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【完結】明日がほしいと願った  作者: 四片霞彩
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 祈るように小声で呟くと、竹刀袋を肩に掛ける。部屋を出て階段を降りていると、ようやくゲームを終えたのかアキラがリビングから顔を出していた。


「あのさ。今日は早く帰ってくるよな?」

「なんだよ。藪から棒に」


 今までこんなことを言わなかったのに急にどうしたのかと警戒するが、アキラは「別に」と寝ぐせが残る頭を掻きながら答える。


「だって、明日はお前の誕生日じゃん。それも二十のさ。だから十代最後の夜から、日付が変わって二十歳になる瞬間を祝いたいと思って……。お前にはいつも世話掛けてばかりいるから、おれの奢りで美味いものでも買ってさ……」

「気持ちはありがたいけど、今日中に帰れるか分からないんだ。先に休んでいてくれ」

「じゃあさ、明日は大学をサボってどこかに出掛けないか。中学の時みたいにさ」


 昔、俺とアキラが中学生だった頃、アキラの誕生日に学校をサボって、他県の有名テーマパークまで遊びに行こうとしたことがあった。

 あの時は母子家庭で貧しい生活を送るアキラがクラス内でいじめに遭っていて、誕生日くらいは学校を忘れて幸せな気持ちになって欲しいからと、俺が計画してアキラを連れ出した。

 当初は新幹線の予定だったのを平日に中学生が二人きりで乗車しているのは怪しまれるからと急遽自転車に変更したが、自宅から他県までは数時間も掛かる上に、アキラの母親が心配するからと日帰りにしたため、結局テーマパークまで辿り着けなかった。

 人生初のサボリは県南にある海岸で海を眺めながら他愛のない会話をするだけで終わってしまったのだった。

 アキラはどう思っているのかは知らないし、もう忘れてしまったかもしれないが、俺にとっては思い出深い一日だった。

 あの時と同じような思い出を、またアキラと作れるのなら作りたい。だが――。

 この身体に流れる宿命がそれを許してくれないだろう。


「悪いけど、駄目だ。明日も、明後日も……」

「そんなに大学が忙しいの? それともバイト? ペットショップで働いているんだっけ。確か……」


 アキラがうちに住んで数ヶ月。頻繁に外出していたら女がいるのかと怪しまれたからバイトをしていると嘘をついてしまった。

 そうしたら今度はどこでバイトしているのかしつこく聞いてきたので、適当にペットショップと答えていた。

 どうしてペットショップかというと、アキラに聞かれた丁度その日に泥や土を頭から浴びた状態で帰宅したから。

 ――本当は山道で転んだだけだったが。


「……まあ、そんなところだ。そうだ、さっき遊んでいたゲーム。気に入ったならお前にやるよ。ゲーム機とか、それ以外でも俺の持ってるもので欲しいものなら何でも……」

「またそれか? いい加減にしてくれ。お前はいつもおれを物乞いみたいに扱うんだな。おれが極貧生活を送っているからって、同情しているつもりなのか。これだから医者の金持ち息子は……」


 呆れたように溜め息を吐いたアキラに苦笑してしまう。思えばいつもそうだった。俺としては自分よりもアキラの方が大切にしてくれそうで、何より()()使ってくれる気がするから、プレゼントしているつもりだった。

 その方が贈られる物側も喜ぶだろうと思って。だがそれがアキラの感情を逆撫でしていたらしい。

 事情を知らないアキラからしたら、そう思われても仕方ないが――。


「物乞いでも金持ちの余裕でもないさ。俺は飽きるまで遊んだからやるってだけ。もうゲームもしないだろうし」

「思い出して、またやりたくなるかもしれないだろう?」

「思い出したのならな。じゃあバイトに行くから。出前を頼むのなら、テレビ台の右下の引き出しに現金があるからそれで支払え。俺のへそくり」

「いいよ。キャッシュレスで支払うから。ところで誕生日プレゼントは? 誕生日まで考えておくって言ってたじゃん」


 ――すっかり忘れていた。

 数日前に聞かれていた誕生日プレゼントのことを思い出して、反射的に「あ〜」と考えてしまう。

 物欲が皆無なので、これといって欲しいものがなく、毎年適当に誤魔化してきた。これまではそれで良かったが、さすがに今年は記念すべき二十年目の誕生日だからか、アキラは例年以上に食い下がってきた。

 どうする。アキラが納得しそうなものを言っておくか。


(せっかく買ってきてもらっても、無駄になるからな……)


 アキラのプレゼントを受け取るつもりが無いというわけではなく、明日渡されても()()だけだ。

 受取人はもう()()()のだから――。


「プレゼントなんていいよ。別に。気を遣わなくたって」

「気なんて遣ってない。そういう仲じゃないだろう。おれたち」

「本当にいいって。俺が欲しいものはお金じゃ買えないものだし」

「なんだよ、それ?」

「内緒。じゃあ、バイト行くから。……父さんによろしくな」


 物言いたげなアキラを置いて靴を履くと、家を出る。ガレージから自転車を押しながら、もう一度自宅を見上げる。

 これが自宅とアキラを見る最後になるかもしれない。そう思うと、胸が締め付けられるような気がした。

 そんな気持ちを振り払うように自転車に跨ると、地面を蹴って力一杯にペダルを踏む。


(今日で全てが決まる。明日を迎えられるかどうか……)


 俺の明日は来るかもしれないし、来ないかもしれない。それをこれから決めに行く。背中に背負う竹刀袋(相棒)と共に――。




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