第10話 こんなところで何をしているんですか?
9.
次の日。
自室で謹慎するように言われたルルタは、朝食のあと、部屋でぼんやりとしていた。
キラやユンカが書庫から持ってきた本をパラパラめくったりもしたが、内容がまるで頭に入ってこない。
(シャナラさまは……私がいなくても気にされていないよね)
ルルタは庭に差し込む陽射しを見ながら考える。
東方の騎馬部族の出身であるシャナラは、女性ながら馬術や武術に優れている。手足のように馬を扱うシャナラを見て、宮廷の馬術指南役も舌を巻いたほどだと聞いた。
一度だけ馬の世話をしているシャナラを遠目で見たことがある。
ルルタが見たことがないような優しい眼差しをして、馬の体を撫でながら何事かを話しかけていた。
あの時もルルタの存在に気付くと、すぐにいつもの冷たい感情のない顔つきに戻った。それを見て、ひどくがっかりしたことを思い出す。
(今ごろ、シャナラさまは何をされているかな)
ルルタの部屋からシャナラの姿が見えることなど、万が一にもありえない。
わかっているのに、どうにかしてひと目でもその姿が見えないか、ひと言でいいから話せないかと考えてしまう。
(もう……お会い出来ないのかな)
シャナラはルルタが来ないことに気付いて、せいせいしたと思っているかもしれない。どちらにしろルルタのことを考えるなどほんの一瞬で、目の前からいなくなればすぐに忘れてしまうだろう。
何を見ても楽しく感じられず、やる気も起きない。
朝ごはんも砂を噛んでいるような心地がした。
どんなに嫌なことがあってもどんなに怒られても、寝て起きれば朝には元気が出るルルタにとって、こんなことは初めてだった。
(少し外を歩いてこよう)
「謹慎していろ」というのは「大人しくしていろ」という意味で、大人しくしていれば少しくらい歩き回るくらいはいいだろう。
そう都合よく解釈し、ルルタは外に出た。
なるべく朋輩たちの邪魔にならないように、人気のないところを通って庭でも散策しよう。
そう思っていたのに、いつの間にかシャナラの部屋の前まで来ていた。
シャナラは「渡り」の時以外は、宮廷の人間がいる場所には滅多に出てこない。外に出る時は、庭から直接出ていく。
だから部屋の外をうろうろしても百にひとつも会える可能性はない。
扉は固く閉ざされており、心の中で念じながら見つめてもまったく開く様子はない。
(そりゃそうだよね)
ルルタはしょんぼりとため息をつく。
その時ふと、そばで人の気配を感じてルルタは視線を動かした。
ルルタがいる場所よりもシャナラの部屋の扉に近く、太い柱の影になっている場所に、小柄な人影があった。影はシャナラの部屋の様子を伺うことで頭がいっぱいになっているようで、ルルタの存在にまったく気付いていない。
回廊の中心からは死角になっている薄暗い場所なので、小さな塊のようにしか見えないが、何故かその気配に見覚えがあるような気がした。
何気なく近寄っていき、相手が誰かわかった瞬間、ルルタは驚きの声を上げる。
「クランスカさま?」
柱の陰から身を乗り出していたレイ・クランスカはビクリと体を震わせ、凄い勢いで振り返った。
「な、何だ、お前は。急に出てきて」
「え? ずっといましたけれど」
「ずっと?!」
レイは動揺も露わに叫び、慌てて自分の口を押えて辺りを伺った。
周囲には自分とルルタの他には誰もいないことを確認すると、尊大な態度に立ち返り肩をそびやかした。
「僕の行動について、お前ごときにとやかく言われる筋合いはない」
何も言っていないのに、という言葉はかろうじて飲み込んでルルタは別のことを言った。
「それはそうですけど、寵妃さまのお部屋の様子を窺っているみたいでしたから」
「僕が、人に隠れてこそこそ何か探ろうとしている。そう言いたいのか?」
レイの顔が真っ赤になったため、ルルタは慌てて言った。
「そんなことは思っていません」
「ふん、まあいい」
呟いてから、レイはふと紫色の瞳を細めた。
「お前、寵妃さま付きの侍女じゃないか。謹慎になったと聞いたが、何でここにいるんだ?」
「え……と」
ルルタは言葉に詰まる。
レイは唇を歪めてふふんと笑いを漏らした。
「大方、何か粗相をしでかしてご機嫌を損ねたのだろう。お前は見るからに気がきかなくて鈍臭そうだからな」
ルルタは下を向く。
言い方は辛辣だが、その通りなので言い返すことが出来ない。
レイは自分の言葉に落ち込むルルタを、小気味良さそうに見ている。
「田舎者が調子の乗って出しゃばるからだ。これに懲りたら、僕のような名門の人間に相応の敬意を払って……」
そこまで話した瞬間、レイは不意に視線を逸らした。
つられてルルタが視線を動かすと、シャナラの部屋の前に背の高い人間が立っているのが見えた。
「えっ……?」
ルルタは目を丸くして人影を凝視する。
(男の人……?)
後宮に、それも高位の妃の部屋の前に侍従以外の男が立ちいるなどありえない。例え国王その人だろうと、侍従の案内なしに後宮の内部には入ることはできないはずだ。
思わずその場から飛び出しそうになったルルタの腕を、レイが掴んだ。




