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第八十三話 作戦会議

 アルカナ艦隊はジャビ帝国艦隊との戦闘を想定した艦隊演習を連日のように繰り返していた。そんなある日、俺は演習に立ち会っていた。


 同盟を結んでいる海洋国家ダルモラの女頭領ダーラが、海を吹き渡る風に髪をなびかせながら気持ちよさそうに言った。


「アルフレッド殿、風魔法の魔道具は本当にすばらしいですねえ」


 風魔法の魔道具はダークエルフの老学者ラベロンが作り出したものだ。この魔道具によって船の周囲に風を生み出し、常に航海に最適な風を帆に送ることができるのだ。


 ダーラは目を輝かせた。


「これなら、風の無い日でも常時12ノットの速力を出せる。トカゲ族の艦隊が主力としているガレー船は普通、最高速度でも6ノット、まあ、トカゲ族の馬鹿力で漕いでも、せいぜい8ノットだろうから、あたいらの船がジャビ艦隊の軍艦に追いつかれる心配はない」


 それを聞いて俺は笑みを浮かべた。


「それは良かった。これなら逃げ回りながら敵艦を攻撃できますね」


「もちろんだぜ。逃げ回りながら火炎魔法の杖を使って敵艦を攻撃するのがアルカナ艦隊の基本戦術だろ? ところでアルフレッド殿は、あたいらに見せたい新兵器があるという話だったけど、それはこれかい? 鉄砲の化け物みたいな感じだけど」


 船の舷側には、片側三門の「大砲」が備え付けられていた。そう、俺は密かに大砲の開発も進めていたのである。実のところ大砲は火縄銃よりも古い時代から存在しており、カザルの協力によりそれほど苦労せずに生産できたのである。


 とはいえ、この時代の大砲は原始的だ。俺はダーラに言った。


「ああ、その通り。『大砲』っていうんです。原理は鉄砲に似ていて、火薬を爆発させて弾を飛ばすんです。飛ばす弾は、鉄砲よりはるかに大きいですから当たればすごい威力です。ただし命中精度は期待できません。まあ、ジャビ帝国のガレー船は馬鹿デカイらしいので、ぶっ放せばどこかに命中しますよ。じゃあ一発、撃ってみましょう」


 ダーラがおびえたような表情を見せた。腰が引けている。


「いやあ・・・、あたいはでかい音が苦手なんだ・・・鉄砲も大嫌いなくらいで」 


「じゃあむしろ、海戦が始まる前に慣れておく必要があります。試しにぶっ放しますので、耳を押さえていてください」


 俺が合図すると砲手が導火線に火をつけた。少し間をおいてから耳をつんざくような爆裂音が響き、大砲の筒先から巨大な炎と煙が噴き出した。ダーラが耳を押さえて叫んでいる。やや置いて砲弾が500メートルほど先に落下し、5メートルほどの水柱が上がった。発射と同時に噴き出した大量の白煙が雲のように広がり、風に流されていく。


 ダーラが両耳から手を離して言った。


「ひやあ・・・あいかわらず、アルカナ王国はとんでもない物を作りますね。こんなものをどんどん撃ち込んだら、ジャビ帝国の船なんかすぐに穴だらけになる。この大砲があれば、楽勝じゃないですか」


「そう言いたいところですが、何しろ大砲は物が大きいだけに、一発発射したら次の弾を再装填するのに10分くらいかかるんです」


「はあ? 10分もかかるのか」


「そうなんです。だから大砲をバンバンぶっ放して敵艦を沈めるのは無理です。あくまで火炎魔法の杖による火炎攻撃も組み合わせて攻撃する必要があるのです」


 それから俺はダーラに改めてお礼を言った。


「それにしても、まともな海軍のないアルカナ王国がジャビ艦隊と戦えるのも、ひとえにダルモラ国の協力のおかげです。感謝しています」


「いやあ、あたいが頭領になれたのも、父を殺した真犯人を知ることができたのも、アルフレッド殿のおかげだからね。それに、あたいら元は海賊稼業だろ? あたいたちの船に風魔法の魔道具やら、火炎魔法の魔道具やら、おまけに大砲も装備してもらって、実はわくわくしてるところもあるんだ。あの糞トカゲどもに一泡吹かせてやろうってね」


「はい、目にもの見せてやりましょう」


ーーー


 それから一週間後、海上の監視に当たっていた偵察隊から伝書鳩で報告がもたらされた。ジャビ帝国艦隊を目視で確認し、二、三日でアルカナ湾に達するという。いよいよ出撃である。アルカナ湾でジャビ艦隊を迎え撃つのだ。俺は出撃の前に、同盟国のイシル公国とダルモラ国を交えて作戦会議を行うことにした。


 会議場には朝から将軍や士官が詰めかけ、緊迫した雰囲気に包まれていた。俺は会議室を見渡してからミックに尋ねた。


「そういえばアネスはどうした、今日は大事な会議だというのに」


「おそらく寝坊かと。私がたたき起こしてまいります」


 そこへ、イシル公国のルーク国王が登場した。もちろん祈祷師の婆さんも一緒だ。ルーク国王は入室するなり、つかつかと俺の前に歩み出ると、右手を前に出し、左手を後ろへ引いた奇妙なポーズで俺に挨拶した。


「スンダバ」


 うわ、また始まったぞ。例によってイシル公国のまじないか何かのたぐいだろう。しかし祈祷師の婆さんが俺の方をじっと見ているから、ここは真似をして、同じポーズで挨拶しないとまずいだろう。俺はよろけながらルーク国王の真似をして言った。


「ズ、ズンダバ」


 祈祷師の婆さんは満足したようにうなずいた。心底恥ずかしいが、それもこれも両国の軍事同盟を維持・強化するためである。我慢我慢。俺はルーク国王に尋ねた。


「ルーク殿、この挨拶には、どのような意味があるのでしょうか」


「いやあ、アルフレッド殿。ズンダバという掛け声とポーズは、戦いの前に行われるイシル公国の伝統的な儀式なのです」


「へええ、イシル公国の歴史を感じさせますね。建国のころから伝わる儀式なんですか?」


「いえいえ、石器時代から伝わる儀式です」


 石器時代かよ、いくらなんでも古すぎるだろ。この国はどんだけ伝統を重視してるんだ。今でも竪穴式住居に住んでるとか言うんじゃないだろうな。


 さらにルーク国王が俺に言った。


 この儀式は戦いに参加するもの全員でやらなければなりません。会議の前に、ぜひ、みなさんで『ズンダバ、ズンダ』と連呼しながら、歩きましょう」


「ぜ、全員ですか?」


「そうです、全員でなければダメです。キャサリンお嬢様もお願いしますよ」


「まあああ! わたくしもですか」


「そうです。では皆様、私にならってください。まず腰を深く落として、右手を前に、手のひらは正面に。左手は後ろへ伸ばします。そして『ズンダバ』と掛け声。はい、次に足を前に踏み出して、左右の手を入れ替えます。このとき『ズンダ』と大きな声を出します。はい、ズンダバ、ズンダ。ズンダバ、ズンダ。それ、ズンダバ、ズンダ・・・」


 全員がルーク国王の後ろに続いて「ズンダバ、ズンダ」と練り歩く。キャサリンがうんざりした表情で言った。


「お兄様! わたくしたち、今日はいちだんとバカっぽいですわ。なんでわたくしまで・・・」


「しーっ。聞こえたらどうすんだ。イシル公国の援軍がないと戦えないんだぞ。我慢しろ」


 ルーク国王がキャサリンに言った。


「はい、そこ、キャサリンお嬢様。もっと腰を落として、ズンダバ、ズンダ・・・」


 その時、寝坊したアネスが会議室に勢いよく駆け込んできた。が、部屋の入り口の敷居につまずき、派手に前方に転んでそのまま両手を前に出したまま床をすべっていく。帽子もメガネも吹っ飛んでしまった。そして、四つんばいになって、じたばたしている。


「あわわわ、大変なのです、大変なのです。メガネ、メガネ・・・」


 四つんばいになったアネスの眼前にはルーク国王がいた。アネスが顔をあげると、ルーク国王と目が合った。ルークがアネスに言った。


「ズンダバ」


 アネスが仰天して後ろへひっくり返った。


「あわわわ、大変なのです、大変なのです、国王様の頭がおかしくなったのです。虚弱体質のうえに頭までおかしくなったのです。神様、どうしましょう」


 妙な儀式に付き合わされてご機嫌斜めだったキャサリンが、アネスの間抜けな様子を見てブチ切れた。


「何馬鹿なことを言ってるのよ、おかしいのはアネスですわ。メガネをかけてよく見なさい、お兄様はこっちですわ、こっち。おまけに大切な会議に遅刻するなんて、もう、許しませんからね・・・死刑ですわ、アネスは死刑!」


「あわわわ、死刑は嫌なのです、痛いのです、ごめんなさいなのです」 


 いつ奇妙な儀式を止めようか迷っていた俺にとって、このトラブルは儀式に区切りを付けるためのチャンスだった。


「いやいや、アネス、死刑にしないから大丈夫だ。ところでルーク殿、遅れていたアネスも揃ったので、そろそろ儀式を止めて、このあたりで作戦会議を始めましょう」


 全員が席に着くと、俺はアルカナ湾の地図が張られているボードの前で口を開いた。


「すでに周知のように、二、三日のうちにジャビ帝国の艦隊がアルカナ湾に押し寄せると予想される。偵察によると、敵の兵力は大型ガレー船がおよそ300隻、輸送船がおよそ100隻の大艦隊だ。これに上陸部隊としておよそ15万人の兵力が乗船していると思われる。


 一方、われわれアルカナ軍の艦隊はキャラベルが30隻にすぎない。このうち、火炎魔法の杖を装備しているのは15隻。この戦力で、まともに戦って敵艦をすべて撃沈することなど不可能だ。


 また、われわれの地上部隊はイシル公国の援軍を含めてもおよそ5万人。帝国軍に上陸されたら数で押し切られる。だから、我々の最大の目標は敵の上陸を阻止・妨害することだ。


 予想されるジャビ艦隊の上陸地点は王都アルカの東側の海岸だ。王都のすぐ西にはアルカナ川の河口があり、アルカナ川より西に上陸しても渡河ができないからだ。よって西海岸への上陸はありえない。東海岸にはすでに防塁が延々と築かれており、そこに防衛部隊を配置する。防衛部隊の主力は鉄砲隊だ。我が軍はこの数年間にわたって地道に鉄砲の増産を続け、今や2万丁を超える鉄砲を有するに至った。これにより、上陸してくるジャビ帝国軍を逐次殲滅する計画である」


 会議室にはどよめきが起こった。俺は続けた。


「とはいえ、15万のジャビ帝国軍が一斉に東海岸に押し寄せてくれば、上陸を食い止めることは難しいと考えられる。そこで敵艦隊を挑発、撹乱することにより、敵艦隊を分散させることが重要となる。

 

 幸いなことに、トカゲ族は好戦的な種族だと聞く。我々の艦隊を見れば襲い掛かってくるだろう。こちらの軍艦は風魔法の魔道具のおかげで、常に敵艦よりも速い速度を維持できる。敵艦を引き付けて逃げ回りながら敵艦を挑発、攪乱、分散させるのが基本的な作戦だ」


 キャサリンが口を開いた。


「そんな面倒なことしないで、お兄様の爆裂なんとかの魔法で、敵の船を次々に木っ端みじんにすればいいのですわ」


「そうもいかないのだ。<爆裂火球エクスプローディング・ファイア・ボール>は魔力の消耗が激しいので、一日に何発も撃てるものではない。しかも破壊力が桁外れなだけに、一度に大量の魔法石を消費する。魔法石は貴重品だ。今回はそれぞれの軍艦に火炎魔法の杖を配備してあるから、魔法石の多くをそちらへ分配した。魔法石を使い切ったら、いざという時に魔法が使えなくなる。だから、なるべく私の<爆裂火球>は使わずに戦いをすすめたいのだ」


 キャサリンが、がっかりした表情で言った。


「あら、そうでしたわね。お兄様は魔法石が無いと、手も足も出ませんものね」


「やかましい」


 俺は説明を続けた。


「繰り返すが、我々の艦隊の戦略は敵艦を挑発し、引き付けて分散させ、海岸に近付けさせないようにすることだ。そして同時に、逃げ回りながら地道に敵艦にダメージを与えることで、徐々に敵艦を脱落や行動不能に追い込む。仮に敵艦が逐次上陸したとしても、海岸において鉄砲部隊が迎え撃ち、ジャビ帝国の上陸部隊を壊滅するのである。


 私は艦隊の指揮を執る。私の船には艦長のダーラ、そしてキャサリン、ルミアナ、サフィー、アネスが乗船する。


 海岸の防衛部隊としては、総指揮官として大将軍ウォーレン、歩兵部隊隊長としてレイラ、鉄砲隊指揮官としてカザルを任命する」


 大将軍ウォーレンが右手でガッツポーズを決めてみせた。


「がはは、お任せください。帝国軍など蹴散らして見せますぞ」


 俺はルーク国王に向き直ると言った。


「万一アルカナ軍がジャビ帝国の上陸を阻止できなかった場合の最終防衛部隊として、イシル公国軍には王都の防衛をお願いいたします」


「承知しましたぞ」


 ルーク国王は戦いのポーズをしながら応えた。


 会議場にはこれから始まる戦いを前に興奮と熱気が満ちていた。俺はみなを見回しながら大声で言った。


「では、各位の健闘を祈る。出撃だ」


「おおおおー」


 大きな声が上がり、一同は立ち上がると次々に会議室から出ていく。そんな兵士たちをアネスがのんきに手を振って見送りながら言った。


「はあー、みんな大変なのです。いってらっしゃい、気を付けてなのです」


 カザルが後ろからアネスを押した。


「何言ってんでえ堕天使のお嬢ちゃん。あんたも行くんですぜ。ほれほれ」


「あわわわ、私なんか行っても役に立たないのです。私はお城でお祈りしているのです」


 逃げようとするアネスをレイラが後ろから両腕で抱き抱えて持ち上げると、そのまま前へ歩き出した。アネスは両足をジタバタして抵抗する。


 レイラがアネスに言った。


「さあアネス様。この戦いで活躍して徳を積めば、早く天界へ戻れますよ。行きましょう」


「あわわわ、天界に戻らなくていいのです。私はこのまま地上界で堕落した人生を送るのです。危ない橋は渡らないのです、放すのです」


ーーー


 一行は王都アルカを後に、それぞれの持ち場へ向け出発していった。沿道には多くの市民が並び、兵士たちに向かって手を振っている。子どもが母親に抱かれながら、必死に旗を振っていた。その笑顔の奥に、不安と恐怖が隠しきれずに揺れているのがわかる。


 我が軍が負ければ、彼らは全員ジャビ帝国の奴隷にされる・・・それは誰もが知っている現実だった。


 行進する兵士の列の中にも、笑みを作ろうとする者と、固く口を結んだまま前を見据える者がいる。甲冑がぶつかる音と靴音だけが妙に大きく響く。


 天候は晴れ、空は青く澄み渡っている。だが、この穏やかな空の下は、数日後に血と煙が渦巻く戦場になるのだ。


 俺は足早にアルカナ艦隊の旗艦に乗船した。船尾楼の甲板に立ち、ジャビ帝国の艦隊が迫りくる南の海上を見つめて拳を握った。


 ・・・負けるわけにはいかない。


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