あやかし旅館の人間
「スイ様!! 今日は団体様がお越しになります!」
「了解! では、時間に合わせて料理の準備、部屋の支度を済ませてちょうだい!!」
「はい!!」
青空が広がる晴天。
風がそよぎ、自然の緑が音楽を奏でるように揺れる。
そんな緑に囲まれ、一つの大きな和風建築の屋敷が建てられていた。
その屋敷の中では、見た目だけで明らかに人間ではない、あやかしと呼ばれる者たちが忙しなく走り回っていた。
だが、そんなあやかしに囲まれ、一人の人間が周りに指示を出している。
その人間の名前はスイ。元気に周囲へ指示を飛ばしていた。
黒く艶のある、腰まで長い髪を後ろで一つにまとめ、赤い着物に白いエプロンを身に着けている。
――――ふぅ。今日は団体様が一組。気を引き締めていかないと!
皆に指示を出した後、スイは一人胸を押さえ深呼吸をし、浮き立っている気持ちを落ち着かせた。
「よしっ!! ――――わっ!!」
気合を入れ、走り出そうとした時、黒い着物が目に入り足を止めた。
顔を上げると、視界に入るのは鴉の面。
「天狗様!!」
「今、この場でお前のような人間が走ると危険だ。指示だけを出し、大人しくしていろ」
低く強い口調で言われ、スイは「がーん」と落ち込む。
だがすぐに顔を振り、眉を吊り上げ、天狗様と呼んだ男性を見上げた。
「天狗様こそ!! なぜこのような所にいるのですか! お仕事はどうされたのですか?」
「今日は猫又家族の団体が来るのだろう。この旅館の支配人である俺が様子を見に来るのは、当然だと思うが?」
ぐうの音も出ない返答に、スイは悔しそうに「ぐぬぬ」と唸る。
天狗は、顔に鴉の面を付けている旅館の支配人。
耳が隠れるくらいの黒髪に、鴉の面を目元に付けている。
高身長なため、背が高くないスイはいつも見上げる形となり、悔しい気持ちを抱えていた。
それに加え、この冷たい口調。
なぜかスイに対してのみ、天狗は態度が冷たくなる。
他の従業員には敬語なのに、とスイはいつも思っていた。
「準備はどこまで進んでいる」
「今から料理の下ごしらえと温泉の準備です。鬼火たちに湯加減などを伝えてくるところでした」
ふてくされながらも、天狗の質問には的確に答える。
そうしなければ痛い目に遭うことを理解しているからだ。
「そうか。そのまま準備に精を出せ」
「わかっていますよーだ!!」
「いー!!」と怒るが、天狗は無視して立ち去った。
残されたスイは「ふん!」と鼻を鳴らすと、すぐに仕事に戻る。
――――なんで、天狗様はいつも私に対して冷たいんだろう。
私、何か天狗様の前でやらかしてしまったかな。
首を傾げながら一人、旅館の中を歩く。
スイが働いている旅館の名前は、妖癒旅館。
主にあやかしが従業員で、客もあやかしが多い。
そんな妖癒旅館で唯一人間であるスイ。
本名は、翡翠水雫。
スイは、代々翡翠家が受け継いできた妖癒旅館を大事に思っており、絶対に守り続けたいと強く願っていた。
高校を卒業した一か月後、両親に連れられ、初めて妖癒旅館に来た時、天狗と出会った。
その時に、天狗が妖癒旅館の支配人だと告げられた。
旅館全体の指示を出し、従業員すべてを束ねている。
その話を聞き、スイは思わず目を輝かせた。
挨拶をした時の天狗は、普通に敬語を使い、他の従業員と同じ接し方をしてくれた。
だから、スイは安心したのだ。
――――支配人のあやかしさんって、優しい方なんだ。
だが、そう思ったのは間違いだった。
あるお客様をお出迎えした時だった。
なぜかその日から、スイにきつく当たるようになった。
冷たくなり、お客様対応が酷いからと、裏方に回るように言われた。
スイにとっては、旅館を守れれば何でもいい。
だが、どうしても天狗の自分への態度には、思うところがあった。
「まぁ、もう慣れたし、いいけど」
廊下を歩きながら呟くと、ちょうど近くを歩いていた二口女が顔を覗かせた。
「どうしたの?」
「あっ、二口女さん」
腰まで長い茶髪をハーフアップにし、赤いエプロンを身に着けている女性は、二口女。
髪で隠れているうなじ部分に、もう一つ口が付いている。
普段はおっとりしているお姉さんだが、仕事モードになると性格は一変する。
シャキシャキと誰よりも動き、指示を出し、上へと報告する。
周りをよく見ている分、スイの不安も察したらしく声をかけた。
「もしかして、また天狗様に何か言われたの?」
「なにかというか、いつものように冷たく、必要事項を言われただけなんですけどね……」
「あはは……」と遠い目をするスイ。
二口女は「あらあら」と微笑み、スイの頭を撫でた。
「スイ様、天狗様のことより、今はお仕事に集中しましょう」
「はい!」
すぐに気持ちを切り替え、スイは二口女と共に旅館の中を駆け出した。
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