第八十六話 海岸線での攻防
ここは東海岸にあるアルカナ軍の防衛線である。海岸に沿って土塁が延々と築かれており、丸太で組んだ見張りの塔が一定の距離をおいて立ち並んでいる。土塁の内側には海岸線に沿って道路が整備されており、敵の動きに合わせて迅速に水平移動ができるようになっていた。
長い海岸線の中間付近に防衛部隊の本陣がある。ここには大将軍ウォーレン、レイラ、そしてカザルが詰めている。ラベロンの姿も見える。皆、アルカナ湾の方を見つめている。アルカナ湾に光る水平線の上には、無数の軍艦が小さく見えるが、戦況がどうなのか、見ただけではわからなかった。
大将軍ウォーレンが塔の上の見張りに声をかける。
「おい、戦況はどうだ。何かわかるか?」
「はい、敵のガレー船が数隻、炎上しているようです。多くの敵艦がわが方の船を追い回しているようですが、見る限り、わが方に損害はなさそうです」
「そうか・・・それは良かった」
レイラは落ち着かない様子だ。見張りに声をかける。
「陛下は? 陛下の旗艦は大丈夫なのか?」
「すみません、ここからは遠すぎて個別に確認できません。おそらく大丈夫かと」
ラベロンがレイラに声をかけた。
「ほっほっほ、そう焦るなレイラ殿。陛下なら大丈夫じゃろう。それに、もし敵が陛下の船に乗り移るような事があれば、わしが『転送魔法』を使ってレイラやカザル殿をアルフレッド殿の乗艦に転送することもできますぞ。
また、いよいよ危険が迫れば、アルフレッド殿が転送魔法で、ここにある魔法陣に退避してくることもできる。安心なされよ」
「そうだったな。ラベロン殿、よろしく頼みます」
そのとき、見張りが大声で叫んだ。
「敵艦隊の一団が、こちらへ向かって来ます。その数、およそ・・・五十。海岸への上陸を目指していると思われます」
カザルが言う。
「五十隻か、およそ二、三万人ってところだな。ちっと骨が折れそうだぜ」
それを聞いて大将軍ウォーレンがこたえる。
「何しろ敵は三百隻以上の大艦隊だ。陛下は、わずか三十隻の船で敵の大部分を引き付けてくださっているのだ。五十隻程度の敵を撃退できんでどうする、カザル殿」
「いやはや、違えねえぜ。んじゃあ、一丁、やってやろうか」
号令とともに部隊が各自の配置についた。海岸の土塁には鉄砲隊がずらりと並び、その後ろには槍部隊が控えている。戦術としては、鉄砲隊が突撃してくる敵兵を撃ち、撃ち損じた敵が土塁に迫った時に、槍部隊が前へ出て撃退する構えである。大砲は数が足りなかったので、代わりに投石機を準備し、ところどころに配置してある。
ジャビ艦隊のガレー船が続々と海岸に迫ってきた。統率はあまり取れていないようで、先を争うように砂浜に向かっているといった印象だ。
先頭を進んできたガレー船が砂浜に乗り上げた。怒声が湧き起こると、トカゲ兵が船から次々に飛び降り、波打ち際に隊列を組み始める。土塁からの距離はおよそ100メートル。少し距離はあるが、一か所に固まっている敵なら、ど真ん中に打ち込めば誰かに命中する。
「撃てぇ!」
カザルの号令と同時に無数の発射音が海岸に一斉にとどろき、水際のトカゲ兵が血しぶきをあげて次々に倒れる。敵はパニックに陥り、逃げ惑いはじめた。次から次に船からトカゲ兵が飛び降りてくる。しかし、血まみれの死体を見て、動揺しているようだ。
「まだまだ来るぞ、弾込めぇ、・・・撃てぇ!」
灰色の砂浜に再び発射音が響き渡り、トカゲ兵が次々に倒れる。押し寄せる波が死体を沖へと運び去る。射撃は続く。すると今度は、盾をもった兵士が船から降りてきて、次々に盾を構えはじめた。盾で弾丸を防ぐつもりのようだ。土塁からの距離はおよそ100メートル。さすがに火縄銃でも、この距離から盾を貫通してさらに敵を殺傷するのは簡単ではない。
その時、アルカナ軍陣地の投石機からガレー船をめがけて黒い樽が投擲された。樽は白煙を引きながら放物線を描くと、ガレー船の横の砂に落下し、めり込んだ。その直後、樽が激しく爆発して真っ赤な炎と白煙を巻き上げ、船の横で盾を構えて固まっていたトカゲ兵が、爆発の衝撃で吹き飛んだ。
カザルが腕を振り上げて叫んだ。
「やった大成功だぜ。大砲はすべて船の方へ持っていかれちまったからよ、代わりに火薬樽に点火して投石機で飛ばしてやったぜ。大砲より、こっちの方が威力あんだろ」
二台の投石機で、ガレー船めがけて次々に火薬樽を飛ばす。ガレー船の周囲には、大量のトカゲ兵の死体が散乱していた。
さすがのトカゲ兵もこの惨状を見て、船の横で隊列を組むのは諦めたようだ。ガレー船から飛び降りたトカゲ兵は隊列を作ることなく、次から次にアルカナ軍の陣地へと突進してきた。しかし、鉄砲隊の射撃によって、誰一人として土塁に接近することはできなかった。
とはいえ、敵の上陸は始まったばかりだ。新手のガレー船が、次々に砂浜に乗り上げてきた。カザルが叫ぶ。
「どんどん、来やがったぞ。野郎ども、気合い入れろ」
「うおおおお」
指揮所からは指示が飛ぶ。
「接岸したガレー船に向けて各部隊は移動せよ。二十四および二十五部隊は右側の援護へ、二十六および二十七部隊は左側の援護に回れ、急げ」
武器を振り上げ、気勢を上げてガレー船からトカゲ兵が続々に飛び降りてくる。その数はすさまじい。鉄砲隊の火縄銃が次々に発射され、絶えることなく轟音が響き渡り、あたりにはもうもうと白煙が広がる。鼻を刺すような硝煙の臭いが立ち込める。
トカゲ兵は次々に倒れるが、倒れるより多くの兵が船から飛び出し、もはや隊列も組まずに全力でアルカナ軍の控える土塁へ向け突撃してくる。数が多い。弾丸をかいくぐったトカゲ兵たちが狂ったように声をあげながら土塁を駆け上がる。カザルが叫ぶ。
「槍兵、前へ」
鉄砲部隊が急いでわきへそれると後ろから槍兵が前進し、土塁を駆け上がってきたトカゲ兵に集団で槍を突き立てる。片手剣では刺さらないトカゲ兵の硬い鱗も、両足、両腕を使って渾身の力で突き出す槍に耐えることはできない。えいと、掛け声とともに一斉に突き出された槍がトカゲ兵の体を何本も貫いた。
「うぎゃあああ」
倒されるトカゲ兵を横目に、鉄砲隊は火縄銃を撃ち続ける。砂浜はトカゲ兵の死体が無数に転がり、流れる血で真っ赤に染まった。
アルカナ軍の本陣には、さらに多くのトカゲ兵が突っ込んでくる。火縄銃が火を吐く。だが数が多すぎる。バタバタと倒れるトカゲ兵の間から、新手が飛び出してくる。
カザルが叫ぶ。
「くそ、間に合わねえ」
レイラが大声をあげる。
「近衛兵、出るぞ」
本陣になだれ込もうとするトカゲの前に、プレートアーマーを身にまとった屈強の騎士たちが立ちふさがる。両手にはハルバードを握りしめる。壮絶な肉弾戦が始まった。
ーーー
そのころ、俺の艦は移動の途中で僚艦の五隻を従え、海岸に急行していた。そして俺たちが敵の上陸部隊の最後尾に追いついた時、すでに先頭の敵艦は上陸を始めていた。とにかく、上陸を妨害しなければ。
俺は矢継ぎ早に指示を出す。
「信号旗、僚艦に攻撃開始の指示を出せ、何としても敵を海岸から引き剥がすんだ」
「ダーラ、本艦をこのまま全速力で前方のガレー船に接近させてくれ。俺が魔法を使う」
こうなったら<爆裂火球>を使うしかない。俺は急いで船首に向かうと、見張り台の上に立った。俺たちの接近に気付いた敵艦が右へ転舵して応戦するつもりのようだ。そうはさせない。
「速度やや落とせ。右に旋回して、接触を回避してくれ」
船が右に旋回する。船が傾き、俺は手すりを握りしめる。ガレー船は横を向き、こちらに巨大な船体をさらしている。距離およそ100メートル。俺は、そのど真ん中、喫水線の付近を狙って<爆裂火球>を発射した。
「おりゃああ」
真っ赤に白熱した火球が一直線にガレー船の横腹に命中すると、すぐに巨大な火の玉となり、直後に大爆発を引き起こした。船体が大きくえぐれ、大量の木片が巨大な水柱と混ざって巻きあがり、四方の海面に落下した。船体のど真ん中を破壊されたガレー船は二つに折れて、見る見る海中へ没してゆく。
それを見ていたダルモラの水兵たちから大きな驚きと歓喜の声が湧き起こった。船尾楼の手すりにしがみ付いて見ていたアネスは、思わず両目と口を大きく開いた。
「あわわわ、何ですかこれは・・・こんなの天界でも見たことがないのです。アルフレッド陛下の魔法はすごいのです、カッコいいのです」
しかし、その余韻に浸っている余裕はない。
「よし、次へ行くぞ。ダーラ、最も近い敵艦へ全速力で向かってくれ。できれば側面に回り込むんだ。側面から魔法をぶち込めば、一撃で撃沈できる」
「了解! 速度上げろ」
轟音とともに爆沈したガレー船の様子を目撃した周辺の敵艦は、すぐに俺の艦の周囲から逃げ出した。それでもなお、海岸へ向けて進む船もある。
「ダーラ、海岸へ向かっている敵艦を追ってくれ」
「了解!」
俺は海岸の方向、アルカナの陣地に目を向けた。遠くて見えにくいが、十隻ほどのガレー船が砂浜に乗り上げ、トカゲ兵が上陸している様子が見える。俺はポケットから望遠鏡を取り出すと、アルカナの本陣を探す。国旗は翻っている、まだ大丈夫だ。陣地の様子を見る限り、敵を撃退できているようだ。
敵艦も必死に海岸へ向けて逃げる。なかなか追いつかない。横に回り込んでいる暇はないな。距離が100メートルに迫ったところで、俺はガレー船の船尾に向けて<爆裂火球>を放った。
「いけえええ」
輝く火球が敵艦の船尾に命中すると、巨大な火の玉となって大爆発を引き起こす。船尾付近は完全に吹き飛んだ。海面に木片がバラバラと落下する。船を捨てて海に飛び込むトカゲ兵の姿も見える。舵を失った敵艦は、徐々に左へ曲がり始めた。
「よし、あれはもういいだろう。ダーラ、次へ向かってくれ」
その時、マストの上の見張りが絶叫した。
「敵艦です! 敵艦が後方から急速接近中、本艦に突っ込んできます。
「なんだと、突っ込んでくる船があるのか?」
驚いて振り返ると、他のガレー船より一回り大きい軍艦が全速力で向かってくるのが見えた。あれはジャビ艦隊の旗艦だな。しかし尋常なスピードではない。なに? オールを漕ぐリズムが普通の倍の速さではないか。そんな馬鹿な・・・
「なんだあれは・・・」
俺は急いで艦首の見張り台から飛び降りると、船尾楼へ向かって走った。船尾楼は大騒ぎになっていた。アネスがパニックっている。
「あわわわ、大変なのです、巨大な黒い船がどんどん近づいてくるのです」
「お兄様、あんなのお兄様の魔法でぶっ飛ばしてしまうのですわ」
ダーラが緊張した面持ちで俺に言った。
「あんな速さで進むガレー船など見たことも聞いたこともない。おそらくこっちの倍の速さだ、逃げても逃げきれないぜ。アルフレッド殿、どうする」
「大丈夫だ、安心しろ。私が魔法で破壊する。任せてくれ」
俺は船尾楼の甲板に立つと、後方から白波を蹴立てて突進してくるジャビ艦隊の旗艦に向き合った。




