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人間スイとあやかし玄が営む妖癒旅館―人とあやかしが共に生きる、もう一つの世界―  作者: 桜桃
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無くなった希望

「いえ、なんだか……嬉しくて」

「う、嬉しい、ですか?」

「はい。私は今も幸せで、かけがえのない時間を過ごしています。ですが、やはり“対等な関係”というのは、なかなか難しくて……」


 少し悲しげに、華鈴は目を伏せた。


 ――――そっか。

 あやかしの長の奥様だから、みんなから慕われるけど、対等に接することはできないんだ。

 旦那様とは、なおさら。


「…………それでしたら、私が友達に――――って、それこそ図々しいですよね!! 本当にすみませ――……」


「本当ですか!?」


「――――え?」


 華鈴は目を輝かせ、スイの手をぎゅっと握った。

 距離が近く、華鈴の纏う甘い香りが、スイの鼻先をくすぐる。


「私、ずっと友達がいなくて……友達と呼べる人がいなくて。だから、嬉しいです!!」


 その満面の笑みに、スイの心は一撃で射抜かれた。


「か、可愛すぎる……」


 胸を押さえ、その場に蹲るスイ。

 突然の行動に、華鈴はおろおろしながら「だ、大丈夫ですか?」と声をかける。


「だ、大丈夫です。九火様の可愛らしい笑顔に、射抜かれていただけなので」


「そ、そう……ですか?」


 華鈴はまだよく分からないというように首を傾げているが、それすらもスイには愛おしい。


「え、えっと……本当に、大丈夫ですか?」


「大丈夫ですよ。それより、友達なら敬語はやめませんか?」


「え……友達というのは、そういうものなのですね」


「え? は、はい」


 華鈴は今まで、“友達”という存在に触れてこなかった。

 だから、どんな関係なのか、どうすれば友達になれるのかも分からない。


「じゃあ、ここからは敬語なし! 私のことはスイって、気楽に呼んで!」


「あ、はい! ……じゃなかった、うん! 私のことは華鈴って呼んでくれたら嬉しいな」


 二人はきゃっきゃと笑い合い、ぎこちなくも握手を交わした。

 その様子を、物陰から見ている二つの影があった。


「華鈴よ、勇気を出したな」


「なぜ私まで覗き見をしなければならないのですか?」


「我が一人で覗き見していたら、捕まりかねないだろう? 付き添いだ」


「変態的な行動をしている自覚はあるのですね」


「覗き見だからな。そりゃ自覚も芽生えるというものだ」


 九尾は、顔をひきつらせながら天狗を見た。


「今回は助かったぞ。華鈴があんなに純粋に笑うのは久しぶりだ。ここに連れてきて、本当によかった」


 九尾は目を細め、心からの感謝を述べた。

 天狗はその様子を見て、顎に手を当てる。


「あの、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「なんだ?」


「あなたは、もし奥様が危険な目に遭う前に、その元凶に気づいたら、どうなさいますか?」


 九尾は目を丸くして、天狗を見返した。


「ふむ。その質問の意図は分からぬが……まぁよい。我なら、危険が及ぶ前にすべて対策を講じ、華鈴が気づく前に、すべての問題を解決する」


「…………」


 満面の笑みで、えげつないことを言う九尾に、天狗は思わず「はぁ……」と気の抜けた声を漏らした。


 ――――さすがは、あやかしの長。発想が違うな。


 感心しつつも、参考にはできないと内心で落胆し、「ありがとうございます」とだけ告げた。


「うむ。何か悩んでおるのか?」


「…………いえ、大丈夫です」


「そうか。それならよい。だがな、何かあれば一人で抱え込むな。一人で何かをしようとすれば、必ずどこかに穴が空く。その穴は、知らぬ間に大きくなり、取り返しのつかぬことになるぞ」


 九尾の忠告に、天狗は思わず息をのんだ。


「…………あの」


「なんだ?」


「人間とは……どういう生き物なのでしょうか」


 天狗は、スイの言動や行動に、いつも首を傾げていた。


 旅館のために走り回るのは、その家に生まれた以上、仕方のないこと。

 だが、あやかしと無理に関わる必要はない。

 必要最低限の仕事をしていれば、それでいい。


 天狗はそう考えていた。


 それなのに、以前ここで働いていたカナとシイも、無駄とも思えるほどあやかし達と関わり、声をかけていた。

 その姿が、どうしても理解できなかった。


 人間は、あやかしを恐れるもの。

 怖がり、心ない言葉を投げつけ、時には石やゴミを投げる。


 だからこそ、あやかし達と自然に笑い合うスイの姿は、天狗にとって不思議で仕方なかった。


「ふむ。我が考える人間とは、醜い生き物だ」


「醜い……ですか?」


「そうだ。己の欲のために動き、人を陥れ、自分だけが成り上がる。そんな人間を、我は数え切れぬほど見てきた」


 九尾は空を見上げ、遠い記憶を辿る。


「だがな、その中にも優しい者がいると、華鈴と出会って知った。他人のために己を犠牲にし、命すら投げ出そうとする人間がな。……我は、そんな人間に希望を見出してしまったのかもしれぬ」


「希望……ですか?」


「あぁ。あやかしにも善悪があるように、人間にも善い者と悪い者がいる。それが、かろうじて均衡を保っているのだろう。我はその均衡を崩さず、あやかしと人間が共存できる世界を望んでおる」


 九尾の瞳は、希望に満ちて輝いていた。


「…………すごいですね」


「何がだ?」


「いえ。そこまでの希望を持てるのが、すごいと思ったのです」


 ぷいっと顔を逸らす天狗に、九尾は不思議そうに首を傾げた。


「そうか?」


「はい。……うらやましいです」


 天狗の中で、そんな希望はとうの昔に消え去っていた。

 人間に酷い目に遭わされ、生きるだけで必死だった過去。


 だからこそ、人間との共存など、夢のまた夢だった。


 その心情を察したのか、九尾は穏やかに笑った。


「人間との関わりは、時に悲しく、時に切ない。だが必ず、何かを残してくれる。ここで働いておる人間は特に、おぬしに良い転機を与えるだろう。せいぜい、腐らぬようにな」


 九尾の言葉を半分ほどしか理解できなかった天狗は、とりあえず「はい」と頷いた。

ここまで読んで下さりありがとうございます!

出来れば次回も読んでいただけると嬉しいです!


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よろしくお願いします(*・ω・)*_ _)ペコリ

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