鎌鼬
華鈴は九尾の部屋へと戻り、後は二人の時間を楽しんでもらう。
スイは、勝手にお客様と話したことで、天狗に言われてしまうのではないかと、内心ハラハラしていた。
「はぁ、天狗様に気づかれずに部屋に戻ったとしても、どうせもう知っているだろうし、後で怒られるんだろうなぁ」
――――別に、怒られるようなことはしていないんだけどなぁ。
と、半ばあきらめ状態で従業員用の廊下を歩いていると、後ろから「おい」と声をかけられた。
その声は、今一番会いたくない低い声。
スイの肩が上がり、ギギギとロボットのように振り向いた。
そこには、鴉の面を顔につけている天狗が腕を組み、立っていた。
「て、天狗様……」
口は吊り上がり、冷や汗が額から流れ出る。
何を言われてしまうのか、どれだけ怒られてしまうのか。
冷や汗だらだらで待っていると、天狗は急にため息を吐いた。
「え、な、なんですか?」
「今回の件に関しては、言いたいことは山ほどあるが、結果的にいい方向へ進んだから、何も言わん」
「え、ほ、本当ですか?」
「あぁ」
天狗が頷くと、スイは「やったぁぁぁ!!」と、その場で飛び跳ねるほど喜んだ。
「これで理不尽に怒られなくて済むー!!」
「それは口に出していいと思うのか?」
「なんでもありません」
これ以上余計なことを言わないよう、スイは口を押さえた。
そんな彼女の様子に再度ため息を吐き、天狗は背中を向けた。
「だが、まだお客様はいる。最後まで油断するなよ」
「わ、わかりました……」
そのまま天狗はいなくなった。
肩に入っていた力が抜け、息が口から漏れる。
「でも、なんで怒られなかったんだろう」
危険なことは今回なかったからかもしれないが、天狗はそれだけで、今回みたいな出来事をなかったことにはしない。
それは、今までの経験で理解していた。
だから、怒られなかったという安堵と、もやもやが残る。
「まぁ、怒られなかっただけ、いいか。でも、なぁ……」
もやもやしながら廊下を歩いていると、奥から二口女と、もう一人、おばさまが歩いてきた。
「あ、二口女さんに鎌鼬さん。こんにちは」
「こんにちは~。なにか悩んでいるように見えましたが、大丈夫ですか?」
二口女がスイに近づき、問いかけた。
鎌鼬もつられるように近づく。
「おやおや、人間様がお悩みですかい? まぁ、あやかしの中にいれば、お悩みの一つや二つはできてしまいますもんねぇ? 解決できる力がないのですから~」
――――ビシッ
「いっ!!」
「あやかしだから、見た目がおばあちゃんだろうと関係ありませんよね? あやかしで、力があるんですから」
挑発するような言い方をする鎌鼬に、二口女が腰をビシッと叩いた。
腰を押さえ、その場でしゃがむが、そんな鎌鼬など気にせず、二口女は視線をスイに戻した。
「なにかありましたか?」
「い、いえ、あの……。天狗様は、何か変なことを言っていませんでしたか?」
スイは、鎌鼬にいつも嫌味を言われているため、もう慣れていた。
二口女に叩かれる光景も日常茶飯事なため、「二口女さんすごい」という感情しか出てこない。
「天狗様に、また何か言われたのですか?」
「いえ、今回は何も……。何も言われなかったので、気になるというか……」
目線を泳がせ、「あはは」と空笑いを漏らす。
そんなスイの様子を見て、復活した鎌鼬がゲラゲラと下品な笑い声をあげた。
「いつも天狗様に酷いことを言われている弊害でございますね~。貴方は、いつの間にかドMに調教されてしまったのではないでしょうかぁ? あわれでしかたがな――――」
――――ガツン
さっきより力の強い拳で、鎌鼬は二口女に殴られた。
頭を抱え、その場にしゃがみ込む。
「それにしても、本当に不思議ですよねぇ」
「何がですか?」
「天狗様、今までは仕事の話しかしてこなかったのです。憎まれ口はもちろん、プライベートのちょっとした話も、全然してこなかったんですよ。なので、私たちも、天狗様の貴方への態度には驚いています」
かわいらしく首を傾げ、二口女は疑問を漏らす。
そんな時、黒緋が廊下の奥から小走りにやってきた。
「いたいた。二口女、もうお客が来たぞ。早く出迎えてくれ」
「あら、今回のお客様は、予約ではなく急遽ですか?」
「そうだ。旅人さんらしい。九尾様がしっかり見定めて連れてきたから、大丈夫だろう」
「わかりました。では、行きますよ、鎌鼬さん。そんなところでしゃがんでいても、仕事はできませんよ」
痛がっている鎌鼬を無理やり立たせ、悪あがきの声を聞きながら、引きずっていってしまった。
残されたスイは唖然。黒緋は「あーあ」と、呆れたように肩をすくめた。
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