クレーム対応
廊下の奥へ行くと、さっき別れた黒緋が、壁に背中を預けて立っていた。
「あ、黒緋さん」
「よぉ? なんか、あの後すぐに噛まれたらしいなぁ」
「…………」
黒緋はいつもと変わらない笑みを浮かべ、スイに手を振った。
近付くと、スイが今にも泣きそうになっていることに気づき、首を傾げる。
「もしかして、猫又に何か言われたか?」
「人間に、強い恨みを持っているらしいです。私を見ただけで発狂してしまって、暴れてしまいました」
「なるほどねぇ。まさかだと思うが、それをお前のせいだとか、思ってんじゃねぇだろうなぁ?」
黒緋の言葉に、スイの肩がビクッと上がる。
その反応を見て、黒緋はやれやれと肩を落とした。
「今回のは、完全に猫又に非があるだろう。お前さんが自ら表に出たわけじゃないんだからな」
「そうですが……私がもっと上手い立ち居振る舞いができていれば、こんなに大きな事態にはならなかったかもしれません」
すぐに隠れるなり、誤魔化すなりできていれば、天狗が出てくることはなかったかもしれない。
そう思い、スイは自分の不甲斐なさに呆れてしまった。
「まぁ、その話は、今の事態を抑えてからだなぁ。俺も、ちっと天狗の所に行ってくるわ」
「はい、お気をつけて……」
スイはそのまま、廊下の奥へ進もうとする。
だが、それを黒緋は止めた。
「待て待て」
「え?」
「少し、見ていかないか?」
※
「これ以上暴れるのであれば、当旅館を出禁にせざるを得ません。よろしいのでしょうか?」
「従業員がお客様に、なんて言う態度を……! 私は猫又よ!? 名前も知れ渡り、力も持っているの! この旅館くらい、簡単につぶせるんだから!!」
甲高い声が廊下に響く。
天狗は、深いため息を吐いた。
――――力尽くでも、追い出す必要があるか。
そう考えた瞬間、静稀の後ろに両親と女中たちが現れた。
だが、止める気はないらしく、ただ傍観している。
はぁ、と、めんどくさそうに息を吐き、黒髪をガシガシとかく。
「お客様、何かございましたか?」
「っ、黒緋か」
天狗の後ろから、ぬっと現れたのは、笑顔の面を付けた黒緋だった。
「あんた!! この従業員に何か言ってよ!! お客様相手に出禁だなんて言い出したのよ!? この妖癒旅館は、お客様を癒すのが仕事なんでしょ!? どういう教育をしているのよ!!」
「ほうほう、なるほど。では、私から一つ――なぜ、従業員専用の廊下に、お客様である貴方がいらっしゃるのでしょうか?」
黒緋の言葉に、静稀は一瞬言葉に詰まる。
だが、すぐに顔を赤くし、喚き散らした。
「ここが従業員用なんて、誰も言わなかったわ! 客を普通に通して、あんたたち従業員が悪いんじゃない!?」
「それはおかしいですねぇ。しっかりと、貴方を止める従業員の声が聞こえたのですが~」
「でたらめ言ってんじゃないわよ! 嘘ばっかり言って!!」
「では、監視カメラで確認しましょうか? 至る所に付けているのでねぇ~」
妖癒旅館は、九尾が選別して客を招き入れている。
そのため、今までは滅多に騒ぎが起こることはなかった。
だが、時々、九尾が酒に酔っており、招き入れるあやかしを間違えることがある。
そのため、旅館には監視カメラが設置されていた。
お客様の目に入る場所と、目立たない場所の二種類が存在している。
黒緋が今、指さしているのは、はっきりと見える監視カメラだ。
静稀はそれを見て、ギョッとする。
「確かに、証拠もないままお客様を疑うのは、良くありませんでしたねぇ。私の幻聴かもしれませんし~」
「い、いや、それは……」
「では、監視カメラを片っ端から見てみましょうか。私一人だと、捏造を疑われてしまいますし。静稀様にも、一緒に見ていただきましょう。それが一番ですね!」
ニコニコと提案する黒緋に、静稀は「も、もういいわよ!!」と吐き捨て、家族の元へ戻っていった。
「おやまぁ~」
「黒緋さんは、本当に笑いながら人を追い詰めるのが好きですね」
身長差のある二人。
天狗は、下から見上げる形で言った。
「好きだぞぉ~。だから、クレーム対応係をやってるんだ」
「そうですか。私は助かりますが、あまり追い込みすぎないでください」
「わかってるっての」
黒緋は、天狗の頭をよしよしと撫でる。
「やめてください」
「がっはっはっはっはっ!! 照れ屋だなぁ~」
「まだ、お客様はお帰りではありません。最後まで気を引き締めますよ。それと、角から覗き見している女性も、早く部屋に帰りなさい」
――――ビクッ!!
曲がり角から顔を覗かせていたスイは、天狗の言葉に肩を跳ねさせた。
「…………すみません」
「謝っている時間があるなら、早く戻れ。言葉より先に体を動かせ。それでよく、経営者の娘を名乗れるな」
「うるさいですよ!!」
一言も二言も多い天狗に、「べー」と子供のように舌を出し、そのまま部屋へ走って行った。
ドタドタと遠ざかる足音を聞きながら、黒緋は深いため息を吐く。
「まったく、もう少し素直になったらどうだ?」
「私は、いつでも素直ですよ」
「スイの前だと、乱暴だろう」
「あれが、私の性です」
「性を出せるほど、関係値が高くなっているってことだな?」
「早く、おもてなしの準備をしますよ。何をしているんですか、黒緋さん。さぼらないでください」
誤魔化すように、天狗はその場を去っていった。
残された黒緋は、再び肩を落とす。
「今後が思いやられるな」
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