第八十八話 ガルゾーマ出現
「ふふふ、やはりトカゲのような下等動物の力を利用しただけでは、お前たちを葬り去ることは難しいようだ。まあ、しかし、おかげで楽しませてもらったよ。良い見世物だった」
俺はガルゾーマを見据えると静かに言った。
「やはりお前だったか。だが、お前も私の魔力の強さは知っているだろう。魔法で私を倒すことは難しいはずだ。これ以上戦うのは止めにしないか」
「残念ながらそうはいかないな。俺様も今日まで無為に過ごしてきたわけではない。その間に世界中のエルフ遺跡を調べていたのだ。そして、とても興味深い遺物を発見したのだよ。エルフの戦士のために作られた特別で強力な鎧だ。それで、それがどれほどのものか、実戦でテストしてみようと思ってね」
ガルゾーマはそう言うと、右腕を高く掲げた。その腕には紺色をしたガントレットが装着されていた。ガントレットには絡み合う蔓を思わせる複雑な模様があり、そこにはこれまで見たことのない大小の宝石がはめ込まれていた。その宝石の一つが光る。その光がガルゾーマの全身に広がったかと思うと、半魚人のような頭部やひれをもつ姿に変身した。
ガルゾーマが誇らしげに言った。
「これはエルフの水陸戦闘用の魔法鎧の一種なのだよ。この鎧は着用者の戦闘能力を著しく向上させるらしい。今回はこの鎧のテストがてらに、お前らをあの世に送ってやるとしよう。では、行くぞ」
そう言うや否や、ガルゾーマは両手を振り上げ、巨大な<火炎弾>を次々に打ち込んできた。以前にもまして強力な魔力だ。だがこれなら対処できる。
俺は迫り来る火炎弾に念を送る。
「ううむ・・・」
火炎弾の軌道は急カーブを描いて曲がり、うなりをあげて次々に海面に落下すると爆発を引き起こし、大きな水しぶきをあげる。
ガルゾーマが叫ぶ。
「おのれ、これでもか」
ガルゾーマはさらに激しく火炎弾を撃ち込んできたが、俺はことごとく火炎弾を弾き返し、海面に多数の水柱があがった。
ガルゾーマが苦々しく舌打ちする。
「ちっ、この鎧の魔力をもってしても跳ね返されるか。とんでもない奴だな」
その時、カザルの号令で、鉄砲がガルゾーマめがけて一斉に火を噴いた。
「撃てえ」
多数の弾丸がガルゾーマに命中し、鎧に食い込んだ。ガルゾーマの全身に激痛が走った。
「ぐああああ、な、なんだこれは・・・」
当然ながら、古代エルフの時代に鉄砲など存在しない。だから、鉄砲による攻撃は想定されていないのだ。鉄砲の弾丸はガルゾーマの鎧を貫通することはないものの、肉体にダメージを与えているようだ。どうやらこの鎧は、物理攻撃に弱点があるようだ。それを見てカザルがニヤリと笑う。
「よーし、鉄砲が魚野郎にダメージを与えているらしいぞ。次、撃てえ」
再び弾丸が全身に命中し、ガルゾーマは悶絶した。
「があああ、おのれ、小癪な・・・」
ガルゾーマが両手をあげると、突然空中に巨大な雲が湧き出して船の頭上に広がった。そして激しい風と水滴が雲の中から甲板に向けて吹き付けてきた。
カザルが顔の前に片腕をあげて風雨を避ける。
「うわ、何だ。すさまじい雨じゃねえか、これはまずいぜ」
強風と水しぶきが絶え間なく兵士たちに吹き付け、火縄も火薬もずぶ濡れになってしまった。これでは火縄銃を撃つことはできない。
ガルゾーマが叫ぶ。
「俺様を怒らせたな、ゴミどもめ・・・死ね!」
ガルゾーマが前に腕を突き出すと同時に、その周囲に多数の氷の槍が現れ、甲板上の兵士めがけて飛んでくる。兵士たちの顔が恐怖に引きつる。
「危ない!」
俺は素早く氷の槍に強く念じ、すべてを跳ね飛ばした。ガルゾーマはそれをチラリと横目で見てからニヤリと笑い、それまで立っていた船首から兵士たちの居る甲板に飛び降りた。そして背負っていたトライデント(三叉槍)を下ろすと両手で持ち、空を切る様に振り回してから言った。
「やはり魔法攻撃は跳ね返されるようだ。まあ、このバトルアーマーの魔法は補助機能にすぎん。これから、このバトルアーマー本来の能力を、とくと見せてやろう」
ガルゾーマはそう言うや否や、トライデントで周囲の兵士たちを攻撃し始めた。兵士たちが応戦するも、目にも止まらぬ速さで繰り出されるトライデントの攻撃にまったく歯が立たない。兵士たちの剣や槍は次々に弾き飛ばされ、突き殺され、断末魔の悲鳴が湧き起こる。このままだと兵士が全滅する。
俺は叫んだ。
「逃げろ、海に飛び込んで逃げるんだ。泳げないものは、船室に浮きがあるからそれを使え。すぐに船から離れるんだ」
ダーラが駆け寄る。
「しかし、アルフレッド殿・・・」
「いや、ここは我々で食い止める。ダーラ殿も逃げてくれ。あなたたちの手に負える相手ではない。あれは人間でもエルフでもない、化け物だ」
俺は船尾楼から甲板に降り立った。俺は言った。
「それでは、こちらから行くぞ」
火炎弾だと船体に引火する危険性がある。俺は全身の意識を集中すると、ガルゾーマをめがけて<凍結飛槍>を連射した。次々に鋭い氷の槍が空中に出現し、光のような速さでガルゾーマの体に命中した。だが、ガルゾーマは逃げようともしない。氷槍はガルゾーマの鎧の表面で粉々に砕けると、四方へ飛び散るばかりだ。さらに威力を強めても、ダメージを与えることはできない。
ガルゾーマが笑う。
「はははは、どうした」
くそ。俺は<電撃熱球>を念じ、四つの青白く輝く光の玉を空中に出現させた。熱球の間には、互いから放電した雷が激しく飛び交っている。
「ほう、四個の電撃熱球を同時に操るとは、相変わらず馬鹿げた魔力だな。だが、それが俺に通用するかな?」
四個の熱球が素早くガルゾーマの上へ飛ぶと、旋回を始めた。そして空気を引き裂く音とともにガルゾーマめがけて四個の熱球から電撃が放たれる。ガルゾーマの全身を、絡み合う雷が幾重にも巻き付く。だが、まったくダメージを感じていないようだ。
「はははは、無駄だ、無駄だ。エルフは極めて強力な魔法を操ることができる。逆に言えば、それだけ魔法に対する防御も研究されているということだ。矛と盾の関係だな」
ガルゾーマはそう言うとトライデントを大きく振り、頭上を回転する熱球を次々に弾き飛ばした。こちらの魔法攻撃は一切効かないようだ。
「さあ、どうする、アルフレッド! 今度はこちらから行くぞ」
ガルゾーマがトライデントを振り上げて俺に突っ込んでくる。すかさず、俺の横に付いたサフィーが<魔法障壁>を展開する。トライデントの矛先がバリアに激しく衝突し、火花が散る。ガルゾーマは目にもとまらぬ速さで連続攻撃をしかけてきた。そのたびにバリアが矛先をはじき返す。サフィーの表情が険しくなる。
「ふははは、先のガレー船との戦闘からずっとバリアを使い続けているからな、さすがにそろそろ魔力が尽きてくる頃だろう」
サフィーが叫んだ。
「アルフレッド、逃げるのじゃ」
ガルゾーマがトライデントを大きく振り上げると、言った。
「ははは、もう遅いわ」
ガルゾーマが渾身の力で横から振り回したトライデントはバリアを破壊し、そのままサフィーを横方向に殴りとばした。サフィーは転がりながら飛んで行き舷側の壁に叩きつけられた。そして、ガルゾーマは矛先を俺に向けると一気に突き刺した。
俺は矛先をかわそうと必死に横へ倒れたが、間に合わなかった。急所は外れたものの、三叉が右肩にぐっさり突き刺さった。いままで経験したことのない激痛に全身が硬直するのを感じる。
俺は痛みに絶叫した。
「ぐわあ、うあああ」
ガルゾーマは残酷な笑みを浮かべながら、俺を足蹴りにして肩に刺さったトライデントを引き抜くと、それを再び高々と振り上げた。
「死ね、アルフレッド!」
その時、鋭く風を切る音がしてガルゾーマの肩に一本の矢が刺さった。エルフの矢である。呻きながらガルゾーマがのけぞる。その隙にレイラが素早く俺に駆け寄ると、俺を脇から両手で抱きかかえるようにして、後方船室の入り口から船室内へ逃げ込んだ。
ガルゾーマは肩の矢を引き抜くと、勢いよく甲板に投げ捨てて言った。
「は、さすがは腐ってもエルフの戦士だな、鎧の継ぎ目を正確に射抜くとは。だが、お前は人間に隷従する堕落したエルフだ。民族の恥だ」
ルミアナは厳しい表情で言い放った。
「ぬかしたわね。ただ憎しみに支配されるだけの、あなたに何がわかるというの」
その頃、俺の逃げ込んだ船室内は騒ぎになっていた。俺はあまりの痛みと出血に気を失いそうになっていた。キャサリンとアネスが駆け寄った。
「きゃああ、お兄様、なんてひどいケガ。お顔が真っ青、血がどんどん噴き出してますわ。早く血を止めなければ」
アネスがうろたえている。
「あわわわ、どうするの、どうするのです」
レイラが切迫した口調でアネスに言った。
「アネス、早くヒールの特殊能力を使って! このままだと陛下の命が危ない」
「わわわ、わかったのです。ヒールを使うのです」
アネスは両手を俺の胸に当てるとヒールの呪文を唱えた。両手から黄金色の光があふれ出すと、ものの数秒で俺の痛みは嘘のように消え、意識もはっきりして体が軽くなった。まるで何事もなかったかのようである。俺は驚くと同時に心底から神の奇跡に感謝した。
「あ、ありがとうアネス。もう大丈夫だ。アネスが仲間で本当に良かった」
アネスは今まで褒められたことがほとんどなかったのか、どう反応して良いのかわからないようで、動揺している。
「あわわ、そんなこと・・・だめなのです。うれしいのです」
俺は必死に考えた。奴に魔法攻撃は効かない。どうする? 火縄銃の弾丸でダメージを受けていた。物理攻撃なら有効かもしれない。だが鉄砲の直撃を受けても倒せなかった相手に、どうやって・・・。大砲? まさか、大砲など命中しない。しかし大砲を発射するための大量の火薬が火薬庫に残っていたはずだ。それなら・・・
俺はキャサリンとアネスに言った。
「二人はすぐに船から退避してくれ。俺が今から転送するから、あの魔法陣の上に乗るんだ」
キャサリンが叫んだ。
「嫌よ、お兄様を守るの。あんな魚の腐ったようなヤツ、絶対に許さないわ」
「キャサリン、気持ちはうれしいが、お前の手に負える相手ではない。大丈夫だ、俺は策を思いついた。浜辺の陣地で待っていてくれ」
レイラが嫌がるキャサリンの手を引く。
「お嬢様、私が陛下を必ずお守りいたします。キャサリン様がこの場にとどまれば、かえって陛下の戦いを妨げることになるかもしれません。聞き分けてください」
魔法陣が白く光ると、わめき続けるキャサリンと動揺したアネスの姿が魔法陣から消えた。
俺はレイラに尋ねた。
「サフィーはどこへ行った? 大丈夫か?」
「大丈夫です、陛下。魔族というのは驚くほど丈夫な種族のようです。ガルゾーマに跳ね飛ばされた後、すぐに起き上がって戻ってくると、魔力を補充するとか言って、下の倉庫に降りて行って、食料を貪り食っています」
そうか。俺は少し安心した。俺は倉庫に降りるはしごの上から、下の船室で食料をむさぼり食っているサフィーに声をかけた。
「サフィー、聞こえるか。時間がない。ほんの十秒だけでいいから、俺たちに思い切り強烈なバリアを張ってほしい。できるか?」
「もぐもぐ・・・アルフレッド殿、もう少し時間をくれ。強力なバリアを張るためには、もう少し魔力の補充が必要じゃ」
俺はレイラに言った。
「聞いたか、レイラ。もう少し時間が必要だ。お願いだ、なんとか時間を稼いでくれ」
レイラは俺の目を見つめて、力強く頷いた。




