第六十一話 魔法対決
深夜、ガルゾーマはアルカナの防衛陣地に向かった。<隠密>の魔法を使って姿を隠し、堀を飛び越え、土塁を登り、暗闇に乗じて防御線を守る兵士たちに気付かれること無く陣地に降り立った。肩にはエルフの弓矢と矢筒を持っている。ガルゾーマはエルフのご多分に漏れず、強力な弓の使い手でもあった。
陣地は広い。ガルゾーマは思った。どうやってアルフレッドの居所を探ろうか。ガルゾーマは<魔力感知>の魔法を唱えた。魔法を使う生物からは常に僅かながら魔力が放射されている。アルカナの軍隊で魔法が使える人物は限られているから、魔力の発生源は、ほぼ間違いなくアルフレッドまたはエルフの存在を示すことになる。
北西の方向に、わずかながら魔力を感じる。ガルゾーマは周囲を見回すと、姿を消したまま走り出す。アルカナの兵士が次々に横を通りすぎるが、誰も気づくものはいない。しばらく走ると感じる魔力が強くなってきた。ここまで接近すると、ガルゾーマの目には魔力の存在が個別に視認できる。一つは見張りやぐら(やぐら)の上、残りの二つはテントの中。全部で三つだ。
ガルゾーマは不思議に思った。ジーンから聞いた情報によれば、魔法を使うのはアルフレッドという人間とルミアナというエルフの女だと聞いている。魔力源が三つということは、エルフがもう一人居るのか。まあいい。やぐらの上にはエルフの女が見える。ということは、テントの中の魔力源のどちらかがアルフレッドだ。まず、右の奴からやるか。
ガルゾーマは弓を引き絞ると、テントの中の右の魔力源に狙いを定め、矢を発射した。矢は弾丸のような速さでテントに向かって飛ぶと、布を突き破って命中した。手応えがあった。うぎゃーという悲鳴が聞こえ、誰かが地面を転げ回っているようだ。すぐにテントの入り口から頭に矢の刺さったマント姿の女が飛び出した。
「いてて、だれじゃ、われに矢を打ち込んだのは。ルミアナか?」
と叫ぶと、女は頭から矢を引き抜いた。
ガルゾーマは愕然とした。なんだあれは? 人間じゃない、エルフでもない・・・あれは、噂に聞く魔族じゃないのか。あの暗闇に赤く光る眼は魔族に間違いない。
俺はテントの中で熟睡していたが、隣で寝ていたサフィーが突然騒ぎ出したことに驚いて飛び起きた。ルミアナが見張りやぐらの上で叫んだ。
「敵襲!敵襲!」
サフィーが俺のそばに寄り<魔法障壁>を展開した。やぐらの上からルミアナが<幻影解除>を念じると、青い光がガルゾーマを包み<隠密>が解けた。周囲のかがり火に照らされて、ガルゾーマの姿が暗闇に浮かび上がった。ガルゾーマは苦々しい表情で舌打ちしたが、慌てる様子はない。
ルミアナが叫ぶ。
「曲者め!」
ルミアナは弓を構えると、ガルゾーマめがけて数本の矢を放つ。だが次の瞬間、ガルゾーマの身体が多数に分裂して虚像を作り出すと、どれが本物の姿かわからなくなった。ルミアナの放った矢は、ガルゾーマの身体をすり抜けてしまう。ガルゾーマが不敵に笑う。
「ふはははは、見破れまい」
ルミアナは驚いた。
「これは・・・古代魔法? この男は古代魔法を操るのか」
騒ぎを聞きつけたレイラとカザルが武器を手にして駆けつけた。だがガルゾーマの姿が分裂していて、どれが本物の姿なのか見分けがつかない。レイラは武器を構えたまま、手出しができずに戸惑っている。
「ど・・・どれだ。どれが実物だ」
「こうなりゃ、一か八かだ、いくぜ」
カザルがガルゾーマの分身めがけて、当てずっぽうで殴りかかる。だが、殴りかかったウォーハンマーが大きく空振してバランスを崩し、前方につんのめってしまった。
「うおっとっと・・・」
レイラは長剣を横に構え直すと叫んだ。
「そういうことなら、分身を全部まとめて横から斬る!」
レイラは並んだガルゾーマの分身めがけて突っ込むと、剣を大きく横に振り回し、すべての分身を一度にまとめて切った。すべての分身を切り裂いたはずだったが、手応えはまったくない。レイラの剣は空を切っただけだった。その瞬間、分身はすべて消え、そこから右に十メートルほど離れた場所にガルゾーマの分身が再び現れた。瞬時に<瞬間移動>したのだ。
レイラは諦めず、再びガルゾーマに突進すると大きく横切りをしたが、剣がガルゾーマを捉えることはできなかった。
「ふはははは、かすりもしないぞ。私を剣で倒すなど、人間には不可能なことなのだ。お前の相手などしている暇はない、大人しくしていてもらおうか」
そう言うと、ガルゾーマはレイラに<麻痺>を放った。ガルゾーマの手から白く光る数本の稲妻が飛び出すとレイラに命中し、体が感電して弓なりにのけぞった。レイラは悲鳴を上げた。
「きゃああああ」
レイラは地面に崩れ落ちると動かなくなった。カザルが急いで駆け寄る。
「レイラ殿、大丈夫でやすか」
「ああ。幸い生きているが、体が麻痺して動けない」
レイラに駆け寄ったカザルの姿を見て、ガルゾーマは軽蔑したように笑った。
「はははは、この男はドワーフか。エルフの女と言い、このドワーフと言い、人間の王に媚びへつらう情けない奴がここには多いな。種族の誇りを失った腐りきった連中だ・・・」
俺は話に気を取られているガルゾーマに向けて、背後から<火炎弾>を放った。火炎弾はガルゾーマの分身の中心で爆発したが、ガルゾーマは俺の攻撃に気づき、即座に<瞬間移動>で回避した。
「ふん、後ろから攻撃してくるとは卑怯なやつ。さすがは人間だな。ということは、お前がアルフレッドだな」
「そうだ、私がアルフレッドだ。お前は何者だ」
「私はエルフ族の大魔道士『ガルゾーマ』様だ。まあ、私の名前を知ったところで意味はない。お前はもうすぐ死ぬ運命なのだからな」
ガルゾーマは俺に向けて右手を伸ばすと、三発の<火炎弾>を続けざまに打ち込んできた。だが、ガルゾーマの右手を離れた火炎弾は、即座に俺の魔力ですべて上空へ弾き飛ばされた。ガルゾーマの表情が驚きに変わった。
「こいつ、人間の分際でそんなに強い魔力を持っているとは信じられんな・・・なら、こちらも本気で行くぞ」
ガルゾーマは俺に向かって再び右手を伸ばすと、渾身の魔力を込めて<火炎弾>を打ち込んできた。俺も最大の魔力を込めて火炎弾の弾道を捻じ曲げる。幸い、俺の魔力のほうがガルゾーマを上回っていたようだ。火炎弾は唸りを上げながら右上に反れ、はるか後方へ飛んでいった。ガルゾーマの表情に焦りの色が現れた。
「そんな馬鹿な・・・だが、私の使える魔法は火炎魔法だけではないぞ」
次の瞬間、ガルゾーマから巨大な魔力が放出されるのを感じた。そう、魔法攻撃が飛んで来る直前に相手から魔力が放射されるので、それを読み取ることでどんな魔法攻撃が来るかわかるのだ。<氷結飛槍>だ。俺は反射的に<氷結飛槍>を念じて氷の矛先を捻じ曲げる。氷の槍は俺に当たることなく右に反れて地面に突き刺さった。それを見たガルゾーマが怒りで大声を上げた。
「うおおおお、これでもくらえ」
ガルゾーマを取り巻く空中には、次々に氷の槍が出現し、同時に俺に向かって突進してくる。俺は飛んでくるすべての氷槍の軌道を捻じ曲げ、俺の後ろの地面には無数の氷の槍が突き刺さった。
俺はガルゾーマに向かって言い放った。
「なんだ、まるで当たらないぞ。では、こちらから行くぞ」
俺は最大魔力でガルゾーマへ向けて<火炎弾>を打ち込んだ。ガルゾーマは俺の火炎弾の軌道を魔力で捻じ曲げようとするが、俺の魔力のほうが勝っていた。ガルゾーマはみるみる接近する火炎弾に恐怖の表情を浮かべると、すんでのところで<瞬間移動>して逃れたが、爆発で腕にダメージを受けたようだ。
ガルゾーマの顔色が変わった。怒りで震えている。
「舐めるなよ・・・、人間ごときが私に勝てるとでも思っているのか。私の魔法に関する知識はお前たちの比ではない。これを受けてみよ」
振り上げたガルゾーマの右手から放たれた魔力は、俺がこれまで学んできた魔力とはまったく別の未知の感覚だった。これは何だ?自分の知らない未知の魔法攻撃を、自分の魔力で弾くことはできない。これはまずいぞ。
危険を感じた俺はとっさに右に転がったが、強い光を放つ火球がガルゾーマの右手から飛び出し、俺の横で爆発した。俺は爆風で大きく吹き飛ばされてしまった。幸い落下した場所がテントの上だったため致命的なダメージは防げたものの、背中を強く打ってしまった。
ルミアナが驚愕の声を上げた。
「あれはもしや、エルフの古代魔法<烈火魔弾>ではないか・・・やはり奴は古代魔法の強力な使い手だ。陛下が危ない」
ルミアナはやぐらの上からガルゾーマに向けて矢を連射し、魔法攻撃の妨害を図る。
「ふん」
ガルゾーマは連続テレポートで矢を次々に回避すると、言い放った。
「うるさい奴め、しばらく黙っていろ」
ガルゾーマが<麻痺>をやぐらに向けて念じると、十数本の稲妻が飛び出し、そのうちの一本がルミアナに命中した。ルミアナは悲鳴をあげると倒れ込んだ。
ガルゾーマが吐き捨てるように言った。
「ふん、エルフのくせに、まったく歯ごたえのない奴よ」
テントの横で倒れている俺にサフィーが駆け寄ると、俺の身体の上に被さり<魔法障壁>を展開した。
「大丈夫かアルフレッド殿、われがお守りいたすのじゃ」
ガルゾーマがあざ笑った。
「くははは、お前は魔族のくせに人間の犬なのか。みっともない。しかし魔族にしては大した魔力を感じないな。さて、どこまで私の攻撃に耐えられるかな」
ガルゾーマは勝ち誇ったように叫ぶと<烈火魔弾>を次々に放ち始めた。サフィーは必死に<魔法障壁>を展開しつつ耐える。
ガルゾーマは笑いながら俺に向けて<烈火魔弾>を放ち続ける。
「はははは、そろそろ限界が近いな」
サフィーの顔に苦痛の表情が浮かぶ。無数の<烈火魔弾>を打ち込まれ、<魔法障壁>は徐々に弱体化しつつある。俺の身体に爆発の衝撃と熱が伝わり始めた。このままだと二人とも焼き殺される。
だが、ガルゾーマの魔法を何発も食らっている間に、ガルゾーマの放つ<烈火魔弾>の魔力が俺の頭の中に流れ込んでくるのを感じ取っていた。魔法のイメージが頭の中で次第に鮮明になってくる。これはもしかすると・・・俺はガルゾーマの放つ魔力から<烈火魔弾>を習得したのか?
サフィーの展開していた<魔法障壁>が弱々しく最後の光を放つと、ついに消滅した。
「アルフレッド殿すまぬ、われはもう限界じゃ・・・いっしょに死ぬのじゃ」
ガルゾーマが勝ち誇ったように言った。
「ははは、私の力を思い知ったか! エルフの大魔道士である私に逆らったことを後悔しながら、業火に焼かれて死ぬがいい。では、とどめだ」
ガルゾーマが俺に向けてとどめの<烈火魔弾>を放った。一か八か、俺はガルゾーマの魔力から会得した魔法の思念を右手に込めて解き放った。ひときわ明るく輝く炎の塊が音を立てながら軌道を変えると、俺の右上方向に飛び去った。
ガルゾーマは唖然とした表情で立っている。
「お、お前は何者だ・・・私の魔法を受けるうちに、魔法の技を盗み取ったのか・・・しかも、わずか数分で・・・」
自分でも信じられないが、どうやらそうらしい。ガルゾーマはあれだけ大量の魔法を放ったのだから、相当に消耗しているはずだ。ガルゾーマがひるんでいる今が反撃のチャンスだ。おれはガルゾーマに向かって言った。
「では、今度は私から攻撃させてもらう」
俺はガルゾーマにさんざん打ち込まれた<烈火魔弾>を最大魔力で放った。ガルゾーマは<瞬間移動>でかわしたが、爆発に巻き込まれて大きく吹き飛ばされた。俺が<烈火魔弾>を次々に放つと、ガルゾーマの周囲が見る間に爆炎と光に包まれた。
「うがああ、おのれ、おぼえていろよ」
ガルゾーマは捨て台詞を残すと<瞬間移動>を使ってその場から消えた。残念ながら逃げられてしまったようだ。
火炎弾の爆雲が消え去ると、あたりに静寂が戻ってきた。眩しい朝日が地平線から上り始め、俺の横顔を照らした。仲間たちが俺の元に集まってきた。俺もサフィーもすすだらけである。サフィーは俺に抱きついてきた。
「う~ん、さすがはアルフレッド殿じゃ。ますますお主が欲しくなったぞ。人間にしておくのは惜しい男じゃ。魔族にならんか」
レイラが目を釣り上げてサフィーの腕を引っ張る。
「おい、陛下にくっつくな、この変態女め! この、離れろっての」
ルミアナが俺に言った。
「ガルゾーマという男は、恐るべき古代魔法の使い手です。<烈火魔弾>や<麻痺>、<瞬間移動>など、噂で聞いたことはありましたが、実際に目にするのは初めてです。今では誰も使い方を知らないのです。それを使いこなしているとは、只者ではありません。次は何を仕掛けてくるか、用心しなければ」
「ああ、油断はできないな。もはや、魔法が使えるのは我々だけではない」
ーーー
ここはエニマ国軍の本陣である。ガルゾーマがマルコムとジーンに向き合っていた。ガルゾーマの着衣はあちこちが焦げており、その姿を見るだけで戦闘の結果は誰の目にも明らかだった。マルコムがため息を付いてから、口を開いた。
「アルフレッド暗殺は失敗だったか」
「はい、面目ありません。あのアルフレッドとかいう男はとんでもない奴です。私もエルフの大魔道士として自分の魔力には自信がありましたが、あの男は信じられない強さでした。あれは人間ではありません。エルフでもありません。魔族か、それ以外の何か得体のしれない存在です」
「アルフレッドは、そんな化け物なのか・・・一体どうなっているのだ。魔物がアルフレッドに成り代わっているとでもいうのか」
「そんな気もします。いずれにせよ、今のままでは正面からヤツを倒すことはできません。何らかの策を用いて暗殺する手を考えます」
「そうか、それならやむを得まい。アルカナの防御陣地が予想外に強固な上に、アルフレッドをはじめとして魔法が使える連中もいるとなれば、今の我が軍では力不足が否めない。ジーンよ、一旦、兵を引き上げるか」
「はい閣下、それが賢明なご判断だと思われます。アルフレッドの暗殺と我が軍の兵力増強を優先させましょう」
それからまもなく、エニマ国はアルカナ川の防御陣地から撤退したのである。
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