第八十九話 ガルゾーマとの死闘1
一方、甲板ではガルゾーマとルミアナの死闘が続いていた。
ガルゾーマがルミアナに向けて続けざまに火炎弾を発射する。ルミアナは火炎弾をかわしながら船べりを素早く走り、そしてガルゾーマをめがけて三本の矢を放った。
「ふん、小癪な」
ガルゾーマはトライデントを素早く回転させ、次々に矢を払う。
その時、船尾の船室から転送魔法の白い光の柱が上空へ向かって伸びた。一瞬だが、ガルゾーマが光の柱に視線を奪われた。
「なに? あれは転送魔法の光。なぜ? アルフレッドは瀕死の重傷を負ったはずだが・・・」
その一瞬をルミアナは見逃さなかった。弓を背中に収めると、代わりに両手にダガーを握りしめ、ガルゾーマに背後から飛び掛かった。そして両足でガルゾーマの腰を挟みこむと、両手のダガーをバトルアーマーの両肩の継ぎ目から突き刺した。
ガルゾーマが痛みに絶叫した。
「うがああ」
ガルゾーマが全身の力で体を激しく揺さぶると、ルミアナはダガーを握りしめたまま甲板に振り落とされて倒れた。ガルゾーマの両肩から血しぶきが吹き上がる。
「許さん、許さんぞ」
ガルゾーマの指先から紅蓮の炎が噴き出し、ルミアナを包んだ。
「きゃあああ」
「がははは、焼け死ね!焼け死ね!」
その時、物陰から飛び出した黒い塊がガルゾーマの背中に激突した。カザルがガルゾーマに体当たりしたのだ。衝撃でガルゾーマの体が一瞬のけぞった。カザルはその隙に、甲板に横たわったルミアナの細身の体を脇に抱えると、全力で船室へと逃げ込んだ。
「待て、逃がさんぞ」
後を追おうとするガルゾーマの前に、カザルと入れ替わりに船室の入り口からレイラがゆっくりと現れた。
「今度は私が相手になろう」
怒り狂っていたガルゾーマはレイラを見て立ち止まると、急に冷静になった。
「ほう・・・お前の事は知っているぞ。アルカナ最強の戦士だな。ふん。いくら最強だろうと所詮は人間。エルフ魔法の前には手も足も出まい」
ガルゾーマは少し考えてニヤリと笑った。
「とはいえ、魔法を使って一撃で葬り去るのも芸がない。この鎧の直接戦闘力を試すにはちょうど良い機会だ。せっかくだから、このトライデントだけで戦ってやろう」
レイラは臆することなく言った。
「それはありがたい申し出だ。感謝しよう」
ガルゾーマがレイラを嘲笑した。
「はああ? 何だって? ふははは、ははは、人間のくせに、すいぶんでかく出たな。そんな悠長なことを言っていられるのも、今のうちだぞ」
そう言うや否や、ガルゾーマは両手で槍を構えるとレイラの正面から突いてきた。レイラはすかさず鋼鉄の盾で受け止める。耳をつんざくような大きな金属音が響き、レイラの両腕にすさまじい衝撃が伝わる。なんという衝撃だ。
レイラは驚いてガルゾーマに尋ねた。
「貴様、先ほど両肩を負傷したはずなのに、どこからそんな力が出てくるのだ・・・」
ガルゾーマが満足そうに笑う。
「ふははは、これはバトルアーマーの力だ。確かに私は負傷したが、それとは無関係にこのバトルアーマーがパワーを発揮するのだよ。ちなみに、私の傷もバトルアーマーが自動的に応急処置をしてくれる。なんとも古代エルフの技術はすばらしいではないか。私の手で、それを復活させねばな。お前はそのための実験動物だ」
「実験動物とは無礼な・・・思い通りにはさせない」
「いつまで強がりが続くかな? いくぞ」
ガルゾーマはすさまじい連続攻撃で突いてくる。盾で正面から跳ね返そうにも圧力が強すぎる。レイラは右に踏み込むと矛先を盾で受け流し、すかさず右から剣を打ち込む。しかしガルゾーマはハルバードを回転させると、事も無げにレイラの剣をはじき返す。そしてすぐにレイラの足元を突き込んでくる。レイラは飛びのいてそれをかわす。
ガルゾーマは笑う。
「ははは、いいぞ、いい感じだ。さて、バトルアーマーの運動性能を試すとしようか」
ガルゾーマは左右交互に大きく動き始めた。どんどん速さが増す。十メートルほどの幅を、目にもとまらぬ速さで左右に往復する。あの速さなら普通は足が甲板を滑ってしまうだろう。いったい、なぜあんな動きができるのか? わからない。レイラは焦った。
ガルゾーマは左右に激しく動きながらレイラに近づくと、突然左からトライデントを突き込んできた。レイラはかろうじて盾で受け止めたが、反動で右に大きく飛ばされ、舷側の壁に叩きつけられた。ガルゾーマはすかさず上へ飛び上がると、倒れたレイラに矛先の狙いを定め、一直線に突っ込んできた。
盾では止められないと一瞬で判断したレイラは、素早く横転してかわす。そのすぐ横にトライデントが命中し、床を破壊して船体の構造材に突き刺さった。ガルゾーマが突き刺さったトライデントを引き抜こうとする一瞬をレイラが見逃すことはなかった。レイラはガルゾーマの方へ横転すると、立ち上がりながら下から胴体を切り上げた。剣先が胴を捉えた。
ガルゾーマがうなる。
「こいつ・・・」
だが、レイラの一撃は鎧の頑強な装甲にはじかれてしまった。ガルゾーマはトライデントを床から引き抜くと、そのまま矛先を振り回して横からレイラを打つ。レイラは素早く盾で攻撃を受け止める。激しい金属音が響き、火花が散る。
ガルゾーマが肩で息をしながら言った。
「ふう、先ほどの一撃はこのバトルアーマーでなければ、重傷を負っていたところだ。あなどれないヤツだな。だが、それもこれまでだ。今度はこのトライデントの特殊能力を見せてやろう」
そう言うと、ガルゾーマが手にしたトライデントの矛先が紫色に輝きだした。
ガルゾーマは再び連続攻撃をしてくる。今度もレイラは矛先を盾で受け止める。だが、何か様子が変だ。矛先を受け止めた時の金属音が今までと違うのだ。左腕に伝わる振動もおかしい。そう思った瞬間、レイラの盾が粉々の破片となって飛び散った。レイラは思わず盾を持っていた左腕を見た。
レイラは驚いた。
「何だこれは・・・鋼鉄の盾が粉々になるなんて、・・・信じられない!」
「はははは、これがこのトライデント『シールドブレイカー』の力だ。もちろん、シールドだけではなく、プレートアーマーも粉々にしてくれるぞ。これは愉快だ」
突然盾を破壊されたレイラは激しく動揺したが、冷静さを自分に言い聞かせると大きく息を吸い込み、すぐに落ち着きを取り戻した。盾を失ったために、今度は両手で剣を握りしめてガルゾーマを睨みつける。
ガルゾーマがほくそ笑んだ。
「さて、盾なしで、このバトルアーマーの攻撃にどこまで耐えられるかな」
そう言うとガルゾーマは再び突きの連続攻撃を仕掛けてきた。レイラは冷静にガルゾーマの動きを観察し、矛先の動きを読む。全身の感覚を研ぎ澄まし、突き出される矛先を剣で弾く。そのたびに火花が散った。ガルゾーマの表情に余裕が見える。
「ははは、人間にしては、なかなかやるではないか」
それにしても、ガルゾーマの動きが早すぎる。やがて、わずかな隙をついて矛先がレイラの剣先をかすめるとそのままレイラの左上腕に命中した。次の瞬間、左腕の金属プレートに多数の亀裂が入り、バラバラと飛び散ってしまった。もはや左上腕をガードするものはない。レイラは一瞬、動揺した。
次の瞬間、今度はレイラの右肩当てを矛先が突く。肩当ても破片となって甲板に散らばった。レイラはたまらず後ろへ飛びのく。
だが、ガルゾーマはレイラに隙を与えない。すぐさま前へ踏み込むと、さらに連続攻撃を続けてくる。レイラは必死に剣で矛先を受け流す。やがて太もも、腹部のプレートも破壊されてしまった。疲労も蓄積してきた。追い詰められている。これまでか。
だが、ガルゾーマの動きを必死に追うちに、レイラは、なぜかわからないが、相手の動きにいくつかのパターンがあることに気づきはじめた。
そう、ガルゾーマは自らがトライデントを操っているのではない。バトルアーマーという機械が自動的に攻撃しているのである。あらかじめ組み込まれた複数の攻撃パターンに従って、機械的に攻撃しているのだ。もちろん、ロボットという概念の存在しない時代に生きているレイラにそんなことは知る由もない。だが、組み込まれている攻撃パターンに気が付いたのである。
レイラはつぶやいた。
「読める・・・なぜかわからないが、ガルゾーマの動きが読めてきた」
レイラは意を決した。ガルゾーマが動いた瞬間に自ら踏み込んで間合いを詰めると同時に、読めたパターンに合わせて剣で払う。やはりそうだ。予測通りにガルゾーマの矛先を剣先ではじくことができている。矛先の最初の動きからパターンが読める。
レイラは矛先を剣で弾きながら、隙を見てガルゾーマの胸を突いた。残念ながら剣先が鎧を貫くことはできなかったが、ガルゾーマの体に衝撃が伝わった。
ガルゾーマは驚いて後ろへ飛びのいた。
「そんな馬鹿な、トライデントの攻撃をすべて避けるなど、何かの偶然だ・・・くそ、この生意気な犬め、死ね」
ガルゾーマはそう叫ぶとトライデントを構え直し、レイラに突進して再び激しく攻め始めた。レイラはかなり疲労していたが冷静さを失っていなかった。矛先を弾きながらタイミングを図る。今だ。前へ踏み込みながら矛先を受け流すと、今度はガルゾーマの右脇の継ぎ目を剣で突く。ガルゾーマがのけ反るより一瞬早く、レイラの剣先が鎧の継ぎ目に刺さった。
「うわああ」
ガルゾーマが瞬間的に大きく飛びのいたのでレイラの剣は深く刺さらず、致命傷は与えていなかった。だが、右脇から血が流れている。ガルゾーマは両腕でトライデントを握りしめ、肩で激しく呼吸している。そして頭を振りながら、怒り狂って絶叫した。
「あり得ない、こんなことはあり得ないのだ! もう勘弁ならん。死ねゴリラめ」
いきなりガルゾーマが左手を前へ突き出すと、手のひらから巨大な火炎弾が出現し、見る間にレイラを直撃、爆発した。避ける間もなく火炎弾の直撃を受けたレイラは吹き飛ばされ、木の壁をぶち破って俺の居る船尾の船室の中に転がり込んだ。
俺はレイラに駆け寄った。
「大丈夫か、レイラ」
「へ・・・陛下。これ以上は戦えません」
「もう十分だ。ここから先は私が戦う番だ、休め」
ガルゾーマが扉から船室の中へ入ってきた。俺は倒れたレイラの前に立ちはだかった。ガルゾーマが俺の姿を見て驚いたように言った。
「貴様・・・重傷を負ったはずなのに、なぜ無傷なのだ? 回復魔法? 馬鹿な、そんな魔法はエルフ魔法には存在しない。・・・まあいい。どうせここで死ぬのだからな」
俺は倒れているレイラの横に転がっていた剣を引き寄せると両手で持ち上げた。とんでもなく重い。レイラはこんなものを、軽々と振り回していたのか。それでもなんとか両手で剣を構える。その様子を見てガルゾーマがあざ笑う。
「わははは、こいつは滑稽だ! とてもではないが、その腰の引けた様子ではまともに剣を扱うことなどできぬわ!。こんな惨めな格好をお前の国民が見たらどう思うだろうか。誰も見ていなくて幸いだったな」
そう言うと、ガルゾーマは俺にゆっくり近づいてきた。




