第二十八話:夢をかたどる鏡
窓の外で鳥がさえずり、ラルクレストに新しい朝がやってきた。
リューは作業机にうつぶせたまま、うっすら目を開けた。頬には、インクの染みたノートの跡。夜を越えて、夢を映す鏡の回路設計と格闘していたらしい。
「……夢の鏡って、ほんとにややこしいな……」
ぽつりとつぶやきながら、リューは椅子に座り直した。机の上には、完成間近の小さな鏡。楕円形のプレートは銀色に鈍く光り、側面には眠りに同調する受信環が取り付けられている。
名前はまだ決まっていない。
エルサの弟――リューはまだ顔を見たことがない。でも、その願いを聞いてから、なぜかずっと頭から離れなかった。
「夢の中でなら、どこにだって行ける。だから、それを忘れないようにしてあげたい」
そんなふうに、リューは心から思ったのだった。
その日の夕方、リューは鏡を抱えて、村の南へと足を運んだ。
エルサの家は、麦畑の向こう、小さな並木道の奥にあった。木製の門をくぐると、風鈴の音が出迎えてくれる。
「リュー君! 来てくれたんだね!」
エルサが顔を出し、にっこりと笑った。その背後には、静かに椅子に腰かけた少年の姿があった。
「あの子が……弟さん?」
「うん。セド。今日はすごく体調がいいの。ちょっと緊張してるけど……大丈夫だよね?」
少年――セドは、おずおずとリューを見上げ、小さくうなずいた。
「リューさん……鏡、作ってくれたの?」
「うん。まだ試作だけどね。夢を見た直後なら、ちょっとだけ映るはずなんだ。うまくいけば、だけど……」
セドは目を輝かせて、鏡を受け取った。その手は細く、どこか儚げだったけれど、そこに込められた期待の熱だけは、しっかりと伝わってきた。
「今夜、使ってみるね」
その夜、リューは寝つけなかった。
鏡がちゃんと作動するか、セドに負担がかからないか、不安がいくつも頭を巡る。けれど――。
翌朝、開店準備をしていると、店の扉が音を立てて開いた。
「リュー君!」
エルサの声だった。その後ろに、セドが小さく手を振っている。
「……見えたよ。ちゃんと、夢が」
リューの胸に、何かがじんわり広がっていく。
「ほんとに……よかった」
「うん。昨日の夢、雲の上を飛んでた。大きな鳥に乗って、村の上をぐるぐる回ったんだ。色も、風も、ちゃんと映ってた……すごかった」
「……それ、また見たい?」
「うん! でも、今度は……外にも行けるようになったら、本当の空も見たいな」
その言葉に、リューは何も言えず、ただ頷いた。
夢は叶えるもの、とは限らない。けれど、覚えていれば、いつかその続きを描くことはできる。そう信じたくなった。
数日後。
夢を映す鏡は、村の中でも評判になった。ただし、リューは慎重を期して、正式な販売は見送り、あくまで「試験貸し出し品」として希望者に提供することにした。
記憶鏡もそうだったが、心に関わる道具には、責任が伴う。リューはそれを、前よりもずっと自覚していた。
風が吹いていた。どこかへ続くように、静かに。
ヴィルト魔導雑貨店。その棚にはまた、ひとつ、誰かの心を支える道具が増えた。
まだ足りないことも、できないこともある。でも、それでも進もうとする気持ちは、きっと魔法よりも強い。
そう信じて、今日もリューは、発明を続ける。