第二十三話 トカゲ族
翌日、俺たち一行は帰路に就いた。今回は、せっかくはるばる西方まで足を運んだのだから、少し寄り道をして、アルカナ西部の町ファーメンの視察を予定していた。
ファーメンは昔から蒸留酒の醸造が盛んで、その芳香と味わいは国内外で高い人気を博している。俺は、こうした特産品の生産を助成して他国との交易を増やしたいと考えているのだ。アルカナには鉱物資源が少ないので、軍事力を強化するためには特産品を開発して輸出し、鉄や銅など金属資源の輸入を増やす必要があるからだ。
ファーメンは、アルカナの西から遥か南へ続く広大なリクル山脈の山すそにある。山脈の山々には南の海から流れてくる雲を受けて大量の雨が降るため、ファーメンの周辺には小さな川が無数に流れ出ている。その清らかな水を利用して酒が作られているのだ。ファーメンはアルカナの最西端にある町であり、王都アルカから馬車でも到着までに数日を要する。
馬車の中はこれまでにない、『微妙な雰囲気』が漂っていた。会話がぎこちない。誰も何も言わないが、その理由は俺にはわかっていた。前日の晩にあれだけイモを腹いっぱい食べたのだから、当然、おならが出るに決まっている。しかも狭い馬車の中である。音を出さないように加減しても臭いまでは消せない。みんな困ってるのだろう。
そこで、俺が率先して女性たちの気を楽にしようと思った。
「おっ・・・、おならが出たぞ。昨日アカイモをあれだけ食べれば、おならが出るのは当たり前だな。みんなも出した方がいいぞ。おならを我慢するとからだに良くない。な、ミック」
「え? ええ、そうですとも。私も朝から十回は放屁してございます。放屁をするとお腹がスッキリいたしますな、あはははは」
「キャサリンも我慢しなくていいんだぞ」
キャサリンが真っ赤になって怒った。
「何で私に言うのよ、お兄様ったらデリカシーがないんだから。私はおならなんかしませんからね。この臭いはすべてお兄様とミック様の臭いなんですわ。お下品ですわ」
ルミアナは澄ましたように言った。
「あら、私はおならなんか気にしませんわ」
「そりゃルミアナはおばさんだからよ。本当は何歳なのかわかったもんじゃないし」
「あら、私は二十歳よ」
「ちょっとお兄様、ルミアナがまたとんでもない嘘をついてますわよ。年齢詐称ですわ」
その時、旅の商人風の荷馬車が、俺たちの乗った馬車の正面からやってきた。背の高い荷台には幌がかけられている。
その荷馬車は近づいて来ると、突然、行く手をふさぐように俺たちの馬車の前に突っ込んだ。俺たちの乗った馬車が急停車する。
キャサリンが座席から前のめりに転げ落ちそうになった。
「きゃああ、どうしたの?」
行く手をふさいだ荷馬車の幌が跳ね上げられ、中から爬虫類のような顔をした生き物が十人ほど飛び出してきた。トカゲ族の兵士である。全員が剣と盾で武装している。トカゲ族の兵士たちは、たちまち俺たちの馬車を取り囲んだ。
「うわああ、トカゲ族の襲撃だ! 襲撃だ! 近衛兵」
御者が大声で叫ぶ。前後を進んでいた近衛騎士がすぐに駆け付けたが、馬車を取り囲むトカゲ族の兵士と組み合いになり馬車に近付くことができない。その隙に残りのトカゲ族の兵士が二名、俺たちの馬車へ小走りに近づくと、怒声を上げながらドアを蹴破った。
「アルカナ国王の命はもらった!シャシャシャシャ」
ところが馬車の中はもぬけの殻である。そう、ルミアナが隠密の魔法によって一行の姿を瞬時に見えなくしたのである。
「なんだ、おかしな臭いはするが、姿は見えぬ。どこへいった! 逃がさんぞ」
トカゲ兵は慌てて後ろを振り返った。その瞬間に馬車の中から目にもとまらぬ速さで剣が突き出され、トカゲ兵の後頭部に深々と刺さった。トカゲ兵は声を出す間もなくその場に崩れ落ちた。トカゲの頭部から剣を抜くと、レイラが大きな鋼鉄の盾を構えて馬車からゆっくり歩み出た。もう一人のトカゲ兵が上段から切りかかってきた。
「死ねえええ」
降り下ろされた剣をレイラが盾で受け、そのまま左に大きく払うとトカゲ兵は体勢を崩してよろめいた。すかさずレイラはその腹部を横から切り裂く。断末魔の叫びを聞いた他のトカゲ兵が思わず振り返る。その顔には戸惑いの色が見て取れる。
「なんだこの女は。俺たちの硬い鱗の体を簡単に切り裂いてしまうとは、化け物か」
弓を構えた二名の近衛騎士がレイラの加勢に入り、横からトカゲ兵に向けて矢を放つ。矢はトカゲ兵の腕と横腹に刺さったが、トカゲ兵はそれらの矢を意図もたやすく抜き捨てるとあざ笑うように言った。
「馬鹿め、お前らの矢が俺たちの鱗の体に通用するとでも思ったか」
トカゲ兵はたちまち弓を持った近衛騎士に飛び掛かると、素早い身のこなしで剣を振りぬき、近衛騎士の腕を切り落とした。近衛騎士が肩の傷口を押さえながら苦悶の表情で倒れる。トカゲ兵は勝ち誇ったように笑った。
だが次の瞬間、風を切る音が聞こえ、トカゲ兵の胸に矢が深々と突き刺さった。一撃で心臓を貫いている。トカゲ兵は叫び声をあげると全身を痙攣させながら前のめりに倒れこんだ。他のトカゲ兵は矢の突き刺さったトカゲ兵の死体を見て、焦りの表情を浮かべた。
「人間の弓矢で俺たちが殺されるなんて、あり得ない。何かおかしいぞ」
「あら、おあいにくさま。私、人間じゃなくてエルフなの」
いつの間にか馬車の屋根の上に立ったルミアナが言った。
「なぜ、こんなところにエルフが・・・なんでもいい、とにかくエルフを殺せ」
馬車に駆け寄るトカゲ兵の前に盾を構えたレイラが立ちはだかった。
「おっと、まずは私を相手にしてからだ」
その言葉が終わらないうちに、ルミアナの放った矢がもう一人のトカゲ兵の額に突き刺さる。矢じりが脳まで達し即死すると、体が棒のように後ろへ倒れた。その様子に、さすがのトカゲ兵たちもおじけづいたのか、じりじりと後ずさった。
これを見て、他の近衛騎士たちの士気が大きく高まった。
「よし、勝てるぞ、トカゲどもを叩き潰せ!」
「おお」
騎士たちは盾を構えてトカゲ兵の逃げ道をふさぐ様に四方から取り囲むと、剣や槍でメッタ突きにし始めた。もともと近衛騎士の数はトカゲ兵の倍以上なので、こうなると戦いは一方的となり、さすがのトカゲ兵も一人また一人と倒されていった。
すべてのトカゲ兵が倒されると、キャサリンが恐る恐る馬車から降りてきた。
「お、おならの臭いで隠れていることがバレるかと思ってドキドキしましたわ」
続いてミックもゆっくり降りてきた。
「いやはや命拾いしました。さすがは近衛騎士の実力者、レイラ様でございますな」
レイラは剣や盾に付いた返り血を布でふき取りながら言った。
「国王陛下も大臣殿もご無事で何よりです。それはそうと、なぜこんなところでジャビ帝国の暗殺隊に遭遇するのか。とても偶然とは考えられません。明らかに我々が来ることを知っていたようです」
ルミアナも同調した。
「同感です。内部に裏切り者が居て、情報を流していることは間違いないでしょう」
ミックが厳しい表情で言った。
「もちろん、今回のトカゲ兵による国王襲撃の件は貴族会議でも報告いたします。裏切者のいる可能性が公になれば、その者たちもしばらくは大人しくなるかも知れません。厄介なのは黒幕が我が国の有力な貴族だった場合です。下手に処罰すれば内戦にもなりかねません」
俺はトカゲ兵の死体が地面に転がる様子を眺めながら言った。
「そうだな、国家経済が危機的な状況にある今は、内戦などしている場合ではない。裏切者が誰なのかを探り出す必要はあるが、仮に裏切者を特定できたとしても、穏便に済ませたいところだ」
ルミアナが自家製のポーションで負傷した近衛騎士の手当をした。強力な止血効果のある薬草で血を止めるだけでも命が救われる。負傷者の傷の手当てを終えると、重傷者は護衛を付けて王都へ返し、残りのメンバーは予定通りファーメンの街を視察することにした。




