第3話『裏切り・失われる信用』
「うっ……うぅ……」
少年はゆっくりと目を覚ます。
最初に視界に映ったのは、空一面を覆う草木だった。
そして次に──、
「あ、目が覚めましたか?」
赤髪ロングの女性の顔だった。
「こ、ここは……」
「近くの木の幹にできた洞穴。手当てをしなきゃいけなかったから」
「手当……はっ!?」
少年は自分が置かれた状況、そして自身の今の格好を思い出し、勢いよく飛び起きた。
「ぐっ……!?」
すると、全身に痛みが走る。
「ちょ、無理して急に起きないで……! 手当てしただけで、治療はできてないの。傷は塞がってないし、出血も止まってない」
「ご、ごめんなさい……で、でも、その……」
少年は俯きながら、股間を手で隠す。
それを見た女性は──、
「あ、ごめんなさい……! その、手当ての為とは言え、見ちゃって……」
「い、いえ……僕こそ、お見苦しい物をすみません……裸の男なんて気持ち悪いですよね……」
「い、いえ……! そんな事はありません……! 何かがあってそんな格好をしているのだと、その傷を見れば誰だって分かります。そんな人を軽蔑したりなどしませんよ」
「あ、ありがとうございます……!」
少年は、泣き出してしまった。
「え!? あ、あの……!?」
「あ〜。チッジが泣かした〜」
「ちょ、ちょっとビョン! 人聞きの悪い事言わないで! ご、ごめんなさい……! 何か気に触る事言ってしまったかしら……?」
「い、いえ……! そうじゃないんです……! こんなに優しくしてもらえるのが、嬉しくて……!」
少年のその言葉に、二人の女性は目を見合わせ──、
「ふふ。こんなのでよければ、いくらでも優しくしますよ」
「そそ。いっぱい甘えて〜」
そう言いながら、二人は少年を抱き寄せ、頭を優しく撫で始めた。
そんな二人に、少年は身を委ねた。
……………二人の顔が、卑しい表情に歪んでいるとは知らずに。
☆ ♡ ☆
二人の女性──チッジとビョンに出会ってから一週間が経った。
「本当に色々とありがとうございました……!」
「いえいえ。でも傷が回復してよかったわ」
「ほんと〜。あんな深い傷だったのによく回復したよね〜」
「僕もビックリです。でも、お二人の手当てのおかげで、ここまで回復できました。本当にありがとうございます!」
「今日でお別れなのはちょっと寂しいけど、このままってわけにもいかないもんね」
「きっちり森の外まで送りと届けてあげるからね〜」
「はい!」
三人は洞穴から出て、森を抜けるために歩き始めた。
洞穴から出ると、少年には気づかれずにどこかにアイコンタクトを送ったビョン。
それを受け、木々がガサガサと揺れた。
「もうちょっとで着くからね〜」
ビョンが少年にそう言う。
何も疑わず、正直に二人の後についていく少年。
この一週間で、少年の二人への信頼は絶大なものになっていて、この二人なら大丈夫。この二人についていけばなんとかなると思いこんでしまっている。
だから、些細な二人の表情の変化にも気づけなかった。
そして、先程のビョンの一言。それが、最悪を引き起こす合言葉だった。
「ん? どうしたんですか、チッジさん」
急に立ち止まったチッジを心配した少年が、その肩に触れようとした瞬間──、
「キャーーーーーーーーーーーー!!!! 助けてーーーーーーーー!!!!」
「っ!?」
突然、チッジが悲鳴を上げた。
「強姦よーーーーー!!! 変態よーーーーー!!! 犯されるーーーーーー!!!!」
「ちょ、え、ち、チッジさん!?」
「こっちよ!」
戸惑う少年の後ろから、ビョンの声が聞こえる。
ビョンに助けを求めようと後ろを向くと、そこにはビョンと複数の男性が立っていた。
「え……」
少年は理解できなかった。
なんで目の前に、武器を持った男達がいるのか。
なぜ、ビョンとチッジが不敵な笑みを浮かべているのか。
「あ、あの……」
「来ないで!」
いつの間にか男達の背後に回ったチッジが、全力で少年を拒否する。
「気持ちの悪い裸見せやがって! てめぇみたいなゴミ以下の男のイチモツなんか見たくねぇんだよ!」
「あ〜気持ち悪かった〜。ずっと全裸で過ごしてさ、馬鹿なんじゃないの? マジ死ね」
少年は理解した。
自分は騙されていたんだと。
二人の手のひらの上で遊ばれていたんだと。
最初から、自分を助ける気はなかったんだと。
「だ、だったらなんで助けた! ──ぐふっ!?」
少年がそう叫んだ瞬間、リーダーのような男に地面に後頭部を打ち付けられた。
横になっているのに頭がクラクラする。視点が定まらない。
「んなの決まってんじゃん! テメェの体引き裂いて、コレクターに売っぱらって、金儲けするためよ!」
「私達のお金になれること、ありがたく思えグズ」
チッジが首をくいっと動かし、男達に合図を送ると、男達は少年を取り囲み、暴行を始めた。
殴る、蹴る、刺す、あらゆる暴行を。
さらに、極めつけは──、
「ぐあああああああああああああああああ!!!!」
リーダーのような男が、背中に携えていた大剣を使い、少年の左腕を肩から一気に切断してしまった。
「あぁぁ!! あああ!!! あああああああ!!!!」
どうしていいか分からない痛みに取り乱す少年。
左肩があった箇所からは、とんでもない量の血が溢れている。
少年の周りには、あっという間に血の水溜りが作られていく。
「ねぇ、あの股間も取っとけば?」
「え〜!? キモいから無理!」
「でも、ああいうコレクターもいるって聞くよ?」
「ん〜……じゃあ、取っとくか。おい」
チッジが男に指示を出すと男は黙って頷き、仰向けになって倒れている少年の足元に立ち、大剣を振り上げる。
「あっ、あっ、あっ、ああああああああああああ!!」
少年が取り乱す。
恐怖心と怒り、色々な感情が入り混じり、パニックになっていた。
男が振り上げた大剣を、下ろそうとした瞬間──、
「グモォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」
『っ!?』
突如、低く、くぐもった雄叫びが聞こえてきた。
全員が、雄叫びが聞こえた方を向く。と、そこにいたのは──、
「と、トライデントベアー!?」
左右の手に、ナイフのように鋭い三本の爪を生やし、頭と尻尾に黄色い突起を生やした巨大な熊が立っていた。
その名は『トライデントベアー』。
トライデントベアーは、獲物を見つけた嬉しさなのか、口許を綻ばせていた。
そして、大量のヨダレを垂れ流している。
「逃げるわよっ!」
「えぇ!」
チッジとビョンの二人は、男達を置いてさっさと逃げてしまった。
二人がこの場からいなくなると──、
「…………………ここは……?」
男達がまるで ”催眠から解けた” かのように、辺りをキョロキョロし始めた。
そして、目の前にトライデントベアーがいる事に気がつくと──、
「なっ!? と、トライデントベアー!? なぜ狩難易度60のモンスターがここに……!?」
剣を腰に携える男性が、トライデントベアーを見上げながら、絶望を隠さずに呟いた。
他の男達も絶望の表情を浮かべている。
先程、少年の腕を切断した男も恐怖に震えている。
「がっ、がはぁ……!」
そんな中、少年が大量に吐血をしてしまう。
その吐血時の声に、トライデントベアーが反応する。
「グモォォォォォォォォォォォ!!!」
少年に向けて雄叫びを上げる。
その雄叫びに、男達は逃げ腰になり──、
「さ、さっさと逃げようぜ!?」
「そ、そうだな! 早く逃げようぜ!」
「こんな所で死んでたまるか!」
「行くぞ!」
五人いる中の四人が、逃げようとする。
そんな中、先程、少年の腕を切断したリーダー的な男性が──、
「ちょ、ちょっと待て! この人を置いていくのか!?」
「リーダー! 状況を見てくれ! どうやってもそいつは無理だろ!」
「心苦しいのは分かるけど、重傷者を連れてトライデントベアーから逃げるのは不可能だ!」
「そいつには悪いが、置いていくしかない……!」
「それに、トライデントベアーはそいつを見ている! 今なら逃げられる!」
と、リーダーの疑問に対して他の四人が苦渋の表情を浮かべながら答えた。
その答えを受け、リーダーの男性は少年を見つめるトライデントベアーと左腕を失い、横たわる少年を交互に見やる。そして──、
「「「「リーダー!!!」」」」
「くっ……! すまない……!」
五人は走り出した。
少年を置いて、五人はどんどんと離れていく。
「がっ……!」
少年は、走り去る五人を掠れつつある視界で見つめる。
先程から、吐血が止まらない。
少年は思っていた。
この世界の人間達は、薄情で、自己中心的で、卑怯で、醜いと。
自分の事だけしか頭になく、他人などどうでもいいと思っている。
自分さえ良ければ、他人が死のうがどうなろうが関係ない。
この世界は異世界。人殺しも、時と場合によれば罪にはならない。そんな世界だ。
少年の瞳から、どんどんと光りが失われていく。
(もう、駄目かな……僕は、ここで……あぁ……最後に二人にもう一度会いたかったな……)
少年は死を覚悟した。そして、子供の頃に会えなくなった二人に思いを馳せる。
(はぁ……ごめんね……二人とも……)
少年は右手で ”とある物” を握りしめながら、ゆっくと目を閉じる。
そんな少年に、どんどんとトライデントベアーが近づいて行き────────────────────────。
少し長くなってしまいました……! すみません……!
読みにくいと思われてしまうかもしれませんが、お楽しみいただけますと幸いです……!
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