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第九十四話 エニマライズ攻防戦2

「鉄砲隊、第一射、撃てぇえ」


 やぐらの上から指揮官が叫ぶ。木柵越しにずらりと並んだ火縄銃がいっせいに火を噴き、轟音と同時にトカゲ兵が絶叫しながら、バタバタと倒れる。


「第二射、構え、・・・撃てぇ」


 再び雷鳴のような射撃音が響き、トカゲ兵が次々に倒れる。あたりにはもうもうと白煙が舞い上がる。それでもトカゲ兵は突撃してくる。運よく柵の手前までたどりついた敵兵も、地面に並べられた木の枝に足を取られている間に、次々に打ち殺された。たちまち、あたりはトカゲ兵の死体で埋め尽くされた。


 投石機の横で城壁を見ていたジェシク将軍のもとに、第八師団から急ぎの連絡がきた。


「第八師団より報告。西の森の手前で正体不明の敵の陣地を発見、攻撃するも反撃が激しく、こちらに多数の死者が出ております。なおも、攻撃を続行中です」


「なに? もしや・・・敵は轟音と同時に火を噴き出す飛び道具を使っていなかったか?」


「はい、使っておりました」


 ジェシク将軍は愕然とした。冷汗が背筋を伝う。


「しまった・・・謀られたか・・・」


「いかがいたしますか?」


「馬鹿者、第八師団はすぐに引き返せ。敵はアルカナ王国の正規軍だ。むやみに突撃すると全滅するぞ。それと、海岸に向かった部隊をすぐに呼び戻せ。今すぐにだ」


「はっ、ただちに」


「もはや悠長にエニマライズを攻撃している場合ではない。アルカナ王国軍が前進してくる前に守備陣形を整えるのだ。いそげ、一刻を争うぞ」


ーーー


 そのころ、エニマライズ王城の主塔の上から戦場を見渡していたマルコム国王はジャビ帝国陣地の異変に気が付いた。


マルコムが隣に控えるジーンに言った。


「ジャビ帝国の陣地が、にわかに慌ただしくなったな。しかも敵の投石機の攻撃が止まったようだ。一体何が起きたのだ」


「私もわかりません。まもなく見張りから報告があるとは思いますが・・・。ただ、偵察からの報告によりますと、本日の夜明け前に海岸で激しい炎と爆音を確認したとのことで、それと何やら関係があるやもしれません」


 やがて見張り台からの伝令が飛び込んできた。


「報告します陛下。どうやら西の森にアルカナ王国軍が陣を構えており、ジャビ帝国軍と交戦している模様です」


 マルコムとジーンは、驚きのあまり固まってしまった。


「なんと、まことか。・・・まことにアルカナ王国軍なのか」


「はい。距離が遠いために確認が難しいのですが、無数の赤い閃光や大量の白煙が舞い上がっておりますので、おそらく、膨大な数の鉄砲ではないかと思われます。鉄砲を主力とする軍隊はアルカナ王国軍以外にありません。また、アルカナ王国の旗が見えると言う者もおります」


「どういうことだ? この機に乗じて我が国に攻め込んできたのか・・・まさか援軍? あり得ない。アルカナ王国とは戦争中だ」


 ジーンが驚きの表情のままで言った。


「陛下、これはアルフレッドが、我が国を助ける方が得策だと考えたのかもしれません。もしエニマライズが陥落して我が国がジャビ帝国の属国になれば、ジャビ帝国はますます強大となり、しかもアルカナ王国のすぐ隣に巨大な軍隊が駐留することになる。それを防ぐために、我が国を支援することにしたのでしょう」


「うーむ、なるほど。それは好都合だ。このままアルカナ王国とジャビ帝国がつぶし合いをすれば、我が国が断然、有利になる」


「左様でございますな」


 その時、少し前から主塔で二人の会話を聞いていたエニマ王国の先王、ハロルドが顔を真っ赤にして二人を怒鳴りつけた。


「この愚か者が! この期に及んで、まだ漁夫の利を考えておるのか。そのようなことを考えておる場合ではない。ただちにわが軍も城から打って出て、ジャビ帝国軍に戦いを挑むのだ。そんなこともわからんのか」


 ハロルドのあまりの剣幕にマスコムは気後れしたようだ。


「し・・・、しかし父上・・・」


「マルコムよ、よく聞け。おそらく、アルフレッドは自らの艦隊を囮にしてジャビ帝国から多くの兵を海上へおびき出したのだ。それが、今朝の海岸の炎だ。現在、正門付近のジャビ帝国兵力はおそらく当初の三分の二程度に減っておる。しかもアルカナ王国軍は森に布陣した鉄砲陣地にジャビ帝国の部隊を引き付けてこれを撃滅している。


 このあと、おそらくアルフレッドの軍は森の陣地を出て、エニマライズを包囲するジャビ帝国軍に向けて前進を開始するだろう。そうなれば、アルカナ王国軍にも被害が出るだろう。しかも、海岸へ向かった部隊が戻れば、数的にアルカナ王国軍は不利になる。


 一刻の猶予もならぬ。海岸のジャビ帝国の部隊が戻る前に決着をつけるのだ。わが軍はただちに城内から打って出て、正門付近に陣取るジャビ帝国の部隊を挟撃するのだ」


 ハロルドのすさまじい剣幕に押されて、二人は黙り込んだ。しばらく沈黙が続いた後、マルコムは静かに言った。


「父上のおっしゃる通りです。全軍はただちに出陣し、背後からジャビ帝国軍を殲滅いたします。ジーン、指揮を取れ」


「はっ、ただちに向かいます」


ーーー


 アルカナ王国軍の陣地を攻撃していた帝国軍の第八師団は、何度か無駄な突撃を繰り返した挙句、ほぼ半数の兵力を失って退却していった。しかしわが軍には休んでいる暇はなかった。俺たちの出現に気が付いたジャビ帝国軍は、海岸から部隊を引き上げてくるはずだ。その部隊が戻る前に、ジャビ帝国を叩かなければ。


 俺は立ち上がり、大声で皆を激励した。


「皆の奮闘により、今のところ作戦は大成功である。これでわが軍の勝利は見えてきた。作戦は次の段階へ進む。全軍は陣地から出てジャビ帝国軍へ向けて前進し、敵を撃滅する。隊列を整えよ」


 司令官から指示が飛ぶ。


「せいれーつ、整列せよ」


 兵たちが次々に陣地の前に出て整列を始めた。レイラが言った。


「陛下、これからが正念場ですね」


「ああ、そうだ。鉄砲隊だけでなく、槍兵や騎士たちにも活躍してもらわねばならん。特に近衛騎士団は本陣の最終防衛ラインだからな、撃ち漏らした敵を一人として通すな。頼むぞ」


「おまかせください、陛下」


 騎兵隊のランベルトが馬を下りて駆け寄った。


「陛下、ついにジャビ帝国軍に一矢報いる時が来ました。ロマラン王国軍の生き残りであるわれら騎兵部隊は、死に物狂いで戦いましょう」


「すばらしい。貴殿のロマラン騎兵部隊には、遊撃部隊として敵の弓兵を撃滅していただきたい。弓兵は依然としてわが軍の脅威だ」


「はい、必ずや期待に応えて見せましょう」


 敵を撃退したばかりのわが軍の士気は高い。俺は全軍に命じた。


「全軍、前進せよ」


 アルカナ軍の兵たちがジャビ帝国の陣地に向け一斉に歩き始めた。森からエニマライズの正門までは広々とした農地が広がる。あたり一帯を埋め尽くす兵士が大地を踏み鳴らす音が響く。天を突く無数の槍が波打つ林のように動いてゆく。


 そのころ、ジャビ帝国の陣地では、ジェシク将軍が慌ただしく指揮をとっていた。


「兵をアルカナ軍の前面に集中させろ、奴らの鉄砲隊を数で押しつぶすんだ。奴らの接近を待って、アルカナ軍の中央部分へ全速で突破をかける。敵本陣まで突っ切る」


 俺は移動式のやぐらの上から望遠鏡でジャビ帝国軍の動きを観ていた。敵は中央から本陣に攻め込む構えを見せている。


 俺はその様子を見て指示を出した。


「敵は中央に兵力を集中しつつある。こちらも正面へ兵を回してくれ」


 両軍の距離がおよそ300メートルまで接近したところで、鉄砲隊は一斉に射撃準備に入る。火薬と弾丸を込めて火縄を準備する。そうすることで、いつでも射撃が可能になる。さらに前進を続けると、距離およそ200メートルでジャビ帝国の弓兵の射撃が始まった。だが、まだアルカナ軍の鉄砲隊は発砲しない。


「敵との距離を詰めろ、鉄砲隊、距離100まで前進! 駆け足!」


 数百の敵弓兵から放たれた矢が雨のように降る中を鉄砲隊が走る。敵の矢を受けた兵士が一人、また一人と倒れる。


「ひるむな、前進、前進」


 敵との距離100メートルまで鉄砲隊が前進したところで、大きな怒声と共にジャビ帝国の陣地から槍兵がどっと飛び出してきた。


「鉄砲隊、止まれ! 第一射、射撃用意、構え・・・撃て」


 火縄銃が一斉に火を噴き、突撃してきたトカゲ兵が相次いで倒れる。発砲を終えた第一射の火縄銃兵が全速で後退し、後から駆けてきた第二射が射撃体勢に入る。


「第二射、構え・・・撃て」


 火縄銃の前にトカゲ兵は次々に倒されるが、ひるむことなく続々と兵士が突撃してくる。トカゲ兵がアルカナ軍に迫る。


「槍兵、前へ!・・・槍、構え」


 アルカナ軍の槍兵が前進し、突撃してくるトカゲ兵をめった刺しにした。敵の突撃第一陣を殲滅したところに、後ろから後続のトカゲ槍兵が隊列を組んで前進してきて、両軍の槍部隊が正面から激突した。激しい突き合いが始まる。


「鉄砲隊、側面へ回り込め、指揮官に続け」


 鉄砲隊が側面へ回り込み、アルカナ軍の槍兵と戦う帝国軍の槍兵部隊に銃弾を浴びせる。


 ジャビ帝国の陣地からも指示が飛ぶ。


「回り込ませるな、左右側面のアルカナ鉄砲隊を攻撃!」


 左右に展開するジャビ帝国軍が前進を開始し鉄砲隊に接近を試みる。アルカナ軍からも指示が飛ぶ。


「敵を鉄砲隊に近づけさせるな。第十二隊は右から前進する敵を食い止めよ」


 戦線中央では両軍による槍部隊の戦いが拮抗している。その時、後退したアルカナ軍の鉄砲隊が援護射撃の準備を完了した。合図の角笛が吹き鳴らされる。「その場に伏せろ」の合図である。


 アルカナ軍の槍兵が一斉に腰を落として地面にしゃがむ。それと同時に、後方から鉄砲隊が前方目がけて一斉射撃を行う。


「第一射、撃てぇ」


「第二射、撃て」


「第三射、撃て」


 続けざまに火縄銃が発射される。弾丸は、かがんだアルカナ軍の槍兵の頭上を越えて、前方に密集しているジャビ帝国の槍兵に次々に命中した。またたく間に数百のジャビ帝国兵が射殺された。帝国兵に動揺が走る。


「槍部隊、起立! 帝国兵を攻撃!」


 一度に大量の兵力を失ったトカゲの部隊はアルカナ軍の槍部隊の攻撃で崩壊、生き残りの兵が必死に自陣へと逃げてゆく。だが、それと入れ替わるように、新たな敵の槍兵部隊が前進してくる。


 アルカナ軍の最前列の兵士は体力が限界だ。このまま新たな敵と戦うのは危険だ。


「第一隊は後退。第二隊は前へ、構え」


 再び両軍の槍部隊が激突した。側面へ回り込んだ鉄砲隊は前進してきたジャビ帝国軍に押されて後退し、左右のアルカナ軍がジャビ帝国軍の進軍を食い止めている状況だ。


 いまだ戦線は硬直している。俺は腕組みしながらうなずいた。


「ジャビ帝国軍の抵抗は思ったより激しいな。あれだけ鉄砲で撃ち殺されても、怯むところがない。ぐずぐずしていると海岸から敵の部隊が戻ってきて、右翼の部隊が側面攻撃を受けてしまう」


 大将軍ウォーレンが厳しい表情で言った。 


「陛下、ここは犠牲を恐れず、左翼と中央の部隊を強制的に前進させましょう」


「ううむ・・・」


 戦況を観察していたルミアナが叫んだ。


「陛下、前方のジャビ帝国軍の動きが乱れています。陣地で何か起きていると思われます」


ーーー


 そのころ、ジャビ帝国の陣地は大混乱になっていた。


 ジェシク将軍が大声で叫んでいる。


「なんだと、エニマ王国軍が城壁から出てきているだと」


「はい、城門から続々と出て、急速に隊列を編成中です。まもなくこちらを攻撃してくると思われます」


「おのれ・・・、海岸へ派遣した部隊はまだ戻らないのか」


「確認できません」


 報告を聞いたジェシクの顔は逆上して真っ赤になった。全身が小刻みに震えている。ジェシク将軍は激しい怒りに耐えきれず、ついに剣を地面に叩きつけると叫んだ。


「ぐわああああ、こうなったら玉砕だ。元はと言えば、すべてアルカナ王国の国王、アルフレッドのおかげだ。あいつのせいで、すべてが失敗した。アルフレッドを道連れに全軍玉砕だあああ」


「し・・・将軍、落ち着いてください。玉砕はご勘弁を・・・」


「うるさい黙れ! 命令を聞けぬ奴は、殺してやるぞ」


 そう叫ぶと、ジェシク将軍は副官を蹴り飛ばし、剣を拾って副官の胸に突き刺した。


「死ねえええ、死ねえええ」


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