万歳突撃
上陸してきた米軍と激戦を続けていた前戦の各部隊に師団司令部に集まれとの命令が下り、前戦で戦闘中の部隊が米軍の目を盗み司令部に集結している。
司令部に続々と集まって来た殆どの部隊が米軍との戦闘により多数の死傷者が出ているため、定員を大幅に減らしていた。
そのため集結した部隊は大隊毎にまとめられる。
大隊毎にまとめられた兵士たちに握り飯2個と沢庵4切れ、それに日本酒を飯盒の半分程の量が支給された。
握り飯や日本酒と共に手榴弾と弾丸が渡される。
輜重兵など銃を所持していない兵士や軍属、それに少数の民間人には竹槍が渡されていた。
「あるところにはあるものだな。
俺たち前線の部隊が弾薬や飯の補給を願っても、雀の涙程しか貰えなかったのに」
「そうですよね、あ、上等兵殿飲んでください」
若い二等兵が古参の上等兵に支給された飯盒の中の日本酒を渡す。
「お前は飲まんのか?」
「酒に弱いので」
「そうか、じゃ、遠慮無くもらうぞ」
上等兵に飯盒の中の酒を譲った若い兵士の目に見覚えのある女性の顔が映る。
向こうも気が付いたらしく小さく手を振って来た。
それに対し若い兵士は、姿勢を正し略帽を取ると深々と礼をして返す。
深々と礼をする若い兵士の視線の先を見て上等兵が声をかけた。
「あれ? あの女は淫売屋の一番若い女だよな?
お前、あの女と知り合いだったのか?」
「以前にちょっと……」
そう答え若い兵士は上等兵に知り合いになったときの事を語る。
「慰安所に行くのか?」
「はい、ちょっとお願いしたい事がありまして……」
「あんまり勧めないぞ、綺麗な身体のまま死ぬのも悪く無いと思うな。
それにお前は知らんだろうが、此の島に駐屯する1万人以上いる兵士全員に対して、慰安所の女は15人殆どしかいない。
慰安所の小屋の前に手に手に何度も洗って再利用されている避妊具を握った兵士が、長蛇の列を作っている。
小屋の扉が開きやり終えた兵士が出てくると、長蛇の列の先頭の者が小屋に入るんだが……。
小屋の中には小部屋が幾つか並んでいるんだが、その時、あの女が良い此の女が良いって選り好み出来ずに、空いた女の小部屋に案内されるんだ。
まあ若い女も居るには居るんだが最悪な時は、あそこの淫売屋を経営している婆や最古参の婆にあたってしまう事もあるんだよ。
小部屋に入ると浴衣を羽織って寝そべっている婆が煙管で煙草をふかしていて、片手を差し出して金を請求する。
金を渡すと浴衣の裾を捲り股を広げ使い古しの観音様を御開帳する、その中に俺の物を入れるんだが婆はマグロで動かずサービスで声を上げるだけなんだよ。
それで終わると婆は股を拭きながら出ていけと手を振って、俺は小部屋から追い出される。
あんなんなら自家発電していた方が金かかからんだけマシだ。
だからお前がどうしてもやりたいなら止めないが、出来るなら国に帰ってからの方が良いと思うぞ」
「はぁ、取り敢えず行ってみます」
若い兵士が慰安所に向けて歩いていると、慰安所の裏手で若い女が洗濯物を干しているのが見えた。
若い兵士の先を歩いていた他の部隊の兵士が彼女に声を掛ける。
「あれ? お前今日店に出ないのか?」
「ごめんね、月の物が始まって今日は休み」
「お前に当たる事を願って来たのにそれは無いよ」
「お姉さんたちが相手してくれるからごめんなさいね」
若い兵士は他の部隊の兵士がブツブツ言いながらも小屋の表の方へ歩いて行ったのを見届けてから、洗濯物を干している女に声をかけた。
「あの、お願いがあります」
「ごめんなさい、あたし今日は相手出来ないの」
「あ、抱きたいのでは無く、自分を抱きしめて頂きたいのです」
「え、どういう事?」
「自分は赤ん坊の時、山奥で炭焼きをしていた爺様に拾われ育てられました。
だから女性に抱いて貰えた記憶が全く無いのです。
ご迷惑だと思いますが、抱きしめて頭を撫でて頂けないでしょうか?」
女は暫く思案したあと洗濯小屋の方に若い兵士を招き、椅子に座って手を広げる。
若い兵士が女の前に膝を付くと、女は彼の頭を両手で包むようにして胸に抱き、頭に頬ずりしてくれた。
「ありがとうございました」
お礼を言い、持っていた軍票を女に渡そうとしたが女は受け取らない。
暫く押し付けあいした後、女は軍票を受け取った。
女は若い兵士の手を取り受け取った軍票を掌に乗せながら言う。
「はい、お姉さんからのお小遣い、酒保で何か甘い物でも買って食べなさい」
と、慰安所の女性と知り合った時の事を上等兵に語った。
「あの女性たちは得た金を日本に送金出来たのでしょうか?」
「分からんな、彼女たちにも家族がいて、彼女たちが送ってくる金を首を長くして待っているんだろうからな。
送って要ると良いな、いや、送り終わったと思おう」
そのとき大隊事にまとめられた兵士たちに集合が掛けられて、大隊の将校が作戦の説明を行う。
敵を夜襲して前線を突破し、敵を海に追い落とす事を目的とした作戦。
先頭を進むのは各部隊の青年将校や古参の下士官たち。
敵兵が寝静まった頃合いに、集結していた兵士たちは足音を忍ばせ敵陣に向けて進む。
先頭部隊が敵前線を突破した頃、突然前線の夜空に照明弾が打ち上げられる。
敵兵の叫び声と共に機関銃の発射音が戦場に響く。
敵に気づかれたのだ。
それまで足音を忍ばせて敵陣に向けて進んでいた兵士たちは、口々に「万歳」の声を叫び敵陣に向けて走る。
若い兵士も同じように腹の底から「万歳」の声を振り絞り、駆け出した。
「万歳」と叫び数十歩進んだとき突然、腹に衝撃をくらい焼け付くような痛みを感じる。
周りを見渡すと、敵兵が塹壕の中で銃の弾倉を入れ替えようとしていた。
若い兵士は痛みに耐えながら敵兵に向けて銃を構えて走る。
銃を放り出し走り寄る日本兵に背を向けて逃げようとする敵兵の背中に、全体重を乗せた銃剣を突き刺す。
銃剣を敵兵の背中から引き抜く為に、銃の引き金を引き発射された弾丸の反動を利用して敵兵の背中から銃剣を抜こうとした。
だが銃の引き金を引いたところで彼の力は尽きる。
若い兵士は自分が殺した敵兵の背中にもたれ掛かるようにして倒れると、小さく「おかあさん」と呟いて息絶えた。