第九十二話 エニマ王国の危機
突撃するエニマ艦隊の陣形は楔形である。矢尻のような形状でジャビ帝国艦隊に突っ込んでいく。バリー将軍の旗艦はその中央後方に位置する。楔形の左右の艦で両翼の敵艦を食い止めながら、ジャビ艦隊中央に見える旗艦を目指して突撃する作戦だ。
バリーの頭上で見張りが大声で叫ぶ。
「左右から、敵艦接近。まもなく味方の船と交戦」
バリー将軍は腕を組み、両翼の僚艦を眺めていた。
ーーー
ついに両翼の艦で接舷戦闘が始まった。ジャビ艦隊のガレー船が海面を切り裂きながらエニマ艦隊のガレー船に急接近。エニマ艦隊の甲板上では命令が飛び交う。
「弓兵、攻撃開始」
「オールを収めろ。右舷、防御陣形を組め」
エニマ艦隊の船にジャビ艦隊の大型ガレー船からロープ付きのフックが次々に投げ込まれ、それを多数のトカゲ兵が掛け声に合わせて引く。やがてズシンという衝撃が船に伝わり両艦が接舷、大型ガレー船から渡り橋が降ろされると、トカゲ兵から喊声が湧き上がった。
エニマ艦の指揮官が叫ぶ。
「くるぞ、備えろ」
トカゲの歩兵が橋の上へ押し寄せる。前列に並んだエニマ王国の歩兵が大きな盾を構えて敵兵の侵入を防ぎつつ、その後方から槍兵が橋に詰めかけたトカゲ兵めがけて次々に槍を突き出す。トカゲ兵も盾でそれを防ぐが、盾の隙間を狙って槍が激しく突き立てられ、一人、また一人と、トカゲ兵が槍に突き刺され、絶叫し、倒れる。
「ぎゃあああ」
「うげええ」
ジャビ帝国の甲板上には、船べりを飛び越えてエニマ艦に飛び移ろうとするトカゲ兵が舷側に多数群がっている。そうはさせまいと、舷側に並んだエニマ軍の槍兵が槍で突き返す。一方、トカゲの槍兵も長い槍で突いてくる。船べりを挟んで、激しい突きの応酬が展開される。無数の槍が針の山のように突き出す。
エニマ艦の見張りが叫ぶ。
「左舷から敵艦接近」
一隻のエニマ艦に、二隻、三隻と敵艦が突入。何とか敵の突撃を防いでいたエニマ王国のガレー船だったが、両舷から歩兵に突入されれば、もはや防ぎようがない。なだれ込むトカゲ兵によって、見る間に甲板は埋め尽くされてしまった。
ーーー
僚艦が次々にトカゲ兵たちの餌食になる様を厳しい表情で見つめるバリー将軍。多くのエニマ艦が陣形から脱落する。それでもバリーの乗艦は必死にオールを漕ぎ前進する。僚艦が残り数隻になるも、将軍の目前には大きな旗を掲げる巨大なガレー船が迫っていた。
バリー将軍が叫ぶ。
「全軍、前方のガレー船に突撃!」
銅鑼の音が激しく響く。ジャビ艦隊のガレー船の甲板には、数百のトカゲ兵がひしめいている。バリーの乗艦がジャビ艦隊の旗艦に迫る。みるみる両艦の距離が縮まる。
「弓兵、攻撃開始」
双方のガレー船のやぐらから弓が飛び始める。鬨の声が湧き上がる。漕ぎ手が最後の力を振り絞りオールを漕ぐ。
「オール収め、右、接舷! フック投げ込め。渡り橋、用意。突入備え!」
ドンという大きな衝撃、そしてミシミシと音を立てて船同士が擦れ合う。降ろされた渡り橋の上では両軍が武器を振り回し激しく押し合う。金属がぶつかり合う音があちこちで響く。
「押せ、押せー」
ジャビ艦隊の旗艦には、二隻目のエニマ艦隊の船が左から突っ込んだ。即座に渡り橋が降ろされると、エニマ王国軍の歩兵が敵艦甲板に突入していく。
「かかれー」
「おおおお」
ジャビ艦隊の巨大な船は、一隻あたりエニマ国の倍近く300の兵力がある。そのため歩兵は容易に乗り込めない。渡り橋や舷側での押し合いが続く。
膠着状態の中、ついにエニマ艦隊の三隻目のガレー船がジャビ艦隊の旗艦に舳先から突っ込み、衝角が船体にめり込む。船が大きく揺れた。そして渡り橋が降ろされると、歩兵が突撃する。三隻の船で取り囲み、エニマ王国の歩兵が続々と大型ガレー船に乗り移りはじめた。
トカゲ兵は総崩れとなり、エニマ王国軍の兵士が雪崩のように突入した。
バリー将軍が叫ぶ。
「あと一息だ! 敵の大将の首を取れ!」
バリー将軍も自ら敵艦の甲板に飛び移り、兵士たちに続く。目指すのは後方の船長室だ。槍でトカゲ兵を倒し、兵士たちは船長室に迫る。部屋の扉は内側からかんぬきがかけられているのか開かない。
「丸太だ、丸太を持ってこい」
数人がかりで丸太を部屋の扉に打ち付ける。数度目の掛け声とともに扉が破壊されると、兵士が船長室に突入した。しかし、内部には数名のトカゲ兵がいただけで、大将らしきトカゲの姿はない。
すぐ後から部屋に入ってきたバリー将軍が部屋を見回す。敵の将軍の姿はない。
バリー将軍は部屋の中央で立ち尽くし、呆然とした表情で言った。
「はめられたか・・・この船は本当の旗艦ではない、囮の船だったか」
周囲はすでに多くのジャビ艦隊のガレー船に取り囲まれていた。
ジャビ艦隊の船からはトカゲ兵たちが続々と船に飛び移り、エニマ王国の兵士たちに襲い掛かった。もはや、どこにも逃げ場はない。
エニマ王国の兵士たちの悲鳴があちこちであがる。断末魔の声が響き渡る船室の中央で、バリー将軍はゆっくりと目を閉じ、天を仰いだ。
「・・・ジーン大将軍、あとはよろしく頼みます・・・」
扉から次々にトカゲ兵が飛び込んできてバリー将軍を取り囲んだ。トカゲたちの目は大きく見開かれ、血走っている。次の瞬間、もはや為すすべなく失意で棒立ちになった将軍の体に、無数の槍と剣が突き立てられた。
ジャビ艦隊のジェシク将軍は、エニマ国の旗艦に群がるトカゲ兵を眺めながら笑った。
「シャシャシャ、見ろ、思った通りだ。アルカナ王国に比べれば、エニマ王国など相手にもならん。この調子なら王都の制圧も時間の問題だな。進め、進めえ」
ーーー
一方そのころ、我々の軍はエニマ王国を支援すべく、王都アルカを出発し、エニマ王国の王都エニマライズを目指して西へ進軍を開始していた。アルカナ王国とイシル公国の連合軍、総勢8万人である。主力は鉄砲兵2万人、槍兵4万人、残りは騎兵および重装歩兵である。
ほどなく我々はエニマ王国との国境に到達した。エニマ王国の国境を越える際には、エニマ王国側の抵抗も予想されたので、まずは偵察隊を出して様子を探らせた。
国境を偵察していた兵が部隊に戻ると、俺に報告した。
「陛下、エニマ国の前線基地は、もぬけの殻です。エニマ王国の兵は一人もおりません。おそらく、全員が王都エニマライズの防衛に向かったと思われます」
「なるほど。それなら、戦わずに済むな。そのまま越境して進軍を続けよう」
城も要塞も兵がほとんど居ない状態でフリーパスだった。それはそうだろう。王都エニマライズの防衛が最優先で、我々を相手にしている余力などまったくないのだから。
翌日、わが軍は王都エニマライズの西に広がる大きな森の西端に到達した。ジャビ帝国軍に察知されないよう、ここからは森の中に隠れながらエニマライズの近郊まで移動する計画だ。そしてエニマライズを包囲するであろうジャビ帝国軍に背後から奇襲を仕掛ける作戦である。
ジャビ帝国軍は、まさかアルカナ王国がエニマ王国に援軍を差し向けるとは予想もしていないはずだ。エニマ王国とアルカナ王国が敵対関係にあるのだから、我々のことはほとんど警戒していないだろう。その油断に付け込むのだ。
エニマライズの状況を偵察していたルミアナが戻って、俺に報告した。
「陛下、ジャビ帝国軍はエニマライズを包囲中です。数日以内に投石兵器による攻撃が始まるのではないかと思われます」
「そうか、むしろそれは好都合だ。ジャビ帝国軍の意識が包囲攻撃に集中していれば、こちらの接近に気づきにくくなる。仮にエニマライズが攻撃を受けたとしても、数日で陥落する恐れはないだろうから、その間に接近するんだ」
ーーー
一方、ここはエニマライズの王城、最も高い主塔の展望台である。塔の上からは、王都周辺の様子が手に取るように確認できる。エニマライズの城壁の外側には広い農地が広がっている、その広い農地に十万以上のトカゲ兵が布陣している様子が見える。
国王マルコムが厳しい表情で周囲を見渡しながら大将軍ジーンに言った。
「完全に包囲されているな。篭城戦の準備はどうだ」
「はい、すでに整っております。食料はおよそ一ヶ月分ありますし、井戸もすべて使えますので当分は心配はありません。兵力は全土から召集した兵も含めて、およそ6万人です。ただしジャビ帝国の兵力は12~15万人と推定されますので、厳しい戦いになるかもしれません」
その時、伝令が入ってきた。
「陛下、ご報告いたします。帝国軍が投石機による我が方への攻撃を開始しました」
「くそ、始まったか」
エニマライズの正門を臨む平地には帝国軍の大部隊が布陣していた。その中には50台の巨大な投石機、トレビュシェットが立ち並んでいた。通常のタイプより一回り大きなこのトレビュシェットの射程はおよそ400メートルあり、エニマ王国の遠距離攻撃兵器の射程外から城壁や塔、あるいはさらに奥にある町の建物を一方的に攻撃することができるのだ。
ジェシク将軍は立ち並ぶ投石機の前で腕組みをしながら正門を見ていた。
「ふむ、思っていたよりエニマライズの守りは強固なようだな。まあ、それでこそ攻略のし甲斐があるというものだ。実に楽しみだな」
帝国軍の投石部隊の隊長がジェシク将軍に報告した。
「投射準備完了しました」
「うむ。では攻撃開始だ」
投石兵が留め具を外すと、トレビュシェットの巨大なアームがぶんと音を立てて立ち上がり、その先端に結ばれた縄製のスリングが大きな弧を描く。アームが垂直の位置に止まると、スリングの先から大きな石弾が上空に舞い上がった。
50基の投石機から次々に石弾が放たれ、放物線を描いて城壁に向かって飛んで行く。
エニマライズの城壁の上では、弓兵たちが低い姿勢で狭間に身を隠しながら敵の攻撃に備えて待機していた。
「敵の投石を確認! 来ます」
石弾が低いうなりをあげて飛んでくると、城壁に命中し、衝撃音と石材が砕ける音が不気味に響く。石弾は次々に飛んできては城壁に命中し、兵士たちの体にビリビリと振動が伝わってくる。石弾の一部は城壁の狭間を直撃、胸壁をぶち破って待機していた弓兵を押しつぶし、あるいは塔に激突して壁に損傷を与えた。
城壁の上で待機している兵士たちが、ジャビ帝国の投石機をにらみながら言った。
「くそ、あの距離から攻撃されたのでは、こちらは手も足も出ない。城壁の上で石弾にさらされるより、一旦、城内に退避した方がいいんじゃないのか」
「それは無理だろ。城壁から離れたら、それを見て敵が登城攻撃をしかけて来るぞ。ここは苦しくても持ち場で耐えるしかない」
「くそ・・・なぶり殺しか」
投射されたのは石弾だけではなかった。城壁内部に向けて火のついた油の樽が投げ込まれ始めたのである。この樽は建物に命中すると割れて、内部の粘り気のある油が建物にべっとり付着して燃え上がり、簡単に消すことはできない。
この焼夷弾が建物の屋根や壁に次々に命中し、あちこちで火災が発生した。そのため城内に残された住民たちはパニック状態となった。
「助けてくれえ、家が、家が・・・」
「どこへ逃げたらいいんだ、そこらじゅうが燃えているぞ」
消防団が駆けつけて、井戸水で消火を試みる。
「だめだ、あちこちで同時に火災が発生して消火が間に合わない」
「正門区画の消火はもう無理だ、あきらめろ。早く別区画に画に住民を避難させるんだ」
都市は防衛と防火のためにあらかじめ複数の区画に分けられており、各区画は城壁で仕切られていた。そのため仮に火災が発生しても町のすべてを一度に焼失する心配はなかった。だが、正門周辺の区画は多数の焼夷弾によって焼き尽くされてしまった。
王城の主塔の上では、マルコムとジーンがこの様子を見ていた。正門区画からは多数の火の手があがり、巨大な黒煙が上空へ立ち昇っている。マルコムは唇をかんだ。
「おのれ・・・このままでは、他の区画もじきに焼かれてしまう。ジーンよ、わが軍が正門から出陣して、あの投石機だけでも破壊できないか」
「陛下、我々が投石機を狙ってくるのは敵も十分に承知のはず。おそらく投石機の周辺には相当な兵力が待ち構えているに違いありません。飛んで火にいる夏の虫になりかねません。ここは長期戦で、敵が疲弊するのを待ちましょう」
「う~む。ならば、魔法で攻撃すればよい。ガルゾーマはどうした? どこに居る?」
「はい、それが、ガルゾーマはアルカナ艦隊とジャビ艦隊の戦いを偵察してくると言って出て行ったきり、戻ってきておりません。消息不明です」
「あの野郎、デカい口を叩いていたくせに、ちっとも役に立たんではないか。そもそもエルフなど信用できんかったのだ。あんな奴は解雇だ。戻ってきても、追い返せ」
「はい」
マルコムは主塔の窓枠を両手で強く握りしめながら、悔しそうにジャビ帝国の陣地の方角を見つめていた。




