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第八十二話 必勝祈願

 キャサリンが、つかつかと巨大な台座の前に歩み出た。


「ちょっと、あんたが貧乏神なの?」


「ふむ、いかにも、わしは貧乏神じゃ」


「じゃあ教えて。わたくしは皆から『貧乏神の勇者』だって言われてるけど、本当?」


「本当だ。おぬしは貧乏神の勇者じゃ」


「わたくしは貧乏神の勇者じゃなくて、美の女神の勇者とか、愛の女神の勇者の方が良かったのですわ。貧乏神じゃあ、わたくしの上品で可憐なイメージが台無しになるのですわ。ちょっと、わたくしの言いたいことがわかるかしら」


「なんじゃ、うるさい娘じゃのう。おぬしは『わたくしも特別な力が欲しい』と願っておったではないか。他の神々は相手にせんかった。だから、わしがその願いを聞き入れて、おぬしをわしの勇者にしてやったのじゃ。まあ、その結果、わしの想像通り面白いことになっておるがな、わっはっは」


「わっはっはって、笑い事じゃないわよ、まったく。まあ、おかげで特殊魔法をいっぱい使えるようになったのは良かったわ。でも使える特殊魔法が、すべて貧乏くさいのですわ。なにか、わたくしにふさわしい、もっとすごい魔法を使えるようにしてちょうだい」


「なんちゅうわがままな娘じゃ。貧乏神であるわしの授ける特殊魔法が貧乏くさいのは、あたりまえじゃろうが。すごい魔法じゃったら、面白くもなんともない」


「なによ、ケチ、どケチ。しみったれ。尻の穴が小さい神様ね」


 それを聞いたミックが目を丸くして言った。


「キャサリンお嬢様、『尻の穴』などという、下品なお言葉を王族のお姫様が使ってはいけません。王家の品位が疑われてしまいます」


「なによ、じゃあ、ウンチの出る穴とか言えばいいの?」


「いえ、ですから、そのウンチとか、穴とか、そういうのがお下品なのです」


 貧乏神が会話を遮って言った。


「やめんか馬鹿者、何の話をしておるのじゃ。まったくうるさい娘じゃわい。それなら、おぬしには『範囲魔法の効果』を授けてやろう。これで範囲内にいる全員に特殊魔法をかけることができるぞ。全員を一度に転ばせたり、全員を一度に下痢にしたりできるんじゃ、わははは、こいつは面白いぞ」


「ちがうのよ、そういうのが欲しいんじゃないの。お兄様みたいに火炎を噴き出すとか、稲妻を出すとか、そういう派手なのがいいのよ。目立つのがいいの」


「そういうのは、貧乏神の魔法にはないぞ。う~む、仕方ないな、それなら特別サービスをつけてやろう」


「え! 本当? うれしいですわ、神様。どんな魔法なの?」


「おぬしには『ゴキブリ召喚』の魔法を授けよう。狙った場所から数千匹のゴキブリがわらわらと沸き出す魔法じゃ。これで、目立つこと請け合いじゃな、わっはっは、これは面白そうだ」


「ぎゃー、わたくしはゴキブリが嫌いなの、ちょっと、ゴキブリなんていらないわ」


「あああ、うるさい、うるさい。それじゃ、わしは、もう飽きたので帰る」


 そう言い残すと、貧乏神の姿が煙のように消えてなくなった。その場にいた全員が言葉を失い、唖然とした。


 どうしたものかと皆が途方に暮れていた貧乏神がいなくなったのである。固唾をのんで事の成り行きを見守っていたアルカナ軍の将軍や士官の間から歓声が上がった。


 大将軍ウォーレンが両腕を組むと感心したように言った。


「ううむ、さすがは英雄とうたわれた先代の国王ウルフガル様の血を引くキャサリン姫だ。あの巨大な貧乏神にまったくひるむことなく、逆に貧乏神を相手に悪態をつきまくって追い返したぞ。口の悪さは天下一だ。実にあっぱれ」


 その場に居合わせた多くの士官たちも、一同に、うんうんと激しくうなずいた。


「キャサリンお嬢様に口げんかで勝てる者はいない」


「恐るべき口撃力」


 しかしキャサリンは、まったく納得していない。


「ちょっと、アネス!もう一回、貧乏神を呼び出しなさい。こんなんじゃ面白くもなんともないわ。わたくし、お兄様みたいな、もっとすごい能力が欲しいのですわ」


「あわわわ、そんなこと言われても困るのです。無理です。お祈りをまちがって貧乏神が出てきただけなのです。もう一回呼び出すなんて嫌なのです」


 俺は慌てた。せっかく貧乏神にご退場いただいたのに、また呼び出されてはたまったものではない。キャサリンに駆け寄って言った。


「いやいや、キャサリンの能力はすごいんだよ。自分では気が付いていないだけなんだ。今だって、貧乏神を追い返したじゃないか。あんなことができるのは、キャサリンだけだ。私にもできない」


「そ、そうかしら・・・」


 将軍や士官たちも必死の形相でキャサリンに駆け寄り、口々に言った。


「そうです、キャサリン様はすごいです」


「キャサリン様は神さまです」


 周囲の人々があまりにも必死になってキャサリンをなだめようとするものだから、キャサリンは面食らった様子だったが、すぐにいつもの調子に戻った。


「まあ・・・そうですわね。そんなところかしら。おーほほほ」


 そうこうしているうちに、飛ばされたお祈りの本を探していたルミアナとレイラが本を見つけて戻ってきた。必勝祈願の仕切り直しである。今度は風に飛ばされないように、レイラが両手で本をしっかり押さえることにした。そしてアネスが祈りをささげること十数分、今度は正真正銘の戦いの神が台座の上に現れた。


「わしを呼び出したのはお前たちか?」


 俺は地面にひれ伏して言った。


「はい、左様でございます。私はアルカナ王国の国王アルフレッド、そしてこの者たちは、その部下にございます。このたびは、仇敵ジャビ帝国との決戦において、あなた様のお力をお借りしたくお願いに参った所存でございます」


「うぬ。わしは戦の神じゃ。もう何万年にもわたって人間の戦いを見てきた。正義の戦いもあれば、悪の戦いもあった。正義が勝つこともあれば悪が勝つこともあった。だが、わしは神じゃ。正義の勝利を望む。しかし、わしら神は人間の戦に直接介入することはできぬ。そういう定めじゃ」


「ははあ」


「じゃが、そなたらに幸運を授けることはできる。もちろん幸運だけで戦に勝つことはできぬ。そなたらが戦いの勝利を信じて恐れることなく勇敢に戦えば、幸運はそなたらに勝利をもたらすであろう。光を!」


 夕焼けの空の上から、まぶしく白い光が俺たちの居る場所に差し込んだ。一面が明るく輝いた。光は山頂の岩々を黄金色に染め、吹き荒れていた風さえも静まった。誰もが息を飲み、鎧の擦れる音さえ聞こえない。


 やがて兵たちの間から、感極まった低いざわめきが広がった。神聖な光景だった。将軍や士官たちの感動が俺にも伝わってくるのを感じた。やがて光はおさまり、なんだか全身に力がみなぎってくるような気がした。


 俺は伏したまま神に向かって言った。


「ありがとうございます。これで、我々は心置きなく戦うことができます。そして、必ずこの戦いに勝利してみせます」


 戦いの神は静かにうなずいた。そしてゆっくりとアネスに顔を向けた。


「ふむ、そなたは『アネス』じゃな。そなたの上司である大天使から話は聞いておるぞ。地上では、徳を積むために善業に励んでおるそうだな?」


「あわわわわ、神様神様。わたしは毎日善行に、はは、励んでいるのです。本当なのです。堕落なんかしていないのです。お酒を飲んで昼まで寝てるなんて、していないのです」


「そうか、それなら良い。そなたが天界へ戻る日を楽しみに待っておるぞ。アルフレッドとやら、アネスをよろしく頼む。それでは、わしは帰るぞ」


「ははあ、ありがとうございました」


 神の姿が消えて我に返ると俺はアネスに尋ねた。


「そういえば、俺は神様に『アネスをよろしく頼む』とか言われたが、あれはどういう意味なんだろうか? アネスは何か神様から聞いているのか?」


「聞いているのです。それはですね、私が地上に降りるにあたって、神様からおおせつかっていることがあるのです。その話によれば、地上では『お笑いサーカス団』みたいな国王様ご一行に出会うから、彼らの仲間に入れてもらいなさいと言われているのです」


「・・・お笑いサーカス団?」


 アネスは嬉しそうに言った。


「そうなのです、そうなのです。その集団には、頭のおかしいお姫様が居るらしいのです。それに、ゴリラみたいな女戦士や、頭の禿げた変態ドワーフがいるって言ってたのです。まさに、神様の言っていたとおりなのです、あははは、そのまんまなのです」


 むっとしたキャサリン、レイラ、カザルがアネスに詰め寄った。


「ちょっと、頭のおかしいお姫様って、どういう意味よ?」


「天使様だからといって、何を言っても許されるわけではありませんよ」


「てやんでえ、こちとら、好きでハゲてんじゃねえぜ」


「あわわわ、ち、違うのです、わたしじゃなくて、神様がそう言っていたのです。わたしは正直に言っただけなのです。ちなみに国王様は虚弱体質だって」


 まいったな、こいつ完全に『空気の読めない』やつだ。おまけに天界で手に負えないくらいのドジっ子だからな。キャサリンだけでも大変なのに、アネスを俺が引き受けるとなると、トラブルが二倍に増えることになりそうだ。


 俺は頭を抱えた。しかし、ふと思った。


 いや、待てよ。アネスは元・天使なんだから、きっと特別な能力を持っているに違いない。それなら仲間に加えた方が得策だ。俺はアネスに直接確認してみることにした。


「ところでアネスは元・天使なんだから、天使だけが使える特別な能力を持っているんじゃないか? 私たちはそうした能力を求めているんだ」


 アネスは急にどや顔になると胸を張って言った。


「えへん、私には治癒能力があるのです。傷を一瞬で直して、ダメージを回復させる能力なのです、これこそ天使の能力『ヒール』なのです」


 キャサリンがムキになって言った。


「なによ、そんなの、ルミアナの回復ポーションを飲めばいいのですわ」


「ち、違うのです、回復ポーションと違って、瞬時に傷が回復するのです」


 それを聞いて俺は言った。


「確かに、もし『ヒール』とやらが瞬時に傷を回復させる力を持つというなら、自然回復力を高めるエルフの回復ポーションとは根本的に違う。ポーションはその場ですぐに完全回復できるわけじゃないからな。エルフ魔法には回復や治癒の魔法はない。その『ヒール』という能力は大いに役立ちそうだ」


 キャサリンが不貞腐れた。


「何よ、また女性を仲間にする気なの? お兄様ったら、本当に節操が無いんだから」


 それを聞いて、カザルがニヤニヤしながら言った。


「キャサリンお嬢様、アネスがかわいい天使だから、嫉妬してるんですかい?」


 キャサリンは真っ赤になってカザルに噛みついた。


「なによ、私がそんな小娘に嫉妬なんかするわけないでしょ」


 そういうわけで、元・天使のトラブルメーカー、アネスが俺たちの仲間に加わることになったのである。


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