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すずめの一粒、金色のパンくず

作者: naomikoryo
掲載日:2026/01/16

冬の町は、朝の空気がつんとしていて、息を吸うだけで胸の奥がきゅっとなる。

屋根の上にも歩道の端にも、うすい雪が砂糖みたいにふりかかって、ところどころで小さくきらきらしていた。


すずめのチイは、電線の上でまるくなっていた。

羽のあいだに冷たい風が入りこむたび、からだがふるりと震える。

(おなか、ぺこぺこだなあ。)


チイが目をこらすと、通りの角に小さなパン屋があった。

扉が開くたび、あまい香りといっしょに、あたたかい空気がふわっと漏れてくる。

そのたびチイの目は、つい下へ下へと落ちていった。


店の前の石だたみには、ちいさなパンくずがいくつか散っていた。

雪の白の中で、それらはまるで金色の粒みたいに見えた。

月がまだ薄く残っていたからかもしれない。

あるいは、チイのおなかがあまりに空いていたからかもしれない。


チイはぴょんと降りて、くずのそばまで跳ねた。

くちばしでつつけば、すぐにでも食べられる。

舌の先に、ほろりとした味が想像できて、胸があたたかくなる。

(いまなら、だれにも取られない。)


そのとき、道の向こうの植え込みの影で、ふるふる動くものが見えた。

小さなすずめが一羽、羽をふくらませてもふくらませても足りないくらい、寒そうにしていた。

目は大きいのに、光が弱くて、眠りたいのに眠れない顔だった。


チイは、パンくずに視線を戻した。

そして、もう一度、影のすずめを見た。

(あの子も、おなかすいてるよね。)


チイはくちばしで、いちばん大きなパンくずをそっと持ち上げた。

持ち上げた瞬間、くずの表面が朝の光を受けて、きらりと光った。

それは宝石みたいな派手さじゃなくて、凍った水たまりが一瞬だけ笑うみたいな、やわらかいきらきらだった。


チイはそのまま、植え込みの影まで跳ねていった。

影のすずめはびくっとしたけれど、逃げなかった。

「……それ、なに。」

声はかすれていて、風にまぎれそうだった。


「パンだよ。」

チイはくずを前に置いた。

「食べていいよ。」


影のすずめはしばらく動けなかった。

まるで、そんな言葉を聞くのが初めてみたいに。

それから、そっとくずをつつき、ほろりと食べた。

食べながら、羽が少しずつ落ち着いていくのが見えた。


「……ありがとう。」

「うん。」

チイは照れくさくて、首をかしげた。


チイは店の前に戻った。

まだ小さなパンくずが残っている。

チイはひとつ食べ、ひとつ運び、またひとつ食べ、またひとつ運んだ。

石だたみを跳ねるたび、パンくずは光を拾って、ちいさくきらきらした。


そのきらきらに気づいたのは、人間だった。

マフラーを巻いた女の人が足を止め、チイの行ったり来たりを見つめた。

女の人の目がやさしく細くなる。

「まあ。」

「運んでるのね。」


その声に、パン屋の男の人も顔を出した。

「また落ちてたかい。」

男の人は袋を抱え、石だたみのくずを見て、少し困ったように笑った。

「この季節、鳥たちも大変だよな。」


女の人は、植え込みの影を指さした。

「向こうに、寒そうな子がいるの。」

「この子が運んでるのよ。」


男の人はしばらく考える顔をした。

そして店の中へ戻り、木の箱と、小さな板切れと、ひもを持って出てきた。

「よし。」

「簡単なのを作ろう。」


木の箱は、すこしだけパンの匂いがした。

男の人が板切れを打ちつけるたび、こん、こん、と乾いた音が鳴った。

女の人はひもを結び、街路樹の枝にそっとつるした。

箱の中に、パンのかけらがいくつも置かれる。

その一つ一つが朝の光を吸って、まるで小さな灯りみたいにきらきらした。


チイは電線の上からそれを見た。

胸のあたりが、ふわっと軽くなる。

(きらきらって、食べものの光だけじゃないんだ。)


植え込みの影のすずめも、ゆっくりと出てきた。

まだ少し震えていたけれど、目の中には小さな火がともっていた。

「……ここ、食べていいの。」

「いいよ。」

チイは言って、いっしょに枝へ近づいた。


その日から、パン屋の前には小さな餌台がぶらさがった。

通りすがりの人が、くずれたパンの端をそっと入れていく日もあった。

子どもが「きらきらだね」と笑いながら、雪を払ってから置いていく日もあった。


冬の町は相変わらず寒い。

けれど、その寒さの中に、ほどけた毛糸みたいなやさしさが一本まじる。

チイは朝の光の中で羽をふくらませ、餌台の揺れる影を見つめた。

そして、胸の中で静かにうなずいた。

(ちいさな親切は、町を光らせる。)

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