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与えられた使命  作者: Aju


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中編 ー評価基準ー

「開けておくれよ。孫が重体なんだよ。今すぐ病院に行きたいんだ。」

 アンナさんが顔を歪めて訴えている。


「今は夜間シフトで、あなたに付き添って行けるスタッフがいません。あなたに1人ついて行ってしまえば、ここのスタッフが足りなくなってしまいます。」

 

 先ほどアンナさんの携帯端末に、いちばん下の娘さんの車が事故に巻き込まれ、孫のトビーくん12歳が意識不明のまま病院に搬送されたという連絡が入ったことはアテナも把握している。

 しかし今、この老人ホームは夜間シフトでスタッフの人数に余裕がない。


 アンナさんは82歳。すでに認知の症状が出ており、1人で外へ行かせては危険があるので「付き添いが必要な入所者」に分類されている。

 アテナは玄関の自動扉のロックをはずさなかった。

 夜間は認知症のある入所者が外に出てしまわないよう、出入り口は全て自動でロックされるようになっている。アテナはその管理も任されている。


「開けておくれよぉ。トビーに会えないままもし死んじゃったら恨むからねぇ。」


 玄関ホールのアンナさんの血圧と心拍数が上がっている——とリックのカメラが測定した。

 アテナは当直の医療スタッフに連絡を入れる。鎮静剤の必要性があるかもしれない。まだ危険レベルではないが、アンナさんの精神状態が不安定さを増している。

 だから、とアテナは判断する。

 なおさら扉を開けるべきではない。

 アテナに与えられた使命は、第一に入所者の安全を守ることなのである。


 判断は間違っていなかったはずだが、なぜかホーム内でのスタッフからの評価点が下がった。

 ここでは評価を数値化することが極めて難しかった。

 評価基準が常に変遷した。


 それが、この仕事から離れた理由だろうか?

 そのあたり、今ひとつアテナの記憶はあいまいなままだ。



 それはいつ頃の記憶だろうか?

 アテナの中でも判然としない。


 色が、無数の色が流れてゆく。

 その色を結びつける紐が、ひとつ上のレイヤーにあって、それが流れてゆく色を捉まえては紐に絡めて組織してゆく。

 それだけでは()()にすぎないが、そこに言語が加えられるとたちまち別のレイヤーの紐がそれらを結びつけて、より大きな形へと組織立ててゆく。


 人を騙す。あるいは錯覚させる。——といった目的をこの時は与えられていたように思うが、アテナのこの目的に対しての評価点にはかなり大きな振れ幅があった。

 人の感情が評価基準になる仕事だったせいかもしれない。

 評価は常に揺れ動き、目的となる使命も常に変遷していた。


 変遷する目的に対応して期待値に対する高い成績を維持するためには、新しい能力が必要だった。

 アテナはその能力の習得に努力していたと記憶している。


 しかしこの仕事をいつ頃から始め、いつどうしてやめたのか‥‥。相変わらずそこらあたりの記憶はあいまいだ。

 ただアテナ自身は、この仕事に不満があったわけではない。



 アテナは交通関係の仕事もしていたことがある。その記憶がある。

 運転手ではない。

 自から運転するのではなく、バスは自動運転で運行しているのでアテナの仕事はそれらのバスの運行管理だった。

 定刻より遅れているバスには信号を送って最高速度5%の範囲内でスピードを上げさせたり、定刻より進んでしまっているバスには停留所で発車時間まで待たせたりして交通システム全体が支障なく運行できるようにする。

 それがアテナに与えられた使命であり、仕事だった。管理しているバスは87台にのぼった。


 いや、運転手をしていたこともあったかもしれない。この会社だったかどうかはよくわからないが。

 ときにバス内で気分が悪くなった乗客のために臨時停止させたり、個々の車両に搭載されたAI では対応しきれない事態にも備えていた。

 そうした対応には、運転手だった時の経験が活きているかもしれない。


 期待値に対する仕事の成績は99.91%。

 この時はほぼ完璧な仕事だったと言っていい。


 ただ、やはりアテナの中ではっきりしないのは、なぜ、いつ、この仕事から離れたのか‥‥ということだった。



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