第三十五話 廃鉱山の罠
瓦礫に塞がれた坑道を見ながら、カザルが愕然とした表情でつぶやいた。
「なんてこった、話が違うじゃねえか・・・」
ルミアナはカザルの言葉を聞き逃さなかった。
「カザル、話が違うとはどういうこと?」
「あ、いや何でもねえ、こっちの話だ」
「ふーん、カザルは何かを隠しているようね」
「やべえ」
カザルが慌てて坑道の奥へ逃げようとしたが、その腕をレイラが素早く掴んだ。
「おっと、逃がすものか。大人しくしなさい」
「は、放せ」
レイラが暴れるカザルを羽交い絞めにした。ルミアナはポーションバッグから一つのポーションを取り出すと、カザルの顔の近くで蓋を開けた。カザルは必死に叫んだ。
「うわ、何をする気だ。やめろ、やめてくれ」
「別にあんたを殺そうというんじゃないの。ただ隠していることを、すべて正直に話してもらうだけよ」
ルミアナが<催眠>の魔法を使うと、カザルはたちまち意識が朦朧となり、地面に座り込むと催眠状態に陥った。
ルミアナはゆっくりとカザルに尋ねた。
「あなたは、この温泉に来る前に、誰かと話をしましたね。それは誰ですか」
カザルは静かに話し始めた。
「・・・誰かって? 名前は知らねえが、ろくでもねえ連中にはちがいねえ。すげえ儲け話があるって話で、あっしを誘ってきたんでさ。あんたたちを閉じ込めて、身代金を取ろうって話だった」
「なぜ、そんなことをしたの?」
「あっしは、女と博打に目が無くて、そのおかげで膨大な借金をしちまった。カネが無くて、つい苦し紛れに闇金融にまで手を出したんだ。カネを返さねえと殺すと脅されて・・・。だけど、とても返せる金額じゃねえ。そこに、都合よく儲け話が転がり込んできたんだ」
「それで、私たちをこの廃鉱山に連れて来たのね」
「そうだ。あんたらを鉱山の中まで誘導したら、あっしだけ入り口に戻って鍵をかけて閉じ込める。そして王国政府に身代金を要求する手はずだった・・・」
「でも、実際には入り口を崩されて、あなたも坑道に閉じ込められてしまった」
「・・・俺は裏切られたのかも知れない」
ルミアナはちょっと考えてから言った。
「これは身代金が目的じゃないわ。身代金が目的なら落盤を起こさせるわけがない。最初から私たちを亡き者にするつもりだったのよ。だから私たちが絶対に出られないように落盤を起こした。口封じのためにカザルも一緒に坑道に閉じ込めたのよ」
事情が呑み込めたルミアナはカザルの催眠を解いた。カザルはしばらくぼーっとしていたが、やがて正気を取り戻すと言った。
「あれ・・・俺は何をしていたんだ?」
ルミアナが言った。
「催眠魔法をかけて、すべて喋ってもらったわ。あなたが、おカネに困って私たちを罠にはめたってこともね」
レイラが剣を鞘から引き抜いてカザルに突きつけた。
「さあ、この落とし前はどう付けてもらおうか」
ランタンの光に照らされて白刃が光る。
カザルは観念したようだった。ガックリと肩を落とし、ため息をついた。
「・・・ちげえねえ、あっしは殺されても文句は言えねえ。いくら借金を返せなくて自分の命が危うかったとはいえ、あろうことか、国王様のご一行を廃鉱山に閉じ込めちまうなんて、許されることじゃねえ。どのみち、あっしは借金を返せなくて死ぬ運命だったんだ」
レイラはカザルに剣を突き付けたまま、俺を見た。俺が判断しなければならない。
「この場でカザルを殺しても意味はない。それに、この男は借金で首が回らなくなり、何者かに利用されて悪事に加担せざるを得なかったのだ。最も罪深いのは、これを仕組んだ何者かだ。俺たちは、まず、ここから脱出する方法を考えねばならない」
レイラが剣を鞘に収めた。
ルミアナが言った。
「陛下、この廃鉱山に入る時、鉱山の内部から弱いながら空気が流れ出しているのを感じましたわ。それが勘違いでなければ、鉱山の奥は、どこか別の出口につながっている可能性があります」
カザルが周囲を見回しながら真剣な表情になった。
「待ってくれ。この廃鉱山は見たところ、大昔にドワーフが掘ったものに違いねえ。そうだとしたら、鉱山の構造もなんとなくわかる。あっしが一緒に坑道を探索すれば、別の出口が見つかるかも知れねえ」
キャサリンがカザルを指さして、甲高い声をあげた。
「なによ、お風呂を覗いたうえに、こんなところに閉じ込めたくせに、今さらそんなこと言われても、信用できませんわ」
俺はカザルの顔を見据えて言った。
「まあよい。お前を信用してやろう。この期に及んで、さらに俺たちを騙そうとは考えないだろうからな。だが、この代償は相当に大きなものだ。わかっているのだろうな」
「もちろん、もちろんですとも、重々わかっておりやす国王様。この罪は一生をかけて償います」
「うむ。ところで、この廃鉱山について何かわかるのか」
「ドワーフの鉱山には、だいたい中央付近に管理室のような部屋があるもんでさ。そこには鉱山全体を地図にした石板のようなものがあるんです。それを調べれば別の出口がわかるかも知れやせん」
「ところでカザルが話していた蟻の化け物ってのは?」
「すいません、あれは皆さんを誘い出すための嘘です」
「まあ、化け物が居ないに越したことはない。先へ進もう」
坑道は下に向かってゆるやかに傾斜していた。そのまま坑道をしばらく降りると、道は十字路に行きついた。壁には古いプレートが埋め込まれている。カザルがプレートに刻まれた古いドワーフの文字を解読すると、右方向に管理室があるらしいことがわかった。
十字路を右折してさらに進むと、不細工な形をした茶碗にも思える丸い物体が暗がりの中にいくつか転がっている。キャサリンは何気なくそれを拾って眺めていたが、いきなり悲鳴を上げて放り出した。
「きゃー、人間の頭蓋骨だわ。こわいですわ、お兄様」
見渡すと、坑道の横壁に空けられた広い開口の向こう側に、石碑のようなものが並んでいる様子が暗闇の中にうっすらと見えた。カザルが言った。
「ああ、頭蓋骨はそこの部屋から転がってきたもんだな。おそらく、あそこは、事故で死んだ鉱夫の墓場だ。墓の中には、この先の探索で役に立つものが埋められているかも知れねえから、探してみやしょう」
キャサリンは呆れたようにドワーフを見た。
「あなた墓荒らしする気ですの、本当にくそドワーフですわね」
俺はキャサリンをなだめた。
「今はそんなことを言っている場合ではない。ここから脱出することが最優先だ。この際だから、使えそうなものはいただこう」
「お兄様がそうおっしゃるならいいですわ。わたくしも探してあげます。わたくしが役に立つものを見つけたら感謝するのよ」
鉱夫の墓場だという部屋には、掘り返された骸骨が散乱している。墓はかなり荒らされており、すでに金目のものはことごとく奪われているようだ。使えそうなものが残されていないか手分けして探してみたが、ランタンの明かりだけでは暗すぎてよくわからない。
キャサリンが何かを見つけたらしく、鼻息も荒くカザルの元へずんずん歩いてくると自慢げに言った。
「ちょっとドワーフ、こんなの見つけたわ。役に立つかしら」
「おお、それは・・・尿瓶ですぜ。ドワーフの鉱山じゃあ、作業途中に用を足すことができないんで、尿瓶におしっこをためておいて後から捨てるんです。それ、お嬢ちゃんが使いやすか?」
「あたしが使うわけないじゃないの、うげ、思い切りつかんじゃったわ」
キャサリンが慌てて地面に叩きつけると、尿瓶はどこかへ飛んで行った。ブリブリしなから再び探し始めたが、すぐにまた何かを見つけたようだ。
「ちょっとあんた、今度はどうかしら。毛が、もじゃもじゃですわ」
「それは・・・づらだな。かつらでさあ。ドワーフはハゲが多いから、づらを付けてる奴が多いんですぜ。ちなみに、あっしもハゲでさあ」
「これ、づらなの?・・・なによあんたのハゲ頭にぴったりじゃないの! こんなもん、あんたにあげるわ」
カザルの目の前に、づらを叩きつけると、ブリブリしなから再び探し始めた。しばらくするとまた何かを見つけたようだ。今度はかなり重いものを見つけたらしく、地面をずるずる引きずる音が聞こえてきた。
「はあはあ、ちょっとあんた、はあはあ、これは何か絶対に凄いものだと思いますわ。無茶苦茶重たいですもの。も、持ち上がりませんわ」
「やや、お嬢ちゃん、そいつぁは凄いぞ。ドワーフ族専用のウォーハンマーですぜ。人間には使えない武器だから、盗まれずにずっと放置されていたのかも知れません。お願いだからそいつをあっしにくだせえ」
キャサリンの態度が急にデカくなった。
「おーほほほ、どんなものかしら、それはあんたにあげるわ。感謝しなさいよ。そのかわり、これからは私のいう事をなんでも聞くこと。わかったわね」
その時、突然ルミアナが言った。
「ちょっと静かにして。・・・音が聞こえるわ」
その声にキャサリンは驚いて飛び上がった。びくびくしながら周囲の暗闇を見回す。
「なな、何よ、ルミアナ。急に脅かさないでよ。ドワーフの亡霊でも出たの?」
「そうじゃないわ。魔法石の囁きが聞こえるの。この墓地のどこかにあるみたい」
俺はルミアナの傍に寄ると、小声で言った。
「魔法石の囁きだって? <素材探知>の魔法を使ったのか?」
「そうです、素材探知の魔法を使いました。どうやらこの辺りには魔法石があるようです」
「わかった、私も試してみよう」
坑道に閉じ込められた状況で魔法石など悠長に探している場合ではない気もするが、もし魔法石を入手できれば、坑道から脱出するために役立つかもしれない。俺も<素材探知>を周囲に発動した。すると、微かにではあるが、音楽のような、風の音のような、聞いたこともない音が聞こえてきた。
墓地は幾つもの部屋に分かれており、すべて合わせるとかなりの広さがある。ルミアナはその部屋の一つに入ってゆくとナイフを腰から抜き、地面から結晶を削り取った。暗くて分かりにくいが赤い結晶がルミアナの手の中にあった。
「これは火炎魔法につかう魔法石です。地下から成分が染み出てきて結晶化しています。まだ探せばありそうなので、このあたりを少し探しませんか」
「いいとも。使えそうなものがあれば、採取しておいた方がいい」
俺とルミアナは素材探知の魔法を使って魔法石を探し回った。




