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第二十一話 ロマラン王国へ

 その日、俺は自室の窓際に立って外の様子を見ていた。ミックが背後から声を掛けた。


「国王様、報告がございます」


 俺はミックの方を振り返ることなく、窓の外を眺めたまま言った。


「なんだい、ミック」


「最近、王都では奇妙な事件が多発しており、世間を騒がせております」


「ほほう、例えばどのような?」


「王城のお庭で飼われている白ウサギが、一匹のこらず死んだように眠っていたそうでございます。触ってもまったく動かないほど、ぐっすり眠っていたとか」


「なあに、このところの陽気でウサギたちが眠くなるのも不思議はないだろう」


「それだけではございません。王国農場では、鶏が狂ったように走り回っているのが目撃されたり、牛舎のメス牛に口説かれたと主張する乳しぼりの農夫もおります」


「それから?」


「王都の町中まちなかでもおかしなことが起きています。夜中に幽霊を見たものが続出しているのです。どれもが王城の近くでの目撃情報です。あろうことか、アルフレッド国王が真夜中に大通りを素っ裸で全力疾走する姿を見た、と抜かす無礼者まであらわれました」


 相変わらず俺はミックの方を振り返ることなく、窓の外を眺めたまま言った。


「まあ、特に害が無ければ放っておけばいい、そのうち収まるだろう」


「はあ・・・そうですか、何かあればまたご報告いたします。それでは失礼します」


 言うまでもなく、それらはすべて俺の仕業である。内緒で幻惑魔法の練習をしていたのだ。俺には幻惑魔法の才能がないらしく、どうもうまくいかない。鶏は言うことを聞かないし、メス牛が勝手に農夫に色目をつかっている。国王が素っ裸で夜中に大通りを全力疾走したのは、俺が隠密の魔法に失敗して、服だけ透明化してしまったからだ。これが本当のストリーキングである。などと馬鹿なことを言っている場合ではない。少し幻惑魔法の実践練習は自重しなければならないようだ。


 俺はジェイソンの勧めもあり、エニマ王国に続いてロマラン王国へ親善訪問に向かうことにした。ロマラン王国はアルカナの西にある小国で、北方、南方そして東方へ続く交易路の中継点として栄えてきた。


 ロマラン王国へ向かう目的は友好関係を深めるためであるが、もう一つ、重要な目的があった。というのも、ロマランには、十年ほど前に南方交易でアカイモという乾燥に強い作物が伝えられた、という噂を聞いたからである。ロマランではそのアカイモを栽培することで、干ばつによる飢饉の発生を防いでいるという。アルカナ国でもその作物を手に入れて栽培できれば、食料問題を解決するための一助となることは間違いない。


 今回は外交と言っても親善訪問なので、キャサリンも連れていくことにした。連れて行かないと不機嫌になるからであるが、他にも理由がある。お付きの近衛騎士であるレイラの話し相手になって欲しいからだ。エニマ王国への訪問の際には、馬車の中でレイラが全然しゃべらず、無言のまま何時間も一緒に揺られていたので、すっかり気疲れしてしまった。その点キャサリンがいれば、無言で一分以上黙っていられるはずがないからである。


 俺たちはロマランへ向けて出発した。馬車の中では、相変わらずレイラが正面の座席で背筋をピントと伸ばしたまま、前方を凝視している。空気を全然読まないルミアナも地蔵のように黙っている。しかし狙い通りだった。キャサリンが喋り始めた。


「ねえ、そういえば来月、お城でパーティーがあるわね。レイラもお城の警護のために来られるのかしら?」


「はい、もちろんです、お嬢様」


「でも、プレートアーマーで毎回お兄様の傍に立っているのも堅苦しいわ。レイラもドレスにしたらどうかと思うの。警備の担当者は他にもいるし、城の中だから重装備は必要ないわ。ドレスにしてみましょう」


 ミックもキャサリンに続けてにこやかに言った。


「そうそう、私もそう思いますよレイラ様。王室には腕の良い仕立て屋がおりますので、新しいドレスをお作りになってはいかがですか」


「お気遣いありがとうございます。ドレスを着てみたいとは思うのですが、なぜか私が着たドレスはどれも、少し力を入れると、ビリビリに破けてしまいますので、ドレスは着れないのです」


「・・・まあ、それはお可哀そうですわね。普段は何をお召しになってますの?」


「鋼鉄の鎖を全身に巻き、鉄下駄を履いています。アクセサリーとして足に鉄球を付けることもあります」


「鋼鉄の鎖に鉄下駄ですって? よくそんな拷問みたいな格好で平気ですわね。家の中でもそんな恰好をしているの?」


「いえ、それは外出している間に筋力を鍛えるための服ですので、家の中で休んでいる時はローブのようなゆったりした服を着ております。ぶかぶかのローブであれば、力を入れても破ける心配はありません」


「そう・・・まあこの際、ローブみたいな服でもいいわ。プレートアーマーじゃなくて、ふわっとしたローブにしましょう。ところでダンスは踊れますの?」


「申し訳ございません。生まれてこの方、ダンスを踊ったことはございません。なにしろ日夜剣術の稽古に励んでおりましたもので、そのような暇は・・・」


 そう言いかけたレイラは、何かを思い出して嬉しそうにミックに向かって言った。


「おお、そうでした。わたくし、ペアでダンスを踊ることはできませんが、ペアで組み手をするなら得意です。私の寸止めの技術は確かなので、幸いまだ人を殺したことはありません。パーティー会場では、ぜひ大臣に私のお相手をお願いしたいのですが」


 ミックが飛び上がった。


「ひえ、とんでもございません。レイラ様がまだ誰も殺していなくても、私が最初に殺される人になるかも知れません・・・」


 キャサリンが言った。


「まあ、ダンスは出来なくてもいいわ。ところで、レイラはアクセサリーに興味はないのかしら。例えば指輪よ。ちょっとご覧になって、これはわたくしの指輪ですの。どう?大きな宝石が三つもあしらってあるのよ。レイラもこういう指輪で飾って、意中の男性のハートを射止めるのですわ」


「お嬢さま、それでしたら私も嵌めております。どうぞご覧ください」


「・・・何よそれ」


「アイアンナックルです。これでどんな屈強な男性も仕留めることができます」


「仕留めてどうすんのよ。ハートを射止めるの。それと、指輪に嵌められている宝石が大切なのよ、宝石の魅力で指輪の効果が倍増するのよ」


「はい、私のナックルにもダイアモンド並みに固い宝石が五つも嵌め込まれており、この宝石の殺傷力で威力が倍増しております。どんな男性でも一撃で仕留めることができます」


「いや、だから男性を仕留めるんじゃないの。射止めるの」


 何やら恐ろしい会話が展開されている模様だ。俺も下手をすると、アイアンナックルで仕留められるかもしれない。間違ってもレイラを怒らせてはいけない、優しく接しよう。


 ロマランの王都マリーまでは馬車で十日間ほどの道のりだ。途中、商人たちが利用する街道沿いの宿に泊まりながらの旅である。アルカナからマリーへ向かって徐々に標高が高くなる。ロマランは草原の国である。見渡す限りの丘陵地帯が広がり、草原には羊が放牧されている。ロマランの羊毛と羊肉はアルカナにも輸入されており、その品質の良さからとても重宝されている。


 マリーの近くへ来ると木々も徐々に増えて農地も見られるようになってきた。街に着くと、市場の近くで馬車を止め、干ばつに強いというアカイモを探すことにした。まずこの目で確かめるのだ。食料品の露店はすぐに見つかった。


「ちょっと伺いたい。このあたりでアカイモを売っているという話を聞いたのだが、この店には置いていないのか」


「ああ、アカイモを知らないとは外国の人かね。アカイモならそれだよ」


 店の主人が指さした先には、台の上に山盛りになった見慣れた赤いイモがあった。これはサツマイモだろう。サツマイモなら乾燥に強いのも頷ける。昔の日本でもサツマイモを栽培することで干ばつによる飢饉から農民が救われたという。サツマイモは収穫量も多いので、スラムの食料として最適だろう。品種の関係なのか、形は細長いものが多いようだ。


 生まれて初めてアカイモをみたキャサリンが言った。


「何これ、見るからにまずそうだわ、泥だらけでしっぽがあってネズミみたい。これが食べ物なの?とても食べられるようには見えないけど」


「大丈夫だ。煮ても焼いても食える。十数年前に貿易商が南のジャビ帝国から持ち込んで栽培したのがきっかけで、それ以来ロマラン全土に広まったらしい。これは干ばつに強い作物だから、小麦なんかが不作の時でも収穫できる。食料不足の解消に役立つはずだ。」


 キャサリンは変なものでも見るようにサツマイモを眺めながら言った。


「そうね、わたくしじゃなくてスラムの人たちが食べるのでしたら、見た目が悪くてもかまいませんわね」


 アカイモ・・・いや、転生前の世界のサツマイモは、女性に大人気の食べ物だったからなあ。食べさえすれば、キャサリンも気に入ってくれると思う。



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