偏見と憶測
「て、ててててて、天狗様!?!?」
そこにいたのは、どんな表情を浮かべているのか予想もできないまま、立ち尽くしている天狗だった。
「てててて、天狗様! 違うんです! 今のは冗談で!!」
「冗談、なの?」
「いや、冗談じゃないよぉぉぉおお!?!?」
またしても泣き出しそうにこちらを見る鬼火たちに、スイの頭は大パニック。
なんとか天狗が冷静に鬼火たちを宥め、スイと共に廊下へと出て行った。
「はぁぁぁぁぁぁ……」
「……そんなところで、何をしていた?」
天狗は前を向いたまま、静かに問いかける。
「い、いや……鬼火君たちが怖い噂を広めそうになっていたので、それを止めようとしたら、あんな話に……」
「ほう」
「け、決して私は、あなたを“いい男”だなんて思ってませんからね!!」
「……それに、俺はなんと返せばいい」
「そ、それは……」
慌てているのはスイだけで、天狗は終始冷静に腕を袖へと入れ、歩を進めていた。
「ところで、その噂とやらは何だ」
「え? あ、あぁ……この旅館には、足のない“何か”が徘徊しているらしいんです。でも、誰も見たことがないみたいで」
「なんだそれ。誰も見たことがないのに、どうやって噂になる」
「黒緋様から聞いたらしくて……私は、直接問いただそうと思っています」
「あー……なるほどな」
天狗は思い当たる節があるのか、片手で顔を覆い、ため息をついた。
「――だが、そのような話。最初に持ち込まれるとしたら、俺のはずなんだがな」
「え?」
天狗は口元に手を移し、考え込む。
その言葉の意味がすぐに理解できず、スイは首を傾げた。
「確かに……何か報告があるなら、黒緋様はまず天狗様に話しますよね。どうして鬼火君たちに?」
「…………いろんな意味で、黒緋に直接聞いた方がよさそうだな」
そう言って、天狗は足早に廊下を進む。
スイは慌てて後を追った。
「あ、あの! それってどういう意味ですか?」
「ただの憶測だ。だから、今は何も言わん」
「な、なんでですか!? 憶測でも話してくださいよ! 情報共有は大事でしょう!?」
「偏見を持ちがちなお前に、余計なことを吹き込めば、いらぬ事態を招く」
「それこそ偏見じゃないですか!!」
文句を言いながらもついて行くと、黒緋の部屋に辿り着いた。
声をかけるが、返答はない。
「……いないみたいですね」
「あいつが部屋にいること自体、珍しいからな」
――じゃあ、なんでここまで来たんですか。
そう思いながらも、スイは言葉を飲み込んだ。
無用な口論をしても、負けるのは自分だと分かっていたからだ。
「まぁいい。またいずれ、どこかで会うだろう」
「同じ旅館にいますしね。でも……この噂、急いで解決しなくていいんですか? 鬼火君たちから偶然聞いただけですが、もし他のあやかし達も知っていたら……」
そこまで言ったところで、天狗がスイを見た。
「だから、なんだ」
「だ、だから……こんな変な噂が広がったら、旅館で働くあやかし達が不安になるかもしれません。今でさえ、私のせいで客足が遠のいているのに……これ以上不安を煽れば……」
「だからお前は、“偏見で物を見る”と言われるんだ」
――そんなこと、あなた以外に言われたことありませんから!!
心の中で叫びつつも、スイはぐっと堪えた。
天狗は構わず続ける。
「そもそも、あやかしが幽霊だの人外だのに怯えると思うか? 自分たち自身が人外だというのに」
「…………まぁ、確かに」
「それに、噂がどこまで広がっているかは分からんが、根拠のない話を無闇に広める者はいない。世間話程度で終わる。それが出来なければ、この旅館では働けん」
確かに、妖癒旅館にはいくつもの機密事項がある。
口の軽い者では務まらない。
「な、なるほど……だから、あまり焦っていないんですね」
「焦るような話でもない。ただし――黒緋が発信源でなかった場合は、少々厄介だがな」
「厄介、とは?」
「発信源を辿らねばならん」
「あー……そういうことですか」
天狗の言いたいことをようやく理解し、スイは腕を組んで頷いた。
「……おい。聞き込みはどうした」
「あっ、そうでした! では、私は別のところへ行ってきます!」
本来の目的を思い出し、スイは勢いよく答える。
「ついでに、噂のこともさりげなく――」
「それはやめろ。お前が広める側になる」
「は、はい……」
きっぱり言われ、スイはしょんぼりと肩を落としながら廊下を歩き出す。
スイと別れた後、天狗は反対方向へと静かに歩いて行った。
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