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第九十三話 エニマライズ攻防戦1

 その後、トレビュシェットによる攻撃は三日間続いた。城壁はあちこちが損傷し、正門付近の建物は焼夷弾で焼き尽くされ、王都全体がむせるような焦げた臭いに包まれていた。しかし激しい攻撃にもかかわらず、正門の城壁は、損傷が激しいものの、城壁としての機能をなんとか維持していた。二つの塔も屋根が落ち、一部で壁が崩れたものの、持ちこたえていた。


 四日目の朝のことである。ジャビ帝国が動き出した。エニマライズの正門に対する最初の総攻撃を仕掛けて来たのである。


 塔の見張りが叫んだ。 


「帝国軍が城門に接近中! 防戦準備、防戦準備!」


 総攻撃の報は城の主塔に控えるマルコム国王にも直ちに伝えられた。


「なに! ついに来たか」


 その場に緊張が走る。マルコムもジーンも、窓際に駆け寄ると正門に目を向けた。


 正門付近で戦闘が始まった。盾を構えた大勢のジャビ帝国の歩兵や梯子兵が城壁に向かって小走りに近づいてくる。城壁の上に並んだエニマ王国の弓兵が一斉に矢を放ち始めた。城壁の上から射る矢は普通よりも威力が高く、固いトカゲ兵の鱗を貫く可能性が高まる。一人、また一人とトカゲ兵が倒れる。だが、数の多いトカゲ兵はひるむことなくそのまま城壁の下に押し寄せた。


 次々にはしご兵が城壁にはしごをかける。下に群がるトカゲ兵に対して、城壁の上から石が投げ落とされる。トカゲ兵といえども、頭に大きな石が直撃すればひとたまりもない。また、城壁の上からは陶製の火炎びんも投げ落とされ、周囲のトカゲが絶叫とともに炎に包まれる。城壁の下は、たちどころにトカゲ兵の死体が積み重なった。しかしトカゲ兵の突撃が衰える様子はない。


 帝国軍の弓兵部隊が前へ進み出ると、城壁のエニマ王国兵めがけて一斉に矢を放ち始めた。城壁の上から石を投げていたエニマ王国兵が矢を受けて次々に倒れる。だが、倒れても倒れても、エニマ王国軍の兵士が次から次へ城壁に上ってくる。城壁の下からは新しい石や火炎びんが次々に城壁上へ運びあげられる。まさしく、血で血を洗う戦いになっていた。


 主塔ではマルコムが兵から報告を受けていた。


「目下、敵が正門を総攻撃しております。なんとか持ちこたえておりますが、おびただしい数の戦死者が出ております」


「くそ、兵をもっと正門に集めろ! 押し負けるな」


 城門の前には巨大な黒い破城槌が準備された。やがて帝国軍の兵士たちが破城槌を城門に打ち付けはじめた。槌が激突するたびに城門が激しく揺れ、三本の太いかんぬきがメキメキと音をたてる。


 門前でトカゲ兵の隊長が叫ぶ。


「打て、打て、打ち壊せえ」


 やがて、かんぬきがすべて折れると扉が勢いよく内側に開かれた。同時に多数のトカゲ兵が叫びながら突入したが、その先には頑強な鉄格子があった。鉄格子に行く手を阻まれたトカゲ兵が密集していると、上から煮えたぎった油が降り注いだ。


「うぎゃああ」


 悲鳴と同時に多くのトカゲ兵が顔や頭を両手で押さえ、床に転がった。


 城壁では、壁をよじ登ろうとするトカゲ兵と守備部隊の間で死闘が続いていた。城壁に掛けられたはしごには多くのトカゲ兵が取り付き、次々に城壁を上ってくる。上ってきたトカゲ兵の顔にエニマ王国の兵士が石灰を投げつけた。石灰が目に入ると激痛で目があけられなくなるのだ。目つぶしを食らったトカゲ兵がひるんでいるところを、エニマ王国の槍兵が長い槍ではしごから突き落とす。落ちたトカゲ兵が上ってくる兵の上へ落ち、はしご全体のトカゲ兵たちが雪崩のように下まで崩れ落ちた。


 エニマ軍の隊長から指示が飛ぶ。


「左の城壁から敵が侵入してくるぞ、左を援護しろ。急げ」


 はしごを上って来たトカゲ兵たちが、正門左側の城壁の上に続々とよじ登ってきた。そこへ向けて、エニマ王国の槍兵が槍を突き出し、大声で叫びながら集団になって突進した。


「うおおお、トカゲを追い落とせえ」


 城壁上のトカゲは槍兵集団の槍ふすまに押し出され、次々に壁の下へ突き落された。そんな槍兵にも、城壁正面に並んだ帝国軍の弓兵部隊から容赦なく矢の雨が降り注ぐ。槍兵がバタバタと倒れる。城壁の上は、人間の死体とトカゲの死体が散乱し、その間を血を流した重傷者が苦悶の表情で這いまわっている。うめき声があちこちから聞こえる。さながら地獄である。


 ジェシク将軍は腕組みしながら戦闘を見守っていたが、隣に立っていた副官に言った。


「かなり苦戦しているようだな、兵士の疲労も限界だろう。一旦、攻撃を中止、撤退させろ。その後、投石機による攻撃を加えてから、再度、総攻撃を行う」


「はい、了解しました」


 城壁を攻撃していたトカゲ兵たちは命令を受けて撤退した。それと入れ替わるように、再び投石機による攻撃が再開された。


 一方、城の主塔では、マルコムとジーンが窓から食い入るように戦況を眺めていた。マルコムは握りしめていた窓枠の手すりから手を放し、少し安堵したように言った。


「どうやら、今回の総攻撃は撃退できたようだな・・・」


 ジーンも窓枠から手を放し、マルコムの方を向いて言った。


「はい、閣下。しかし、我が方の人的な損害も深刻です。帝国軍の総攻撃に、あと何回耐えられるか・・・」


「なんということだ・・・これまでか」


 マルコムはあらぬ方向を見ながらそうつぶやくと、重い足取りで椅子に向かい、脱力したように腰を下ろした。


ーーー


 そのころ、俺たちの軍は森の中を移動し、すでにエニマライズの近くまで進軍していた。ここから半日も移動すれば森が切れてエニマライズの周囲を囲む広い農地に出る。そこまで出れば、エニマライズを包囲するジャビ帝国軍が見えるはずだ。


 ルミアナが偵察状況を報告した。


「ジャビ帝国軍がエニマライズ正門への総攻撃を行っている模様です。攻撃に気を取られている今が、密かに接近するチャンスかもしれません」


「そうだな。ならば今夜、作戦決行だ」


 俺は振り返り、大将軍ウォーレンに尋ねた。


「木材の準備は進んでいるか?」


「はい、もちろん万全ですぞ。いつ出発しても大丈夫、わははは」


 俺たちは夜を待って作戦を開始した。幸い、天気は良好だった。


 こちらの作戦は、森の中で調達した丸太などの木材を使ってジャビ帝国の背後に簡易的な陣地を構築し、そこに敵をおびき寄せる作戦だ。森を出てすぐの平地に丸太を組んで柵を作り、敵の騎兵隊や歩兵の突撃に備え、柵の後ろに鉄砲隊を配置する。柵の前には木の枝などを並べることで、突撃してきた敵兵をさらに動きにくくする。それらの作業は敵に気付かれないよう夜間に行われる。夜が明けて敵が我々に気付いた時には、すでに簡易的な陣地ができあがっている寸法だ。


 作業は敵に気付かれないよう、声を出さずに無言で行われた。森のはずれの薄暗い農地にスコップで土を掘り返す音、丸太がぶつかる音、そして呼吸と足音だけが響く。構築する陣地は森を背にしているので目立ちにくく、遠くから発見される心配は少ない。しかし、接近してくる敵がいないか、俺は望遠鏡で周囲を注意深く監視していた。


 夜半過ぎ、ほぼ陣地の造営を終えたころ、馬に騎乗した数名の斥候が近づいてくるのが見えた。俺は隣にいたルミアナの肩を軽く叩くと、斥候の方を指さし、無言でうなずいた。ルミアナも無言でうなずくと、すぐに走り去った。いずれ敵に気付かれるだろうが、斥候を始末しておけば夜明けまでは時間を稼げるだろう。 


 あとは作戦通りに事を進めるだけだ。いよいよ、戦いが始まろうとしていた。


ーーー


 アルカナ軍の作戦はエニマライズ近くの海上から始まった。夜明け前、まだあたりが暗い中を、ダーラが率いるアルカナ艦隊20隻が闇に紛れてエニマライズの海岸に接近しつつあった。海岸には上陸部隊を降ろした300隻以上の帝国軍大型ガレー船が錨を下ろしていた。兵の大部分はエニマライズ包囲戦に参加しているため、ほとんどの船はもぬけの殻である。つまり、それらの船は動けないということだ。


 アルカナ艦隊は海岸まで接近すると、隊列から数隻の船が離脱した。そして急速に停泊中の帝国軍ガレー船に接近し、突如として大砲をぶっ放した。轟音とともに巨大な火柱が噴き出し、海岸にいたトカゲ兵たちは度肝を抜かれた。帝国軍はたちまち大混乱に陥った。


「たた、大変だ。敵襲! 敵襲だ。船を出せ」


「おい、早くジェシク将軍に知らせて援軍を呼ぶんだ」


 甲板上ではダーラが仁王立ちで叫んでいる。


「ははは、驚いたかトカゲどもめ。あたいら、ダルモラ海賊の怖さを思い知らせてやるぜ。いくぞ、みんな」


「おおお」


 大砲の射撃に続いて、停泊中のガレー船に対し火炎魔法の杖で複数の船から集中的に火炎弾を浴びせる。動けないガレー船は一隻、また一隻と炎上し、燃え上がる炎が海面を反射して恐怖を煽り立て、トカゲ兵をさらなる混乱に陥れた。


 知らせはすぐにジェシク将軍のもとに届いた。


「なんだと? アルカナ艦隊が我々の船を攻撃してきただと? 馬鹿を言え、本当にアルカナ艦隊なのか。エニマ艦隊の生き残りではないのか」


「いえ、間違いありません。敵艦から火の玉が次々に飛んできて、我々の船が炎上しています。あれは先日戦ったアルカナの軍艦です」


「はあ? 一体どういうことだ、なぜアルカナ軍が敵であるエニマ王国を助けるのだ…。ええい、そんなことを考えている場合ではない。このままでは艦隊の被害が甚大だ。すぐに兵を海岸へ向けさせろ。第一師団から第五師団まで海岸へ移動、ガレー船に乗船して船を動かすのだ。城壁への投石攻撃はそのまま続行しろ」


 ジェシク将軍は想定外の事態に動揺を隠せない。右足で地面を激しく蹴った。


「くそ、どうなってやがる・・・」


 ジャビ帝国軍総勢14万人のうち、およそ5万人が海岸へ移動して行った。それらのトカゲ兵たちは朝日が昇るころ海岸に到着した。そしてボートに乗船し、あるいは海岸の浅瀬を歩いてガレー船に近づくと、縄梯子を使って続々乗船し、沖へ漕ぎ出し始めた。


 その様子をダーラが嬉しそうに見ている。


「よーし、ぞろぞろ来やがったぜ、こっちの思惑通りだ。みんな、トカゲ軍団を沖に誘い出すんだ。あたいらがどんだけ敵を引きつけるかが、この作戦の勝敗を決めるんだ。派手にかき回して、逃げ回るんだ」


 ダーラの合図で信号旗がマストに高々と掲げられた。アルカナ艦隊のすべての船が全速で動き出した。帝国軍のガレー船に火炎弾を撃ち込み、接近して大砲を発射し、追ってくるガレー船から逃げ回る。これは陽動作戦である。


 そのころ、ジェシク将軍は落ち着きを取り戻し、包囲攻撃の指揮にあたっていた。


「正門の右側の城壁に投石を集中させろ。すでにかなり損傷しているから、集中攻撃で崩壊させるのだ。そこから一気に城内へ突入する」


 偵察部隊の兵が横から報告した。


「報告します。昨晩から、偵察部隊の一つが行方不明になっております。いかがいたしましょうか」


「馬鹿者、そんなことに、いちいちかまっていられるか」


「はっ、失礼いたしました」


 その時、見張り台から大声が上がった。


「どこかの国の騎兵隊と思われる一群が、西からこちらへ急速に接近します。その数およそ200騎」


「なに? 今日は朝からおかしなことばかり起こる。なんなのだ。まあよいわ、どこの間抜けか知らんが、そんなものはすぐに捻りつぶせ。第八師団を迎撃に向かわせろ」


 横から副官がジェシクに進言した。


「第八師団を移動させますと、本陣の守りが手薄になりますが」


「馬鹿者、相手はたった200騎だ。すぐに追い払えばよい」


「はっ」


 ジャビ帝国軍の前に現れたのは、アルカナ王国の騎兵隊だった。その先頭を走るのは、旧ロマラン王国のランベルト将軍である。故郷をジャビ帝国に奪われた将軍の目は復讐心に燃えている。だが、怒りに任せてこのままジャビ帝国の陣地に突っ込むわけにはいかない。


 ランベルト将軍が叫ぶ。 


「弓騎兵で歩兵を釣っておびき出すぞ」


 弓騎兵はジャビ帝国第八師団の目前まで進むと、一斉にトカゲ兵に向けて矢を放った。トカゲ兵たちは槍を構えて弓騎兵を追う。弓騎兵は素早く踵を返すと来た道を引き返す。そして少し距離が離れると再びトカゲ兵へ突撃し、また弓を放つ。攻撃と離脱を繰り返しながら、徐々に来た道を引き返す。その道の先にあるのは、アルカナ王国軍の陣地である。


 森の手前にアルカナ軍が陣地を構えているとは予想もしないジャビ帝国第八師団は、騎兵を追ってアルカナ王国の陣地へと徐々に近づいていった。やがて第八師団の師団長のトカゲも、森の手前に陣地が築かれていることに気が付いた。


 師団長のトカゲが言った。


「あれは陣地じゃないのか? いつの間に。いったい、どこの誰が・・・」


「師団長、例の騎兵隊は目前の陣地の中へ逃げ込んだ模様です」


「ということは、あの陣地は敵だな。よし、このまま前進して敵陣を破壊する」


 森の手前に丸太で作られた陣地は森の風景に溶け込んでおり、トカゲの師団長がアルカナ王国軍の全容を見誤るのは当然だった。


 ジャビ帝国の槍部隊が、気勢をあげながら王国軍の陣地へ一斉突撃を開始した。


 俺は、その様子を陣地の中から見ていた。


「来たぞ、いよいよだ」


 俺はこぶしを握りしめた。


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