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第九十一話 ジャビ艦隊の行方

 俺たちに休んでいる暇はない。ジャビ帝国の旗艦を撃沈し、第一次攻撃を撃退したとはいえ、ジャビ艦隊にはまだ300隻、十万人以上の戦力が残っている。態勢を立て直して攻撃してくる恐れは十分にあった。俺たちは寝る間も惜しんで、ジャビ艦隊の第二次攻撃に備えた。


 だが、その数日後、ジャビ艦隊が忽然とアルカナ湾の海上から姿を消したのである。これはどういうことだ。俺たちは情報を集めるため、いったん、王都へ引き返した。


ーーー


 一方、そのころ、アルカナ湾から離れた外洋では、エニマ王国の艦隊がアルカナ王国との国境付近の海域に展開していた。ジャビ帝国の艦隊を監視するためである。


 あらかじめエニマ王国側には、ジャビ艦隊がアルカナ湾に攻め込んだとの情報が入っていた。ジャビ艦隊の侵略目標はアルカナ王国である。しかし万一の事態に備えてエニマ王国は監視のために国境付近の海域に艦隊を派遣したのである。


 エニマ王国の艦隊は中クラスのガレー船50隻からなる。艦隊の将軍はバリー・アッカーであった。バリーは白髪交じりの立派な口髭を指でいじりながら、その目は西の海上を見つめていた。マストの見張り台から報告が飛ぶ。


「西の海上に多数のマストを確認」


「数はどれくらいだ」


「お待ちください・・・少なくとも100隻以上・・・」


 バリー将軍の表情が険しくなる。


「それは・・・ジャビ艦隊だ。なぜこちらへ向かっているのだ。ジャビ艦隊の侵略目標はアルカナ王国のはず・・・。侵略目標を変更したのか」


 ジャビ艦隊の第一次攻撃がアルカナ軍によって阻止されたことは、まだバリー将軍の耳に入っていなかった。だが、ジャビ艦隊がエニマ王国へ向かっていることは誰の目にも明らかだった。


 バリー将軍は横に控える士官に命じた。


「これは一大事だ。すぐに本国へジャビ艦隊接近の知らせを送れ。一刻も早くこのことをマルコム陛下に伝えるのだ」


「はい」


 バリー将軍は悲痛な面持ちで副長に言った。

 

「我が艦隊は、これよりジャビ艦隊を迎撃する。たとえ反撃叶わずとも、王都エニマライズ防衛のための時間を稼がねばならぬ・・・この命に代えてもな」


ーーー


 一方、こちらはジャビ艦隊。新たに艦隊の将軍になったのは副将軍のジェシクである。


「シャシャシャ、いよいよ俺様にもチャンスが巡ってきたか。俺様の判断は正しい。このままアルカナを攻め続けても被害が増えるだけだ。エニマ王国を侵略するほうが得策だ」


 副官が少し不安そうに言った。


「しかし将軍、皇帝はアルカナ王国の征服をお命じになられたのではないですか」


「ふん、確かにそうだ。だがお前も見ただろう、あの国には化け物がいる。わが軍の巨大なガレー船が大爆発を起こし、真っ二つにされただろう。しかも火を吐く武器で、上陸した兵士はことごとく殺されてしまった。竜を飼いならしているのかもしれん。皇帝の命だからといって、馬鹿正直にアルカナ王国を攻めるのは自殺行為だ」


「おっしゃる通りです」


 ジェシク将軍は得意げに言った。


「しかし隣国のエニマ王国に化け物や竜がいるという話は聞かない。普通の人間の国が相手なら、勝機は十分にある。なあに、俺様がエニマ王国を屈服させて数万人の奴隷を手に入れれば、帝王陛下も喜んでくださるはずだ。もちろん、そうなればエニマ王国の総督は俺様になるだろうな」


「それは楽しみですね」


「そうだ、楽しみだ。ウシャシャシャシャ」


 見張り台のトカゲ兵が叫んだ。


「前方に多数の船を発見。エニマ王国の艦隊と思われます」


「ほう、来たか。よし、戦闘準備だ。奴らを皆殺しにしろ」


ーーー


 さて、ここはアルカナ王国の王都。城の会議室に控えていた俺たちのもとに偵察部隊の伝令が到着した。


「報告します。ジャビ艦隊は全艦、海上を東へ向かった模様です」


 俺は驚いた。


「何だと、東だと! 東と言えば、エニマ王国の方角だ。ジャビ艦隊は我が国の攻略を諦めて、目標をエニマ王国に変更したのだろうか」


 大将軍ウォーレンが大笑いしながら言った。


「がっはっは、こいつは面白い。連中の慌てふためく様子が目に浮かぶようですな。エニマ王国など、このままジャビ帝国に攻め滅ぼされてしまえばいいのだ」


 会議室にいた士官たちからは、笑いと喜びと安堵の声があふれた。


「わはは、ざまあみろ、いい気味だ」


「エニマ王国など、トカゲ族の奴隷にされてしまえばいいのだ」


 しかし俺は冷静に言った。


「まて。確かにジャビ帝国が我が国の侵略を諦めたことは喜ばしいことだ。しかし、エニマ王国がジャビ帝国に占領されてしまったら、それはそれで問題だ」


 キャサリンが不機嫌そうに言った。


「なによ、お兄様ったら、いまさらエニマ王国に同情するの? あの国は敵ですわ。向こうから先にアルカナに戦いをしかけて来たのよ。エニマ王国は悪い連中なのですわ」


「同情しているわけではないのだ。冷静に考えてみろ。もしエニマ王国がジャビ帝国に占領されてしまったら、この先、我が国を守ることがますます困難になる」


 会議室は静まり返った。


「エニマ王国はネムール王国を併合し、メグマール地方の四割の土地と人口を占めている。そこがジャビ帝国の手に落ちれば、メグマール全体としてジャビ帝国に対抗する勢力が四割減ることになる。そしてその分だけ、ジャビ帝国が力を付ける。


 さらに、もっと大きな問題がある。これまでジャビ帝国は遙か南の本国から我が国へ侵略をしてきた。我が国まで進軍するには相当な時間が必要だった。そのため、早期にジャビ帝国の動きを察知すれば、対抗措置を講じるために十分な時間を確保できた。だが、隣国のエニマ王国からジャビ帝国の奇襲を受ければ、1週間ほどで王都アルカに敵がなだれ込んでくる危険性がある」


 大将軍のウォーレンが神妙な面持ちで言った。


「陛下、では敵国であるエニマ王国に援軍を派遣するというのですか」


 俺は大きく息をしてから、ゆっくりと言った。


「そのように考えている。エニマ王国の兵力は我が国より大きい。しかし、我が国にある鉄砲のような新兵器も、強力な魔法使いも居ない。エニマ国の傭兵であるガルゾーマが先日の戦いで生き残っていたとしても、おそらく戦える状態ではないだろう。となれば、エニマ王国の王都エニマライズが包囲されるのは時間の問題だ。


 仮に包囲されても、しばらくは持ちこたえるだろう。だから、その間にわが軍がエニマ王国に向けて進軍し、王都エニマライズを包囲するジャビ帝国軍を背後から奇襲する」


 大将軍ウォーレンが腕を組み、眉間にしわを寄せながら言った。


「なるほど。しかし、なんとも複雑な心境ですな。先日まで敵として戦ってきたエニマ王国を助けることになるとは。最初からメグマール地方が団結しておれば、こんな事態も避けられたものを・・・」


 ルミアナが言った。


「陛下のおっしゃる通りです。いまエニマ王国を落とされるわけにはいかないでしょう。ここは過去の経緯に目をつむり、ジャビ帝国を叩きましょう」


 俺の考えに賛同する声が集まった。俺は言った。


「よし、それではこれから具体的な作戦を立案する」


ーーー


 一方、ここはエニマ王国の王都エニマライズ。王城の執務室にはマルコム国王とジーン大将軍が居た。そこへ伝令の兵士が入ってきた。


「陛下、偵察部隊からご報告いたします。先日、アルカナ湾にて開戦したジャビ艦隊とアルカナ艦隊の戦いにおいて、アルカナ艦隊がジャビ艦隊を撃退し、上陸を阻止した模様です」


 マルコムは驚いた。


「なんだと、ジャビ艦隊を撃退したと。本当か・・・。ジャビ艦隊は300隻以上の大艦隊だったはずだが、いったいどうなっているんだ」


 ジーンも思わず腕を組み、低い声でうなった。


「うーむ、信じられません。確かにアルカナ軍にはアルフレッドなど強力な魔法を使える魔法使いが数人いるようですが、それだけで300隻以上のジャビ艦隊を撃退できるはずがない」


 伝令は続けた。


「艦隊同士の戦いでは、アルカナ艦隊による高速帆船を利用した一撃離脱や攪乱戦法が功を奏したようです。また、海岸には鉄砲を装備した無数の兵士が布陣しており、上陸したトカゲ兵を片っ端から撃ち殺したという目撃情報もあります」


 ジーンが言った。


「そうか、あの鉄砲という兵器はすさまじいな。数が多くなると太刀打ちできない。わが軍の鉄砲の開発はどうなっている」


 脇に控えていた士官が答える。


「はい。ジェイソンという男を通じて鉄砲の職人を一名アルカナから引き抜き、試作品を製作している段階です。しかし、まだ量産化の目途は立っておりません」


 その時、慌ただしく別の伝令が駆け込んできた。息を切らせ、顔には汗が流れている。 


「はあはあ・・・。陛下、緊急事態です。ジャビ艦隊が・・・ジャビ艦隊が、我が国に向かって進軍中です。現在、国境付近の海上で、我が国の艦隊と交戦中です」


 マルコムが椅子を蹴って立ち上がると、叫んだ。


「なにい、それは、本当か、本当なのか」


「はい、本当です。ジャビ艦隊の数はおよそ300隻。我が国の艦隊50隻では、まったく歯が立たないと思われます」


 マルコムは唖然として言った。


「アルカナを攻撃しているはずのジャビ帝国が、なぜ我が国に・・・」


 ジーンが深刻な表情で言った。


「アルカナ王国から強烈な反撃を受けて、侵略目標を我が国に変更したのでしょう。これは想定外の事態です」


 マルコムが怒鳴った。


「エニマ国中の兵士をここエニマライズに集めろ! 今すぐにだ。国境警備も要塞の防衛も関係ない。王都エニマライズを死守せねばならん。緊急召集だ」


 たちどころにエニマライズの町は大騒ぎになった。早くも噂を聞いて逃げ出そうとする人々が荷車を引いて街中に溢れ出した。通りは大勢の人でごったがえしている。道路は渋滞し、あちこちの路地で言い争いが発生している。赤子を抱え、泣き叫ぶ子供の手を引く母親、おろおろ歩き回る老人。そんな民衆をかきわけ、兵士の集団が急ぎ足で城壁へ向かう。


 城門では町を出ようとする人々の荷物が調べられる。籠城戦に備えて食料品の持ち出しは禁止となり、逃げ出す人の多くは食料を取り上げられる。怒鳴りあい、小競り合いがあちこちで起きている。


ーーー


 一方、ここはエニマ王国艦隊の旗艦。甲板に立ったバリー将軍の目の前には、ジャビ帝国の大艦隊が見渡す限り広がっていた。


 バリー将軍は副官に言った。


「相手は300、こちらは50だ。万が一にも勝てる見込みはない。だが、敵の将軍を討ち取れば艦隊はしばらく混乱するだろう。おそらく艦隊中央付近の目立つ旗が掲げられている船が旗艦に違いない。角笛で全艦に伝えろ。攻撃目標は敵の旗艦。・・・突撃はじめ」


「突撃はじめます!」


 エニマ王国のガレー船が前進をはじめた。オールがリズムを刻み、船は徐々に船速を増す。大きさはジャビ艦隊の大型ガレー船よりも一回り小さい。


 ジャビ艦隊は両翼の船をエニマ艦隊の後方へ回り込ませる動きをみせた。包囲して殲滅する構えである。だが、エニマ艦隊はかまわずジャビ艦隊の中央部へ突っ込んでいった。


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