無理
数分後、やっと廊下から気配が消えた。
皆が顔を見合わせ、一気に息を吐き出す。
「何とか逃げ切れましたね」
「そうみたいですねぇ~。捷疾鬼が走ってくれたのが、今回は役に立ちましたねぇ~」
二口女とろくろ首が安堵の息を吐く中、スイは不安そうに眉を下げ、廊下の方を見ていた。
「今のは、一体何……? なんで、天狗様が……。…………いや、天狗様じゃないのか。でも、なんなの……?」
頭が混乱し、何もわからなくなっている。
考えようにも、思考が絡まり、落ち着かない。
「――――そういえばぁ、私達、近くに駆け込んだ部屋が誰の部屋か考えていませんでしたねぇ」
「あぁ、たしかにそうですね。――――ここって、ろくろ首さんの部屋ですか」
二口女の言葉に、スイはビクッと肩を跳ねさせた。
ゆっくり振り向くと、そこにはマネキンの頭が至る所に転がっている。
「ひっ――……」
「静かにお願いします。気持ちはわかりますが」
二口女が、叫びそうになったスイの口を抑える。
早口なところを見ると、二口女自身も必死に叫びたい気持ちを抑えているのだろう。
「ひっひっひっ。まずは、ここで作戦会議といきましょう。早くこの事態をどうにかしなければ、玄様がお目覚めになりません」
「そうですね。それに、次のお客様が来る前に、何とかしなければ……」
次のお客様について、スイは何も聞いていなかった。
「予約が入っているのですか?」と問いかける。
「入っています。明日以降の予約で、まだ日付は確定していないのですが、今日中に解決しなければ、お客様に迷惑をかけてしまいます」
「そ、そうなんですね……」
その言葉に、スイは再び焦りを覚える。
早くどうにかしなければならない。けれど、偽物の天狗が何を企み、何を目的としているのか、まったくわからない。
話し合いたくても、会話が成立しそうな相手ではない。
スイは親指の爪を噛み、必死に考えた。
――――あの偽物は、どこから迷い込んだ? なぜ妖癒旅館を狙っている? どうやって九尾様の目をかいくぐった?
いや、侵入経路よりも、今どうするかだ。捕まえなければならない。けれど、相手の目的も力もわからない。どうすれば……。
「スイ様」
「っ。は、はい」
二口女に呼ばれ、スイは思考を止めて顔を上げた。
「まず、私がもう一度、偽物の天狗様に話しかけてみます」
「だ、大丈夫なんですか? 話が通じる相手には思えませんが……」
「通じないかもしれませんが、声は届いているはずです。呼びかけに対する無意識の反応から、何かわかるかもしれません。それを、ろくろ首に見てもらいます」
二口女がそう言って、ろくろ首を見る。
ろくろ首は「ひっひっひっ」と笑いながら頷いた。
「首を伸ばすことしか出来ない私ですが、出来ることがあるなら全力でやりますよ。私を救ってくれたこの旅館を、守りたいですからねぇ~」
覚悟のこもった瞳と言葉に、スイは二人を信じて頷いた。
「わかりました。お願い、します……」
「「はい」」
そう答える二人に対し、スイの表情はまだ曇っている。
だが、余裕のない二人はそれに気づかず、襖を少し開けて廊下を確認した。
そこには、誰もいない静かな空間が広がっていた。
「ろくろ首さん、準備はよろしいですか?」
「ひっひっ、大丈夫ですよぉ~」
そう言うと、足音を立てず、気配も消して廊下へ出ていった。
一人残されたスイは、自分も何かしなければと立ち上がるが、結局ついて行っても何も出来ないと立ち尽くす。
――――なんで、私は何もしないの。何も出来ないの。
お母さんとお父さんなら、すぐに収束させられるはずなのに……。
横に垂らした拳が、震える。
「――――やっぱり、私には……」
――――ガラッ
一人で涙をこぼしていると、襖が開いた。
二口女たちが戻ってきたのかと思い顔を上げた瞬間、スイは言葉を失う。
「て、天狗様……?」
そこに立っていたのは、顔色が悪く、息を切らした天狗だった。
「二口女達の言ったとおりだったな。こんな所で……」
「て、天狗様、なぜここに? 倒れたと聞いたのですが……」
戸惑うスイをよそに、天狗は部屋に入り、襖を閉めた。
「あ、あの……?」
「怪我はないか?」
「は、はい。私は大丈夫です」
「そうか」
天狗はスイを見下ろし、沈黙する。
言葉を失ったままの天狗を見上げるしかないスイは、ただ気まずく立ち尽くす。
「あ、あの、天狗様こそ大丈夫なのですか? 倒れたと聞いたのですが」
「あやかしは人間より回復が早い。もう問題はない」
そう言い切る天狗だが、見た目はとても回復したとは言えない。
汗を流し、顔色も悪い。明らかに無理をしている様子に、スイは目尻を下げた。
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