後悔と涙
次に目を覚ましたのは、深夜。
あやかし達は夜の方が力が高まるが、基本は昼に行動している。
そのため、夜は寝る時間としていた。
それでも、寝る必要がないあやかしや、寝なくても問題のないあやかしは夜勤担当として、自身の部屋で何かがあった時のために、いつでも動けるようにしていた。
スイは疲労もあり、昼間はずっと倒れていた。
今はだいぶ体力も回復し、目はぱっちり。
寝たくても寝られそうにないため、少しだけ夜の散歩をしようと布団から出た。
外に出ると、月が辺りを照らし、神々しい景色が広がっている。
星もきらきらと輝き、沈んでいた気持ちが少し楽になる。
――――ここは、空気も澄んでいて、気持ちがいい。
月明かりを頼りに歩く。
森の中に入ると迷って戻れない可能性があるため、スイは旅館の周りをゆっくりと歩く。
気温もちょうどよく、風は撫でるように優しい。
心地よい空間を一人歩くのもいいなと思っていると、旅館の奥に人影が現れた。
「――――っ」
人影の正体は、天狗だ。
――――天狗様、こんな時間に何しているんだろう。
思わず旅館の影に隠れていると、天狗に九尾が近づき始めた。
「天狗よ、今回の騒動は何とかなったみたいだな」
「九尾様の協力があってこそです。今回はご協力、ありがとうございます」
「改めて言わんでもいい。久しぶりに旅館に触れることが出来て楽しかったぞ」
九尾は天狗から目を離し、月を見上げる。
天狗もつられるように月を見上げ、ぽつぽつと口を開いた。
「久しぶりに、病院に行きたいのだが……」
「旅館を少しでも離れられないのだろう?」
「そうです。最近は九尾様がお客様を見てくれているから、何とかしようと思えば行けるのですが……」
病院というのが、スイの両親が入院している場所だと、すぐに分かった。
スイの両親は、あやかしの気に触れてしまい昏睡状態。
死ぬことはないが、目を覚ますこともない。
植物状態と言っても過言ではない状況に、スイの胸は締め付けられた。
――――お母さん達が目を覚ますまでは、絶対に私が守り抜くって思っていたんだけどなぁ。
そんなことを思いながら、スイはその場を後にした。
「――――ん?」
「どうしたのですか?」
九尾が何かに気づき、振り返る。
そこにはもう、誰もいない。
だが、誰がいたのかは九尾には分かり、にやりと笑った。
「いや、何でもない」
※
スイは次の日、二口女と天狗に許可を得て、一人で病院に来ていた。
受付で名前を言う。
ただ名前を言っただけなのに、スイは懐かしいと感じていた。
普段からスイと呼ばれている水雫は、本名を口にする機会がない。
最初は、せっかくの名前なのにと、ふてくされた時もあった。
だが、名前を取られてしまった時の怖さを親に教え込まれ、スイは渋々ながらも納得した。
だからこそ、今回のように本名を名乗る機会は大事にしていた。
受付で名前を言い、部屋に案内される。
中へ入ると、両親が白いベッドで横になっていた。
心なしか、気持ちよさそうな表情を浮かべている。
そんな姿を見て、スイは心が締め付けられるのと同時に、悪夢などを見ていないようで安心する。
「お母さん、お父さん。窓、開けるね」
病室の窓を開けると、そよ風がスイの頬を撫でる。
「気持ちいいよ~」
振り向いて言うが、当然ながら返答はない。
分かっていながらも、少し寂しい。
二人のベッドの間に椅子を置き、スイは白い天井を見上げた。
「――――お母さん、お父さん。私、旅館の経営、向いていないみたい」
ここには、誰もいない。
聞いている人などいない。
「せっかく、お母さんとお父さんが託してくれたのに、私、全然ダメみたい。お出迎えすらまともに出来ないし、トラブル起こすし。あやかし達が何かトラブルを起こした時も、すぐに対処が出来ないの。天狗様とは仲良く出来ないし、嫌われているし。もう、どうすればいいかなぁ……」
スイの口から零れるのは、今まで溜まっていた弱音。
いろんな人に相談に乗ってもらっていたが、どうしてもすべての不安は拭い切れていなかった。
それに加え、トラブル続き。
母や父なら簡単に対処できることでも、スイはすぐに判断が出来ず、結局天狗が出るしかない。
旅館の経営についても頼っているのに、トラブルまでも天狗に頼りっぱなしで、スイは自分の居場所を見失っていた。
「もう、私はいない方がいいかもしれないよ。お母さん、お父さん。お願い、早く戻ってきて……。じゃないと、いくらあやかしであっても、天狗様が疲労で倒れちゃう。他のあやかし達にも迷惑をかけて、旅館の存続が危険かもしれないの。私が、旅館を潰してしまうかもしれないの」
これは、誰にも話していなかった、スイが一番怖い未来だった。
自分のせいで旅館が潰れること。
それが、何よりも怖い。
自分を責められるのも、旅館という居場所がなくなるのも。
今まで通り、あやかし達と話せなくなるのも、遊べなくなるのも。
何もかもが嫌だ。
何もかもが怖い。
スイの身体が震える。涙が零れ落ちる。
「お母さん、お父さん。早く、目を覚ましてよ」
子供のように泣き始めたスイ。
その震える身体を抱きしめる人は、誰もいない。
だが、そんな彼女の泣き声と弱音を、聞いている人物が一人、いた。
それは、今日スイが病院に行くと聞いていた天狗だ。
自分もやっと時間が作れたため、スイが行くならついでにと思って来たが、タイミングが悪かった。
部屋に入ることが出来ず、ドアに背中を預ける。
手には、綺麗なカーネーションが握られていた。
天狗の顔には、いつもの鴉の面がない。
そのため、泣きそうな表情が露わになっている。
天狗も、今後の旅館について不安視している面があった。
今までのように力押しでトラブルを解決し、旅館の経営を続けるのは限界が来ている。
今と同じやり方では、どうしても難しくなっている。
そのことに悩みつつも、誰にも頼れない現状。
今まではスイの両親に頼っていたが、スイに頼るわけにはいかない。
天狗は自身の手を見つめ、強く握った。
そこで、何かを後悔しているような表情を浮かべる。
「守りたいと、思っているのに。なぜ、こうもうまくいかない……。せっかく、恩を返せるチャンスだというのに……」
悔しそうに呟く天狗の表情は険しい。
後悔や葛藤、そのほか負の感情が入り混じり、どうすることも出来ないという顔だった。
無意識にカーネーションを強く握り、カサッという音が鳴る。
その音で我に返り、天狗は深呼吸をし、落ち着きを取り戻した。
部屋の中からは、まだスイの声が聞こえる。
もうしばらくは病室にいるだろう。
天狗は、病室に入るのを諦め、持ってきたカーネーションを看護師に預けた。
そのまま、スイの両親に顔を見せることなく、病院を後にした。
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