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【完結】明日がほしいと願った  作者: 四片霞彩
11/11

11(終)

 それからどれくらい意識を失っていたのだろう。やけに頭と腰がむずむずと痒い。そっと目を開けると、そこはさっきと同じ牢屋の中だったが、そこに自分以外は誰もいなかった。


「アキラ? 母さん?」


 迷子の子供のように名前を呼んでいると、後ろから「起きたか」といつものアキラの声が聞こえてくる。


「ようやく目が覚めた? どこか変なところはある?」

「変というか……。頭と腰が痒いかも」


 すると、アキラは小さく吹き出すと笑い出す。その笑みに含みがあるように思えて、「なんだよ」と声を尖らせる。


「痒くておかしいか。どこか変なところでもあるのかよ」

「うん。まずは自分の姿を見た方がいいと思う」


 そう言って、アキラは床に落ちたままになっていた俺のスマホを渡してくる。カメラモードを起動させて自撮り機能をオンにすると、画面に映っていたのは白い髪の男だった。

 正確に言えば、頭から白い狐の耳と腰から白い尻尾を生やした俺の姿だった。


「な、なんだ!? この姿は!?」

「もしかして二十歳で死ぬっていうのは、イノリが持つ人間としての部分だったんじゃない? 二十歳になると人間の部分が消失して、妖狐の部分が表に出てくるとか」

「いや、違うだろう。父さんが妖狐の姿になったことなんて一度もないし、妖狐になった先祖の話も聞いたことがない」


 スマホで体中をあちこち映しながら耳や尻尾を引っ張ってみる。しっかり神経が通っているようで頬をつねった時のような痛みが走った。そしてこの姿だとますます母さんに似ているような気がした。髪を伸ばしたら、母さんと瓜二つになるかもしれない。

 そんなことを考えていると、アキラが浅黄色の上着を頭に掛けてきた。取りあえず、ここを出る時にこれで頭を隠せということだろうか。


「アキラのお母さんのだからサイズは小さいかもしれないけど、せっかくだから借りよう。ここから出て他の人に見られたら、変質者と間違われて通報されるかもよ」

「ところで母さんは?」


 牢の中を見渡したが、母さんの姿は見つけられなかった。血を流していたので助からないとは思うが、せめて丁重に弔いたい。大切な家族なのだから。


「イノリのお母さんだけど……。狐になった。で、イノリのことをおれに任せて、ここから出て行った」

「はぁ? 母さんは死んだじゃなかったのか?」

「どうも急所を外したみたい。傷を治すのに力を使い切って人の姿を取れなくなったけど、とりあえず無事だって」


 母さんが無事と聞いてホッと安心する。けれども今度は別の疑問が生じる。


「で、その狐姿の母さんはどこに行ったんだ?」

「力を取り戻すまで、妖狐の隠れ里に暮らすって。妖狐になったイノリを見て驚いていたよ。でもこう言っていた。『妖狐の隠れ里は妖狐しか暮らせないの。今の姿のイノリなら大歓迎よ』って」

「そうか……」

「『でも、今の祈里はまだ来ちゃダメ。せっかく二十歳になったのだから、大人として人の世界に生きなさい。それでもどうしても妖狐として生きたくなったらここに来なさい。そうしたら妖狐としての生き方を教えてあげるから』って。半妖は大変だね。人間と妖狐の間で板挟みだ」

「うるさい。もういいだろう。零時も過ぎたし帰るぞ」


 アキラが真似する母さんの口調が似ていたからか、妙に腹が立つ。それでも妖狐の隠れ里があるというのは初めて知った。いつか行ってみようか。それこそ妖の世界に興味を持った時にでも。

 しばらくは急がしそうだ。この姿じゃ大学にも行けないし、父さんも驚くに違いない。何て説明しようか……。


「おれ、バスで来たから帰れないんだけど。終バスで来たし」

「ここの前に自転車が停まっていただろう。二人乗りすればいいじゃん。後ろに乗ってさ」

「その尻尾で運転できるの? タイヤに絡まりそうだけど」

「……運転してくれるか?」

「いいよ」


 ポケットに入れていた自転車の鍵を投げると、アキラはキャッチする。落ちていた日本刀を鞘に戻して竹刀袋に入れると背負う。


「そういえば、言い忘れていたけどさ。お誕生日おめでとう、イノリ」

「ありがとな。これから何をする? この姿じゃ大学にも行けないし、どのみち身体も精神も疲れているから明日は自主的に休講するつもりだけど」

「徹夜でゲームはどう? ピザの宅配でも頼んで」

「それだけだと足りないから、冷蔵庫の油揚げと人参で何か作るか……」

「さすが狐。やっぱり油揚げと人参は好きなんだ」

「うるさいっ!」


 アキラの頭を軽く小突く。こんな日が訪れたことを心から嬉しく思う自分がいる。

 新しい悩みは増えてしまったが、昨日までと違うのは相談できる相手も増えたからだろう。心が晴れ晴れとして、何の躊躇いもなく笑みを浮かべる自分がいる。

 これからもアキラと一緒なら乗り越えられるだろうという、自信が漲っていたのだった。


 了

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