な顎先を、指で撫でて考え込み始めた。


「ルルタ、お前に頼みがある」

「頼み、ですか?」


 頷いたレイの表情は、いつもの権高さが嘘のように優しいものだった。


「先ほど寵妃さまの部屋に入った男は、寵妃さまとはお身内同然の()()()()()()かただ。水入らずでお二人で語り合いたい事柄もあるのだろう。だがいかに寵妃さまの()()()とはいえ、後宮の規則は規則だ。侍女の立ち合いもなしに、お二人でお会いするのでは、お妃さまたるかた自ら男子禁制の後宮に悪しき前例を作ってしまうことになる。わかるな?」


 いつになく柔らかい口調で諭すように問われて、ルルタは思わず頷く。

 シャナラは日頃は極力寂しさに耐えており、本当に耐え難くなった時にだけ身内の者にこっそり来てもらっている。ルルタが今までその存在を知らなかったのは、訪問の機会がごくごく稀なものだからではないか。

 そういう話なら、と納得すると同時に、胸の奥がズキリと痛んだ。

 自分が触れることすら出来なかったシャナラの孤独を、あの見知らぬ男は慰めることができるのだ。


「……だから、行ってこい。わかったな?」


 突然はっきりと声が聞こえてきて、ルルタは顔を上げる。


「え? 何ですか?」


 先ほどまでのおもねるような表情が吹き飛ばして、レイは物凄い形相でルルタを睨んだ。


「お前、僕の話を聞いていなかったのか?」

「済みません、別のことを考えていて」

「別のこと? 何で人が話している最中に、そんなことを考えているんだ」


 噛みつかんばかりの勢いで言われて、ルルタは肩をすくめる。

「とにかく」とレイは声を大きくした。


「部屋で男と二人きりでいたなんてことになったら、寵妃さまの立場もまずくなるだろ。お前は続きの間にいて、二人がどんな様子かを見張るんだ」

「え……立ち聞きするんですか?」


 レイは高慢な仕草でツンと顎をそらす。


「立ち聞きの何が悪いんだ。主人が来客とどんな話をしているかを把握する。それも侍女の仕事だろ。聞いた話はすべて僕に報告するんだ」

「ですけれど」

「『ですけれど』じゃない。とっとと行ってこい。マーリカどのが突然来たらどうするつもりだ。寵妃さまの立場が危うくなるぞ」


 躊躇うルルタの背中を強引に押しながらレイは言った。


「万が一、寵妃さまか相手の男に気付かれても、何だかんだ理由を見つけて、何としてでも居座るんだ。出ていったふりをして物陰に隠れて聞き耳を立てるとか、忘れ物をしたふりをしてさりげなくうろうろするとか、『呼ばれたような気がいたしましたので』と言ってしれっとして戻るとか、いくらでも出来るだろうからな」

「え? ええっ?」

「何がええっ? だ。こんなのは侍女の心得の基本の『き』だろうが」


 レイは突き飛ばすようにしてルルタをシャナラの部屋の前に押し出した。

 ルルタは扉の前に立ち尽くし、ゴクリと唾を呑み込む。

「侍女の立ち合いもなしに男と会っている」ということが広まればシャナラが苦しい立場に追い込まれるのは確かだ。

 故郷から連れ出され、人質としてたった一人で異国の地にやってきた。

 そんなシャナラの境遇も寂しさも何の言い訳にもならない。

 侍女である自分がそばに控えていた、となれば「慣例にのっとった訪問である」という恰好はつく。

 例え今以上にシャナラに疎まれるとしても、侍女としてシャナラの側にいなければ。

 そう思い、ルルタは部屋の扉に手をかけた。


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