市役所へ行く
私の名は剛田孝一。調査官になって10年になる。調査官という仕事は、簡単に言うと警察や行政が扱いきれない事案を取り扱うものだ。行方不明者の捜索や、税金滞納者への督促、住民の行政に対するクレーム処理、山深いところに住む方への生存確認などなど。行政専門の便利屋と言ったところだ。他の職業と少し違うのは、警察の許可があれば申請した条件に限り、警察と同じ権力を行使できることと、依頼のほとんどが、行政が解決しづらい『訳アリ』という事くらいだろう。
そして今日も、市役所から依頼を受け担当者を待っているところだ。もう20分も待っている。仕事の依頼はいつも市役所の調査課を通してやり取りする。法律ではそうなっている。私は時々、法律がうっとうしくなる。まさに今のような状況の時だ。
さらに10分待ったところでようやく担当者のお出ましだ。
「お待たせしました。調査課の小林と申します」
人を30分も待たせた挙句、悠々と部屋に入ってきたこの男は妙にひょろ長く、人を小バカにすることを生きがいにしているかのような目をしていた。
「いいえ問題ありませんよ。総務課の女性と密会するくらいの時間はありましたから」
小林のギョッとした目を見て留飲を下げることにした。私は調査官だ。人の醜聞を見つける事は、死体を見つける事より楽だ。小林は何か言いたげだったが、言葉を飲み込み席に着いた。
「今回の依頼は猫の捜索です。先日起きた猫を多頭飼いしていた男性が隣人を殺害した事件はご存じでしょう。容疑者の多当該については近隣住人の方々から度々苦情の連絡がきてまして。容疑者宅に赴こうとした矢先に事件が起きてしまいました。猫の健康状態が良くないのは住環境で予想できたので、保護して健康になったら里親を募集しようと思っていたのですが・・・」
「あなたたちが逃がした猫を全て見つけろと?」
私が茶化すと小林は不満げに言い返してきた。
「いいえ違います。私たちが逃がしたのではなく。容疑者宅から姿を消したのです。それに依頼内容も違います。捜してほしいのは1匹だけです」
小林は写真付きの資料を見せてきた。手入れされた毛並みの三毛猫だ。首元に虹色の鈴がついている。
「この猫の名前はミケ。体長は27cmほど。体重は不明。この写真の感じだと3~5kgでしょう。性別はオス。首元に直径5cmほどの虹色をした鈴を付けています。依頼は藤崎市中央署から出ていますが、元々の依頼主は容疑者の息子さんです。何でも思い入れのある猫だそうで。まあ、オスの三毛猫は希少ですから、それもあるんじゃないでしょうかね。その他情報は資料の中に」
小林のどうでもよい予想を聞きながら資料に目を通していく。
「事件発生は9月6日午前6時30分ごろ。現行犯逮捕されて・・・その日の8時に警察が容疑者宅に猫がうじゃうじゃいることを確認。少し目を離したところで逃げられたと。13時ごろに容疑者の息子さんと連絡が取れた。父親のことはそっちのけで猫を捜すも見つからず。13日に調査官への依頼手続きをして今に至ると。探偵でもよかったと思うが、なぜ調査官に依頼をしたんだ。ワイドショーの的になったからか?」
私は資料を読みながら小林に聞いてみた。
「恐らくそうでしょう。そこでマスコミすら黙らせるあなたに白羽の矢が立ったんです。噂では各社の重役の突かれると痛いネタを持っているとか?」
「まあそうだな、君のしていることなんか子どもの遊びにしか見えないようなネタがな」
小林をからかうと、またもやギョッとした顔をした。こういう感情がすぐ顔に出る人間には何も教えないほうが良い。わたしはここらで切り上げようと思った。
「細かいことは中央署で聞くとしよう。ところで期限と報酬は?」
「期限は2か月。今日が9月15日だから11月15日までということになる。報酬は1か月40万。2か月で80万になるな」
どういう事情かは知らないが猫探しにしては高額だ。私は書類にサインをして市役所を後にした。去り際に、小林に市役所内で不倫はは控えるようアドバイスをした。