プロローグ
この物語に年齢制限はございませんが、物語の上で前触れもなく暴力的な表現が含まれる可能性があります。
暴力や生々しい表現が苦手な方はご注意下さい。
$プロローグ
鏡の向こうに、いつも違う自分がいた。
物心ついたときから「それ」に気付いていたのだと思う。毎日お風呂に入る度に嫌でも目に入ってしまうし、見ない努力をしても「それ」を見てしまう。年を重ねる度に「それ」に対する恐怖心は薄れていったが、かといって見ていて気持ちのよいものではない。
「それ」は見る度に…つまり毎日、姿が違うのだ。くせっ毛の黒髪に色素の薄い茶色の瞳。一見自分自身に見える姿だが、ところどころが違っている。ある日は鼻の横にホクロがあった。そしてある日はやせこけた頬、またある日は唇の横に小さな傷があった。珍しい日では、自分と性別の違う、男の自分がいた。いったい何人の自分を見てきたか分からない。一人一人数えたら気が遠くなりそうだ。同じ自分が何回か見えたかもしれないが、それを気に留めようとも思わなかった。
私は毎日、違う夢を見た。その日鏡に見えた「それ」の夢だった。夢の中の私は「それ」自身となって、物事を「それ」の目から見ていた。暗かった。切なかった。寂しかった。悲しかった。みじめだった。痛かった。「それ」の夢は毎日違う人物なのに、夢の中では誰として笑わなかった。「それ」自身…つまり私も笑わなかった。そのせいで、私も普段から笑わなくなった。
これは夢の中の私の物語。私と「それ」が織りなす夢の中の物語。私は「それ」を自分と違う、という意味で「アナザー」と呼んだ。
ロスト・アナザー