すずめの一粒、金色のパンくず
冬の町は、朝の空気がつんとしていて、息を吸うだけで胸の奥がきゅっとなる。
屋根の上にも歩道の端にも、うすい雪が砂糖みたいにふりかかって、ところどころで小さくきらきらしていた。
すずめのチイは、電線の上でまるくなっていた。
羽のあいだに冷たい風が入りこむたび、からだがふるりと震える。
(おなか、ぺこぺこだなあ。)
チイが目をこらすと、通りの角に小さなパン屋があった。
扉が開くたび、あまい香りといっしょに、あたたかい空気がふわっと漏れてくる。
そのたびチイの目は、つい下へ下へと落ちていった。
店の前の石だたみには、ちいさなパンくずがいくつか散っていた。
雪の白の中で、それらはまるで金色の粒みたいに見えた。
月がまだ薄く残っていたからかもしれない。
あるいは、チイのおなかがあまりに空いていたからかもしれない。
チイはぴょんと降りて、くずのそばまで跳ねた。
くちばしでつつけば、すぐにでも食べられる。
舌の先に、ほろりとした味が想像できて、胸があたたかくなる。
(いまなら、だれにも取られない。)
そのとき、道の向こうの植え込みの影で、ふるふる動くものが見えた。
小さなすずめが一羽、羽をふくらませてもふくらませても足りないくらい、寒そうにしていた。
目は大きいのに、光が弱くて、眠りたいのに眠れない顔だった。
チイは、パンくずに視線を戻した。
そして、もう一度、影のすずめを見た。
(あの子も、おなかすいてるよね。)
チイはくちばしで、いちばん大きなパンくずをそっと持ち上げた。
持ち上げた瞬間、くずの表面が朝の光を受けて、きらりと光った。
それは宝石みたいな派手さじゃなくて、凍った水たまりが一瞬だけ笑うみたいな、やわらかいきらきらだった。
チイはそのまま、植え込みの影まで跳ねていった。
影のすずめはびくっとしたけれど、逃げなかった。
「……それ、なに。」
声はかすれていて、風にまぎれそうだった。
「パンだよ。」
チイはくずを前に置いた。
「食べていいよ。」
影のすずめはしばらく動けなかった。
まるで、そんな言葉を聞くのが初めてみたいに。
それから、そっとくずをつつき、ほろりと食べた。
食べながら、羽が少しずつ落ち着いていくのが見えた。
「……ありがとう。」
「うん。」
チイは照れくさくて、首をかしげた。
チイは店の前に戻った。
まだ小さなパンくずが残っている。
チイはひとつ食べ、ひとつ運び、またひとつ食べ、またひとつ運んだ。
石だたみを跳ねるたび、パンくずは光を拾って、ちいさくきらきらした。
そのきらきらに気づいたのは、人間だった。
マフラーを巻いた女の人が足を止め、チイの行ったり来たりを見つめた。
女の人の目がやさしく細くなる。
「まあ。」
「運んでるのね。」
その声に、パン屋の男の人も顔を出した。
「また落ちてたかい。」
男の人は袋を抱え、石だたみのくずを見て、少し困ったように笑った。
「この季節、鳥たちも大変だよな。」
女の人は、植え込みの影を指さした。
「向こうに、寒そうな子がいるの。」
「この子が運んでるのよ。」
男の人はしばらく考える顔をした。
そして店の中へ戻り、木の箱と、小さな板切れと、ひもを持って出てきた。
「よし。」
「簡単なのを作ろう。」
木の箱は、すこしだけパンの匂いがした。
男の人が板切れを打ちつけるたび、こん、こん、と乾いた音が鳴った。
女の人はひもを結び、街路樹の枝にそっとつるした。
箱の中に、パンのかけらがいくつも置かれる。
その一つ一つが朝の光を吸って、まるで小さな灯りみたいにきらきらした。
チイは電線の上からそれを見た。
胸のあたりが、ふわっと軽くなる。
(きらきらって、食べものの光だけじゃないんだ。)
植え込みの影のすずめも、ゆっくりと出てきた。
まだ少し震えていたけれど、目の中には小さな火がともっていた。
「……ここ、食べていいの。」
「いいよ。」
チイは言って、いっしょに枝へ近づいた。
その日から、パン屋の前には小さな餌台がぶらさがった。
通りすがりの人が、くずれたパンの端をそっと入れていく日もあった。
子どもが「きらきらだね」と笑いながら、雪を払ってから置いていく日もあった。
冬の町は相変わらず寒い。
けれど、その寒さの中に、ほどけた毛糸みたいなやさしさが一本まじる。
チイは朝の光の中で羽をふくらませ、餌台の揺れる影を見つめた。
そして、胸の中で静かにうなずいた。
(ちいさな親切は、町を光らせる。)




