第八十七話 船上での白兵戦
俺は両手を前に突き出すようにしながら意識を前方のガレー船に集中させる。その時、一瞬、違和感のようなものを覚えたが、そのまま<爆裂火球>を念じた。
光る熱球が飛び出すと、ガレー船の船首にめがけて吸い込まれるように直進し、巨大な火の玉が大爆発を引き起こした。やったか・・・。だが巨大な爆雲が消えた後に見えた敵艦は、舳先の船首像や衝角のあたりが吹き飛んだものの、思ったよりダメージを受けていない。
おかしい。俺はもう一発<爆裂火球>を叩き込んだ。今度は船首付近に穴が開き、水の抵抗で船速がいくぶん低下したようだが、持ちこたえている。オールを漕ぐ勢いは衰えず、こちらへ急速に接近してきた。
俺の近くでガレー船を見つめていたルミアナが俺に言った。
「強烈な魔力の存在を感じます。この感じは・・・おそらくガルゾーマだと思います」
「ガルゾーマだと? 確かにガルゾーマであれば、敵艦が異常な速度を維持している事も、私の爆裂火球の威力が弱められている事も説明がつく。それにしてもガルゾーマのやつが、どうしてジャビ帝国の軍艦にいるんだ」
俺は混乱した。だが、考えている暇はない。俺は矢継ぎ早に命令を下した。
「ダーラ、敵艦は体当たりをしかけてきた。このままだと衝突は避けられないが、なんとか直撃を回避するんだ。サフィーは船尾楼にバリアを展開。歩兵は白兵戦の準備。来るぞ、衝撃にそなえろ、つかまれ」
敵艦の巨体が目前に迫る。ダーラが叫ぶ。
「おもーかじ、いっぱーい」
急激に右旋回をはじめた船体が左に大きく傾く。体が船の外へ放り出されそうになり、船体がきしむ。船がぎりぎりで直撃をかわすと、ガレー船の破壊された巨大な船首が左舷をかすめていく。敵艦のオールがこちらの船体に衝突し、バリバリと音を上げる。すかさず敵艦からはロープの結んであるフックがこちらの船に次々に投げ込まれる。フックは俺たちの船のマストや帆具、船べりに食い込む。これらのロープに引っ張られて船は減速し、船体と船体がミシミシと音を立ててぶつかり合うと、ガレー船に横づけされた。
「大砲、撃てえ」
左舷に備えられた三門の大砲が一斉に火を吐く。弾丸はガレー船を貫通して船体の木材が粉々になって飛び散り、船内のトカゲ兵を多数吹き飛ばした。だが、敵にひるむ様子はない。可動式の渡り橋が二本、ガレー船から降ろされると、その上をトカゲ兵が続々と渡ってきた。
ダーラが叫ぶ。
「かかれー」
甲板上に詰めかけたダルモラの水兵、そしてアルカナの歩兵が、進んでくる敵兵に激しく槍を突き立てる。トカゲ兵は次々に槍に貫かれて甲板に転げ落ちる。それでも後ろからどんどん押してくる。数で押し切ろうというのだ。
船尾楼の上からそれを見ていたキャサリンが怒り狂っている。
「ギャー、なによ、こいつらは。あんたなんか海に落ちてしまえばいいんですわ、あんたなんか、ころんじまえ、ころべー」
渡り橋にぎっしり詰めかけていたトカゲ兵の後ろが突然将棋倒しになると、前が押されてばらばらと橋から転がり落ちる。そのまま下の海に落下するものもいる。それでも、次から次へとトカゲ兵が押し寄せる。
ルミアナは船尾楼の上から敵に向かって次々に矢を放つ。すべての矢は確実にトカゲ兵の頭部を射抜き、死体が橋から下に落ちてゆく。ルミアナは矢を射ち続けたまま、俺に言った。
「陛下、ここは危険です。キャサリンお嬢様やアネスと脱出してください。あとは何とかします」
「いや、これはジャビ帝国の旗艦だ。旗艦を倒せば敵の士気は大きく低下する。何としても勝ちたいのだ。それに、ここにガルゾーマがいるとなれば、私がいなければ勝ち目はない」
俺は橋を渡ってくる敵兵めがけて、<氷結飛槍>を放ち始めた。
ーーー
その頃、東の海岸ではアルカナ軍の本陣に押し寄せた敵をなんとか撃退し、レイラやカザルたちは一息ついていた。皆、激しい戦闘の後で息を切らせて、座り込んでいる。
大将軍ウォーレンが言った。
「はあはあ、何とか持ちこたえましたな、カザル殿。カザル殿と鉄砲部隊のおかげです」
「はあはあ、な、なあに、槍兵部隊が鉄砲隊を守ってくれましたからな」
レイラは戦場を歩きながら指示を出している。
「この機に負傷者を運べ、ぐずぐずしていると敵がまた来るぞ。急げ」
負傷兵を乗せた担架が次々に運ばれてゆく。見張り台から大声で報告が飛ぶ。
「大変です。アルフレッド陛下の乗艦が敵艦隊の旗艦と沖で交戦中!無数のトカゲ兵に攻め込まれています。劣勢です」
「なんだと」
レイラは飛び上がらんばかりに驚き、背伸びするように沖合の方角を見た。沖合には船首を破壊された巨大なガレー船と、そこに横づけになった小さな帆船が見えた。二隻の間に渡された橋の上に押し掛けるトカゲ兵の姿が、海岸から肉眼でもはっきりとわかる。
レイラが叫んだ。
「大変だ。ラベロン殿、ラベロン殿はどこだ?転送を、早く私を陛下の船に転送してください」
「おお、レイラ殿。魔法陣はそこじゃ、その上に乗りなされ」
カザルも近くにいた鉄砲兵を集めて魔法陣に駆け寄る。
「おい、お前らも来い。陛下の一大事だぜ」
近くからも、槍兵が次々に集まってくる。
ラベロンが両手を魔法陣に向ける。
「よーし来たな、順次転送するからな。まず第一陣、転送じゃ。いくぞ」
ラベロンが念じると、魔法陣から白い光の柱が空へ伸びる。こちらから沖のアルフレッドの乗艦を見ると、その船尾付近に白い光の柱が現れるのが見えた。
ーーー
船上の戦況は明らかに劣勢だった。トカゲ兵の数に押されて防ぎきれず、多数のトカゲ兵がこちらの甲板に乗り移っている。俺は<氷結飛槍>を放ち続けているが、きりがない。
その時、船尾楼の甲板に描かれた魔法陣が光り、レイラやカザルが他の兵士とともに現れた。レイラが俺に駆け寄る。
「陛下、ご無事ですか。はやく退避なさって下さい」
「いや、ガルゾーマがいるらしい。私でなければ奴には勝てない。ここは踏ん張らねば」
カザルが鉄砲兵に向かって叫んだ。
「野郎ども、甲板上のトカゲを血祭りにあげろ」
「おおお」
すぐに鉄砲隊の火縄銃が火を吐き始めた。甲板を占領していたトカゲ兵が次々に倒れる。再び魔法陣が輝くと、さらなる鉄砲兵と槍兵が現れる。
「レイラ、槍兵を率いて船尾楼に近づく敵を押し戻してくれ。それと、負傷や疲労をしている兵士を私の魔法で海岸の陣地へ送り返す」
「承知しました陛下。よーし、槍兵、私に続け!」
レイラは船尾楼を駆け降りると、激しく戦う両軍の中に飛び込んだ。そして叫んだ。
「負傷兵や疲労したものは引け! 後は我々が引き受けた。私はアルカナの近衛騎士レイラである。死にたい奴はかかってこい」
そして鋼鉄の長剣を引き抜くと盾を構え、トカゲ兵の群れに切りかかった。レイラの剣の前に、トカゲ兵は次々に切り倒されてゆく。
「レイラ殿に続け! うおおお」
槍兵が次々にトカゲ兵に突きかかる。
船尾楼の上に陣取った鉄砲隊もかわるがわる発砲を続け、着実にトカゲ兵の死体の山を築いてゆく。一転して優勢に立ったアルカナ軍が船上のトカゲ兵を押し戻し始める。よし、いけるぞ。
その時、見張りが叫んだ。
「両側から敵のガレー船が接近してきます。白兵戦をしかけてくるものと思われます」
「くそ、こんな時に・・・」
だが、ガルゾーマに守られていない軍艦なら俺の爆裂火球で破壊するまでだ。魔法石の袋を開いて確認する、まだ魔法石は十分にある、良かった。敵艦が左右から接近しているのか・・・見渡してみると、右が近そうだった。
俺は急いで右の舷側へ走ると、右のガレー船めがけて<爆裂火球>を放った。距離100メートルに接近していた敵艦の船首が激しく爆発し、船首の大部分が吹き飛んだ。ガレー船はたちまち前のめりに沈み始めた。すかさず<火炎弾>を連続発射して船全体を炎上させる。トカゲたちが悲鳴をあげて海に飛び込む。
その様子を見届けると、今度は左の舷側へと走る。ガレー船は目前まで接近してきている。船首に再び<爆裂火球>をぶち込む。火球は船首をかすめて船体の中央付近、マストの付け根あたりに命中して大爆発を引き起こした。マストが根元から横へ吹き飛び、船体が真っ二つに折れたようだ。ガレー船はゆっくりとV字の形に沈んでゆく。
その頃、甲板上ではトカゲ兵を完全にガレー船へ押し戻していた。甲板には足の踏み場がないほどにトカゲ兵の死体が転がり、水兵たちが必死になって死体を海に捨てている。大部分のトカゲ兵はすでに戦死か重傷を負い、敵の最初の勢いはすでに失われている。
気付くと、いつの間にかガレー船のあちこちから炎が吹き上がっている。自らの船に火を放ち、我々の船もろとも焼き殺そうとの魂胆だろう。
俺は叫んだ。
「大変だ、敵艦が燃えている。こっちに燃え移るぞ。船をガレー船から切り離せ、急げ、ロープを切るんだ」
水夫たちが斧やのこぎりを持ってロープの切断にかかる。太いロープは簡単には切れない。皆、必死になってロープを切る。一方、鉄砲隊は船尾楼の上からガレー船に向けて射撃を続け、甲板上に立っているトカゲ兵の姿はほとんど見えなくなった。
水夫が叫んだ。
「ロープがすべて切れました、切断完了です」
「よーし、船を前進させろ」
「おもーかじ。びそーくぜんしん」
ミシミシと木材の擦れ合う音を立てながら、我々のキャラベルがゆっくりとガレー船から離れる。すでにガレー船の船体は猛火に包まれ、真っ黒な煙と火の粉を高々と巻き上げている。間一髪だった。
燃え上がる旗艦の様子を見て、残りのジャビ艦隊のガレー船は沖へ引き上げていく。砂浜には打ち捨てられた十数隻のガレー船と無数のトカゲ兵の死体が転がっている。ジャビ艦隊の最初の攻撃を撃退することに成功したようだ。
だが、これからが戦いの本番だった。我々の船の船首に不気味な人影が現れたからだ。ガルゾーマだった。




