蘇るトラウマ
猫又家族が来る時間となった。
あやかし達は、天狗の指示に従い忙しなく動いている。
スイは、そんな中、裏の準備は全て終わっているため、後は見守るしか出来ない。
表に立ってみんなの手伝いが出来ないのが、歯がゆくて仕方がなかった。
「少しくらいは、手伝っても……」
スイが影からみんなの忙しい姿を見ていると、視線を向けずに天狗が少し大きな声を出した。
「影に隠れている奴は、絶対に何もするな」
「…………はい」
さっきまで敬語で誰にでも優しく指示を出していた天狗の声が低くなり、敬語が外される。
それだけで、普通に怖い。
スイの行動もしっかりと把握されており、言われた通りに引き下がるしか出来なかった。
「くっそ……。でも、失敗してしまったのは私だから、仕方がない……」
最初の仕事で信頼を勝ち取れなかった自分が悪いと、スイは自分に言い聞かせた。
すぐに引き下がり、猫又家族に見られないよう部屋に戻るため、廊下を歩いていた。
すると、前から一人の男性が歩いて来る。
「――――おっ? 人の子じゃねぇか。元気……じゃねぇな。どうした? また玄に何か言われたのか?」
「あ、黒緋さん。こんにちは」
赤い短髪に、褐色の肌。
赤い瞳がギラギラとしており、最初は少し怖い印象だ。
それに加え、背丈も高く、背中には大鎌が背負われている。
「なんだぁ? また、玄に何か言われたのか?」
「まぁ、そうですね……」
「がはははははっ!!! 何を言われたんだぁ?? 話しくらい、聞いてやるぞ?」
黒緋は鬼。見た目はいかつく、怖い。
だが、よく笑い、人を一番見ている。
見た目とは裏腹に、スイにとってはいい相談相手となっていた。
「いえ、あの。天狗様にまた、きつく言われてしまいまして……」
「あー、玄なぁ。そういう奴だからなぁ、あいつ~」
黒緋が言っている玄とは、天狗のこと。
この妖癒旅館で働いている上司たちは、皆別名が用意されている。
水雫は、スイ。
天狗は、玄。
鬼は、黒緋。
理由は、名前を相手に取られないため。
妖癒旅館では、結界が張られており、名前を口にしただけでは取られることはない。
だが、念には念をということで、別名を用意することとなった。
なぜ上司だけかと言うと、皆に別名を用意すると混乱を招く恐れがあるためだ。
力のあるあやかしや上司だけは、名前を取られては絶対にいけない。
逆に、力のないあやかしの場合は、名前を取られたとしても、すぐに取り返すことが可能だ。
そのことも考え、別名があるあやかしは少ないのだ。
ちなみに、水雫の場合は、人間というだけで、絶対に信用しているあやかし以外には名前を出さないようになっている。
人が一番、名前を取られやすいからだ。
そのため、水雫だけは普段から別名で呼ばれることが多い。
「玄は、よっぽど!!! お前さんが心配で仕方がないんだなぁ~」
「それは絶対にないです」
「即答かよ!! がははははははっ!!」
スイの背中をバシバシ叩き、黒緋は笑う。
「い、痛いです!! 痛いですよ、黒緋さん!!」
「おっと、すまない。――――おっ、来たらしいな。団体客が」
怪しい笑みを浮かべ、出入り口へと顔を向ける黒緋を見て、スイは背中を撫でながら涙を拭く。
「えぇっと、猫又家族御一行が来たのですね。今日から一泊、私は邪魔にならないように下がらないと」
「俺は、クレームがあれば出る形になるがぁ……。今回は出番が早そうなんだよなぁ」
口調はめんどくさそうだが、表情はどこか楽しそう。
早く自分が呼ばれないかとワクワクしているような空気に、スイは苦笑いを浮かべた。
「あの、黒緋さん」
「なんだ?」
「なぜ、クレーム対応なんていう、汚れ仕事と言われていそうな役割を率先して行っているんですか? しかも、楽しそうに」
黒緋の役割は、主にクレーム対応。
接客に対する文句や、部屋のクレームなどを受け持っている。
少なからず、従業員の接客で気分を害してしまった客もいるが、ほとんどが濡れ衣だったり、理不尽に怒鳴られることばかりだ。
普通なら逃げたくなるような出来事なのに、黒緋は呼ばれると、いつも楽しそうにクレーム対応を行っている。
「そうだなぁ。何百年も同じことをやっているからってのもあるがぁ……。単純に、相手が言い負かされた時の顔を見るのが大好きだからだな」
「え、言い負かされた時?」
「理不尽に暴れる奴らは、大抵穴がある。そこを遠慮なく踏み抜くんだよ。そうすりゃ、相手は何も言えずに、すごすごと居なくなる。俺は、そんな背中を見るのが本当に大好きだなぁ。楽しくて仕方がないんだ」
閻魔様のような笑みを浮かべる黒緋に、スイはただただ苦笑いを浮かべる。
黒緋には、理不尽なことを言わないようにしようと、心に決めたのだった。
「それより、猫又家族、大きなことをやらかさないといいがぁ……」
「そうなんですよね。なんだか、最近はあやかしの長に喧嘩を吹っ掛けたという噂もありますし、何か理不尽なことを言われてしまうのではないかと、ハラハラしてしまいます」
「それは問題ないだろう。ただ、それは恋に負けた猫又の、最後のあがきなだけだからな」
「え? それって、どういうことですか?」
スイが聞くが、黒緋はこれ以上、何も答えない。
ニマニマと笑うだけだ。
「あのぉ~……」
「まぁ、俺達は呼ばれるまでは待機だ。スイも、あまり深く考えんなよ。玄は、あーゆーやつだ」
「がははははははっ!!」と笑いながら手を振り、廊下を去って行ってしまった。
またしても一人残されてしまったスイは、唖然とするしかない。
恋に負けた猫又家族の悲しみを紛らわす旅行ということなのかと、頭の中で反芻する。
「…………やっぱり、今回のおもてなしは、一波乱ありそうだなぁ」
そんなことを思っていると、走っているような足音が聞こえてきた。
『待ってください、静稀様! そちらは従業員用の部屋しかございません!!』
二口女の声が聞こえ、振り返る。
すると、廊下の奥から一人の女性が走っていることに気づいた。
「あれ? 猫又の特徴……」
明るい茶髪に、黄色の大きな瞳。
頭には、猫又の特徴である猫の耳が生えている。
尾も、ユラユラと揺れていた。
「私は、まだ諦めてないの。私はまだ……」
「え、あ、あの! 待ってください!!」
思わずスイは、走ってきている静稀の前に出る。
「えっ? わっ!!」
静稀は、反射的に上へ跳び、スイを避ける。
猫のしなやかさと反射神経に驚きつつ、スイは一人で驚き、廊下に転んでしまった。
「いて!!」
「邪魔してんじゃ――人間の、匂い??」
止めに入ったスイを避けたにも関わらず、静稀は足を止め、廊下に転んでいるスイへと近付いた。
「え、な、何ですか?」
顔を近づけられ、スイは困惑する。
人間の従業員がいることは、パンフレットに記載されているはずだし、案内人である九尾も伝えているはずだった。
そう思いつついると、急に髪を鷲掴みにされてしまった。
「いっ!!」
「ほんっとうに、なんで最近の人間は、あやかしと関わろうとするわけ!! マジで信じらんない!!」
――――い、いきなりなに!? 意味わかんない!!
「人間なんて大っ嫌い!! このままあんたを、殺っ――……」
「殺してやる」と言いかけた静稀の腕を、隣から伸びてきた手が掴む。
すぐにスイを離させ、守るように立っていたのは、鴉の面を顔に付けた天狗だった。
「て――玄様」
「お客様、こちらは従業員専用の通路でございます。それに、予め人間の従業員がいらっしゃることはお伝えしております。ご理解いただけていると思い、こちらの妖癒旅館へご案内した次第ですが?」
スイを守るように前に立つ天狗は、鋭い視線を放ち、静稀を牽制する。
その視線を向けられ、静稀は激昂し、喚き散らした。
もう、何を言っているのかわからない。
だが、「人間は!!」や「人間というやつは!!」と叫んでいるのは、なんとなくわかる。
――――また私は、失敗してしまったのか。
スイは顔を真っ青にし、天狗を見上げた。
「あ、あの……」
「お前は、早くこの場から居なくなれ」
静稀に聞こえないよう、スイに小さく伝える。
最初はきょとんとしてしまい、「へ?」と素っ頓狂な声を出してしまった。
「早く、行け」
「は、はい……」
ここにいても、自分では役に立てない。
瞬時に判断したスイは、すぐにその場から離れた。
「待ちなさい!!!」
後ろから声が聞こえる。
それでも、スイは走り続けた。
また失敗してしまったという気持ちを抱えて――……。
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