第八十四話 アルカナ湾海戦
翌朝、俺たちの艦隊はアルカナ湾の入り口に到着した。俺の乗船する旗艦はダーラが艦長を務めるキャラベル船で、全長およそ35メートルである。他のキャラベルより一回り大きく、船尾に指揮のための楼閣=船尾楼が備えられているのが特徴である。
風はまったく吹いていない、凪である。
マスト上部の見張り台から報告が入る。
「南の水平線上に無数のマストが見えます」
俺は望遠鏡で海上を確認した。
「いよいよジャビ帝国の大艦隊のお出ましだな。・・・ところで、アネスの姿が見えないが、どうした?」
サフィーが笑いながら言った。
「あっはっは、堕天使のお嬢ちゃんなら怖がって下の船室に閉じこもっておるぞ。まったく気の弱い奴じゃのう。どうしたものか」
「それは困ったな。そういえば、アネスはお酒が好きらしいから、お酒でも飲ませれば気分が落ち着くんじゃないのか。サフィー、ちょっと飲ませてやってくれ」
「あっはっは、承知した。待っておれ」
敵艦隊は徐々に近づいてくる。ガレー船はオールで漕いで進むので、無風でも移動することができる。大きなガレー船がアルカナ湾を囲むように東西にずらりと並び、水平線を埋め尽くしている。俺たちは停船したまま、敵の動きを見ていた。
ーーー
一方、こちらはジャビ艦隊の旗艦。甲板上には侵略部隊の司令官を務めるジルル将軍と副官が乗船していた。ジルル将軍が不敵な笑みを浮かべながら言った。
「ウシシ、この戦いでアルカナ王国を征服すれば、俺様がアルカナの総督になることは、ほぼ決まりだな」
「そうなれば、副官の私は総督補佐あたりになれますかね」
「まあ、貴様の働き次第だな。それにしても見ろ、まったく風がない。これなら帆船主体のアルカナ艦隊は身動きが取れないだろう。俺たちガレー船の絶好の餌食だぜ。四方から囲んでアルカナの船に乗り移り、一人残らず皆殺しだ、ウシシ」
ジャビ艦隊は俺たちの艦隊に近づくと、やがて包囲するように左右に回り込み始めた。このまま取り囲まれると厄介だ。俺は部下たちに命じた。
「よし、右に進路をとって前進し、包囲を離脱する。信号旗をあげろ、楔形陣形、旗艦に続け」
俺は艦隊の指令手段として信号旗を導入していた。この世界では角笛や銅鑼が戦いの合図に使われていたが、音の聞こえる範囲は限られるし、風の音で合図が聞こえないこともある。一方、信号旗を使えば夜間や霧の日でなければ目で見て視認できるし、我々には望遠鏡もあるので、かなり距離があっても命令を伝達できる。
「風魔法の魔道具、全開。面舵。」
「おもーかじー」
艦隊は白波を立てて、右方向へ進み始めた。敵艦隊の左翼端をかすめるように走り抜ける算段だ。
ジャビ艦隊の見張りが叫んだ。
「アルカナ艦隊が右方向へ移動を開始しました。かなりの速度です」
ジルル将軍は仰天した。
「な、なんだと? 風は無いはずなのに、なぜ連中の船が進むのだ。風がないのに帆が満帆にはらんでいる・・・どういうことだ。しかも尋常な速さではないぞ。これはいったい・・・ええい、逃すか!突撃だ。突撃の銅鑼を鳴らせ!」
ジャビ艦隊の旗艦がジャンジャンと銅鑼を鳴らす。
「全速! 突撃だああ、漕げ、漕げええ!」
トカゲの漕ぎ手がうなり声をあげながらオールを漕ぐ。船がきしむ。ガレー船の速力がみるみる上昇する。
ジャビ艦隊の動きを見てダーラが言った。
「アルフレッド殿、敵が突撃を開始したようです」
「了解した。うまくかわしてくれよ」
左舷前方に巨大なガレー船が二、三隻と近づいてくる。距離200メートル。
「火炎弾、攻撃開始!」
左舷前方の砲座に待機していた魔道具使いが火炎弾を発射する。火炎弾の発射間隔はおよそ10秒。訓練の成果もあって、火炎弾はガレー船に次々に命中した。火炎弾という見たこともない攻撃を受けて敵ガレー船の甲板上は大騒ぎになっている。火災も発生しているようだ。それでもなお、ガレー船は近づいてくる。
さらに舵を右へ、接触を避けて敵艦をかわす。距離50メートル。そしてガレー船が真横を通過せんとするその時、俺は叫んだ。
「大砲、撃て!」
爆発音と同時に、左舷にある三門の大砲が一斉に火を吐いた。キャサリンが耳をふさいで悲鳴を上げた。巨大な白煙が舞い上がり、艦尾へ流れてゆく。砲弾は一発が命中、二発はガレー船の周囲に大きな水柱を上げた。砲弾が飛び込んだガレー船の船内は大混乱になったらしく、みるみる減速した。それでも他の二隻が俺の艦の後方に位置する二番艦、四番艦に接近する。
二番艦、四番艦が砲撃。うち一隻に一発が命中したようだ。火炎弾による攻撃もあり、敵ガレー船は二隻とも船速が大きく落ちている。
アルカナ艦隊は敵艦を振り切って右方向へ離脱した。
「信号旗あげろ、各艦は散開して戦闘開始。それぞれ敵艦を引き付けよ」
「信号旗、あげます」
「よし、我が艦は次の作戦に移る。進路反転、マストにド派手なアルカナ国旗を揚げろ」
「進路反転、おもーかじー」
キャサリンが不思議そうに言った。
「お兄様、ド派手な国旗を揚げてどうするの」
「敵に俺の居場所を教えるんだ。国王がこの船に乗っているとわかれば、俺の首を狙って敵艦が殺到するはずだ。そうして敵をたくさん引き付ける。できれば十隻以上の敵艦を引き付けたい」
「そんなことして、大丈夫なの?」
「ああ、それが作戦だ」
「作戦?」
「そうだ。調べたところ、アルカナ湾は昔から航海の難所であることがわかった。アルカナ湾は水深が浅いので、浅瀬や暗礁が多い。それを逆手に取って、そういう危険水域をわざと通り抜けることで、敵艦を座礁させるのだ」
「さすがお兄様ですわ。でも、この船は座礁しないの?」
「そのためにアルカナ湾の全体形状や暗礁の位置がわかる海図を作ったんだ。測量用の灯台もあちこちに設置してある。しかも罠として使う暗礁にはルミアナが魔法の標識をあらかじめ沈めてある。標識は海中にあるので連中には見えないが、ルミアナは魔法で感知できる。だからルミアナの指示に従って進めば、我々の船が暗礁に乗り上げる心配はない」
「正面から戦うのではなく罠にはめるのですわね。さすがお兄様」
アルカナ艦隊の旗艦に、でかでかとド派手なアルカナ国の国旗が掲げられた。それを見たジルル将軍は笑いながら叫んだ。
「しゃしゃしゃ、あいつら馬鹿か、自ら総大将の船を教えるとはな。よほど戦に自信があると見える。お前ら、あの船に向かって突撃だ。行けぇ」
またしても突撃の銅鑼が打ち鳴らされる。すでに開戦から一時間が経過しており、オールを漕ぎ続けるトカゲ兵もさすがに疲弊してきたようだ。それでも漕ぎ手を交代しながら全速力で追ってくる。俺の旗艦には、周囲から十隻ほどのガレー船が追ってきた。俺の艦はわざと速力を落としながら、敵艦を十分に引き付ける。そして、敵艦との距離を保ちながら、暗礁水域へ向かう。
日が高く昇ってきた。少し風も出てきたようだ。船尾楼の上から周囲を見渡すと、アルカナの軍艦があちこちでガレー船に追い回されている。もちろん追いつかれることはない。一定の距離を保ち、追ってくる敵艦に火炎弾を撃ち込んでいる。火炎弾で火災の発生した船の多くは停船し、消火作業に時間をとられている。今のところ、戦いはこちらの思惑通りに進んでいる模様である。
そこへ、下の階からアネスが上がってきた。
「えへへへ、気持ちいいのです。ふわふわなのです。あれ?アルフレッド陛下じゃないですか。何してるのです?一緒に飲みましょう」
やべえ、完全に出来上がっている。俺はアネスと一緒に戻ってきたサフィーに尋ねた。
「おい、今の今まで下で飲んでたのか?」
「あっはっは、何を隠そう、その通りじゃ。こいつ天使のくせに、なかなかいける口じゃ」
「いける口じゃないだろ。誰がべろべろになるまで飲めと言ったんだ。まったくしようがないな。アネスが酔っぱらって甲板から海に転げ落ちたら大変だ。アネスの腰をロープで縛って、そこの柱に括っておいてくれ」
「えへへへ、アルフレッド陛下ったら、私を縄で縛ってどうするつもりなのです」
「バカ、こんな時に何をおかしな想像をしてるんだ。どうもするわけないだろ、危ないから縛っておくだけだ」
アネスのおかげで戦場の緊張感が一瞬だけ緩んだ。だが、それも一瞬だけだった。海図を確認していたダーラがあわただしく叫んだ。
「アルフレッド殿、まもなく暗礁水域です」
「よし、これからアルカナ湾で一番危険な暗礁水域に突っ込むぞ」
暗礁水域が目前に迫っていた。




