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第四話 俺の妹がS属性だった件

 二日ほど過ぎると俺の体調は万全になった。今日はアルカナ王国の王都であるアルカを視察して、アルカナの人々の暮らしぶりや経済の状況などを把握しようと思う。


 王都は古い町で、二百年前からおおむね現在のような姿だったらしい。王都の人口は周辺も含めておよそ十万人。町は石造りの城壁で囲まれており、中心には王の居城、そしてその近くには政府の建物や公共施設がある。城から東西南北に大通りが伸び、南には港があり、海に面しているという。


 視察には総務大臣のミックと妹のキャサリンが同行した。ミックが説明してくれた。


「こちらが南大通でございます。大通は東西南北にありまして、南大通りは港につながっております。まずは公共の建物からご案内いたしましょう。こちらの建物は貴族会議場です」


 石造りのとても大きな建物が見えてきた。正面にはギリシャ神殿のような八本の石柱が立ち、張り出した屋根を支えている。両開きの扉の上には神話をモチーフにしたようなレリーフが彫りこまれ、荘厳な雰囲気を醸し出している。かなり昔に建てられたらしく、階段は擦り減り、壁には風化の跡が見られる。


「こちらは教会になります」


 教会は装飾の少ない直線的な壁と柱からなるデザインで、壁には小窓が多数配置されている。派手さはないが、石の素材が放つ重厚感が伝わってくる。屋根は三角形で尖っていたが十字架はなく、キリスト教というわけではなさそうだ。ドアには見たことのない紋章が描かれている。この建物もかなり古そうだ。


 教会のすぐ隣には、やはり石造りのシンプルな建物がある。教会と同じ紋章が飾られているところをみると、教会に付属する建物のようだ。キャサリンがその建物の入り口に駆け寄ると軽くドアを叩きながら言った。


「ここは子供のころ、お兄様が大好きだった、教会付属の図書館ですわ」


 俺は感心しながら言った。


「なるほど、幼少の頃の私は足繫あししげく図書館に通いながら知識を磨いていたわけか。それで頭脳明晰な国王になったというわけだな」


「何言ってるのよ、本なんかまったく読んでいませんでしたわ。それより、びくびくしながら本棚の陰に隠れていたのですわ」


「は? どうして私が本棚に隠れなきゃならないんだ」


「お兄様は昔から弱虫で、剣術の稽古が大嫌いだったの。それで稽古の時間になると決まって図書館に隠れていたのですわ。でも結局はゴードン先生に見つかって、泣きながら連れ戻されて、ビシビシ稽古を付けられていましたの」


「ははは、そうなのか・・・」


「まあ、本当のことを言えば、だいたいは、わたくしがお兄様の居所を探して、ゴードン先生に告げ口してましたのよ。そして物陰からお兄様が連れて行かれる様子を見ているのが面白かったのですわ。今では幼い頃の良い思い出ですわね」


 ちっとも良い思い出じゃないだろ。いじめじゃないのか、それ。


 俺はミックに尋ねた。


「貴族会議場にしろ図書館にしろ、かなり昔に作られた建物が多いんだな」


「左様です。これらはすべて百年以上前に建てられておりまして、それを今でも使用しております。残念ですが、アルカナは今よりも昔の方が繁栄していたようです。いまでは建物の傷んだ個所を修復する費用を賄う事すら難しい状況です。なんとも寂しい話です」


「お兄様、これをご覧になって。池ですわ。この池の周りで、お兄様と一緒によく遊んだものですわ。思い出しますわね」


 教会の前には、綺麗に成形された石で周囲を縁取られた円形の大きな池があり、水が張られている。池の真ん中には彫刻があって、噴水のようだったが水は出ていない。


 キャサリンが池の前で両手を広げて言った。


「この池を見ると子供の頃のことを思い出しますわね。ある日、お兄様は池の周りを喜んでぐるぐる走り回っていたのですわ。わたくしが『止まりなさい』と言うのに、全然言うことを聞かなかったのですわ」


「ははは、私も子供の頃は元気に走り回っていたんだな」


「そうなの、でもお兄様があんまり言うことを聞かないから、足を引っかけて池の中に転ばせましたの。そしたら溺れそうになったから、わたくしが助けてあげましたわ」


 無茶苦茶な妹だな、死んだらどうすんだよ。


「全身ずぶ濡れだったので、お兄様のお洋服を全部脱がせましたわ。裸のまま太陽の光で乾かそうと思ったんですけど、付き添いの侍女が、わたくしのひらひらフリルの赤いドレスを持っていたので、お兄様にそれを着せましたわ。そしたらお兄様はとても喜んで、一緒に手をつないで遊びましたの。微笑ましいですわね」


 それのどこが微笑ましいんだ。王子を池に突き落として、服を脱がせて全裸にしたうえに、ひらひらドレスを着せるとか、なんかの虐待だろそれ。


 庶民の居住地区に入った。庶民の暮らす住宅は主に日干し煉瓦を積み重ねて作られた質素な建物である。中通りには主に二階建ての住宅が多い。屋上には洗濯物などが見える。一方、大通りに面した建物はどれも大きく、一階は店舗になっている。一階の部分は石積みで強固に作られ、二階以上は日干し煉瓦が使われている。


 大通りの店舗には、入り口にロゴやイラストの描かれた看板が付けられていたり、きれいな模様の編み込まれたタペストリーが下げられている。


「このあたりは庶民の娯楽街になります。庶民の娯楽と言えば、居酒屋、芝居小屋、闘技場、賭博場といったところです。裏通りには、いかがわしい店などもあるようですが、私も詳しくは知りません」


 いかがわしい店と聞いて、瞬時にキャサリンの目つきが変わった。


「いかがわしい店なんか見学したら絶対にダメよ。お兄様は、つい、この間まで病人だったんですからね。後から一人で、こそこそお店に行ったら承知しないんだから」


 うわ、キャサリンは言うことを聞かないとお仕置きするタイプだ。これは参ったな。見た目は完璧な金髪美少女なのに、性格がまったく一致していないぞ。


 少し行くと広場に出た。広場には大道芸や見世物が出ており、駄菓子を売る店、串焼きの屋台、ペットの犬や猫を売る店など屋台が並んでいる。広場では子供たちも遊んでいる。


「見て見て、お兄様。屋台のボール投げがありますわ。ボールを投げて的に当てて景品をもらう遊びですわ。子供の頃、よく二人で遊んだものね。ボール投げはお兄様の方が上手でしたわね」


「ははは、そうなのか。ボール投げは私の方が上手だったんだ」


「そうですの。それに比べて、わたくしったらノーコンで、投げたボールが隣のペットショップへ飛んで行って、でっかい犬の頭を直撃しましたわ。そしたら犬が怒り狂ってお兄様を追いかけ回しましたの。犬って、本能的に弱い相手を襲うんですのね」


 何してるんだこいつは。隣の屋台にボールを投げ込むとか、もはやノーコンとかいう、生やさしいレベルじゃないだろ。


「お兄様ったら、あまりにも慌てて逃げたものだから、石につまづいて近くの水たまりに転んでしまいましたの。そのうえ転んで四つん這いになったところを、後ろから犬に尻を噛まれましたわ。わたくしが犬を追い払いましたけど、全身が泥だらけで・・・それで、お兄様のお洋服を全部脱がせましたの。たまたま付き添いの侍女が、リボンがいっぱい付いたピンクのドレスを持っていたので、お兄様にそれを着せましたわ。そしたらお兄様はとても喜んで、一緒に手をつないでお城に帰りましたわ。あの時は、ちょっと怖かったですわね」


 いや、キャサリンの方がよっぽど怖いわ。というか、また服を全部脱がせたのかよ。おまけに、またドレスを着せたのかよ。さらに、嬉しそうに手をつないで城に帰るなよ。アルカナ王国の王子が「女装趣味」になったらどうすんだ。


 いやいやいや、これどう見てもお兄様をいじめてるよね、なんかキャサリンには特殊な趣味があるよね。最初からそういう予感はあったけど、これは確定だよね。

 

 さらに歩くと道の両側に多くの露店が軒を連ねる場所に出た。露店の多くは商品を並べるカウンターと布製の天幕、それと商品を飾るための木製の棚で形作られている。市場はさすがに人の往来も多い。食料品の露店と思しき店の前には、果物や野菜に混じって素焼きの壺に入った見慣れないものが置かれていた。何だろう。店の主人に尋ねてみた。


「これはなんだ? 食べ物なのか?」


「これは蛾の幼虫ですよ、いわゆるイモムシです。どうです、今朝採ったばかりでまだ生きてます。美味しそうでしょう? そのままでも食べれますよ。試食してみますか?」


「う・・・ああ、まあそうだな。せっかくだけど、今は遠慮しておこう」


 それはイモムシだった。小指ほどの太さがあるその幼虫には緑と黒の縞々模様があり、素焼きの壺の中で多数の幼虫がうねうね動いている様は、お世辞にも美味しそうとは言えない。もちろん食文化というのはデリケートな話題だ。人々が喜んで食べているものを見て顔をしかめたり、うげーなどと言おうものなら相手に不信感を与えてしまうだろう。ここは我慢だ。


 とはいえ、俺はイモムシなんか絶対に食えない。しかし・・・いや、まさかイモムシが国王の食事として出されることは無いだろうな。だんだん不安になってきた。


 横からキャサリンが店主に向かって言った。


「何言ってるのよご主人、お兄様が好きなのは、そんなんじゃないわ」


 そうだそうだ。キャサリンの言葉に、俺は小刻みに頷いた。キャサリンが続けた。


「お兄様はそんな小さなイモムシではなく、もっと大きなイモムシが好きなのよ。ね、お兄様。今度、お城の料理人に頼んでおきますわ、でっかいイモムシ」


 うおおマジでイモムシが好物だったのかよアルフレッド国王。これは下手をすると、有無を言わさずキャサリンにイモムシを食べさせられることになりそうだ。暗殺や侵略の脅威よりも、まずはこっちの方が緊急的にヤバいぞ。


 市場に集う人々の身なりを観察してみた。着ている服の多くは茶色か黒っぽい色をしており、色味が少なく地味である。生地の感じからして素材はおそらく羊毛だろう。継ぎはぎの服や、かなり擦り切れた服を着ている人も多い。身なりは貧素だと言える。


 それに、立ち並ぶ露店の数は多いのだが、店に並ぶ品物の数は決して多いとは言えない。とはいえ他の地域の市場を見たわけではないから、この世界ではこれで標準的なのかも知れない。そこでミックに尋ねてみた。


「アルカナの庶民の暮らしは、他国に比べてどうですか」


「そうですね、貧しくて生きていけないほどではないと思いますが、正直に言えばあまり豊かではないでしょう。このところ雨が少なく、作物の出来が良くないのです」


 季節は晩秋だというのにかなり暖かい。比較的暖かい地域なのか。しかし地面はパサパサに乾いており、足で蹴ると土埃が舞い上がる。


「ずいぶん地面が乾燥しているが、もともと雨が少ない地域なのか?」


「そうですね、この地域はもともと雨が少ないです。南の方には海があって雨雲が陸地に向かって流れて来るのですが、王都の南にある山脈によって遮られてしまうので、ここまで届きません。ただでさえ雨が少ないのに、このところの雨不足は深刻で、収穫量にかなりの悪影響が出ています。食料の価格が上がっており、貧しい者の中には食べ物に困る者もおります」


「それは深刻な問題だな。明日は農地を視察してみたいと思う」


「そうですか、それなら明日は王都周辺の王国農場をご案内いたします」


 その後、俺たちは西門へ向かった。



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