表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/124

第十八話 ハーフリングの少女

 エニマ王国の了解を得たので、俺はいよいよアルカナ川の工事に着手すべく工事現場を視察に向かった。


 そして数日後、治水工事の技師、警護の兵士らと共にエニマ川の川岸を上流へ向かって遡っていた。エニマ川が丘陵地帯の谷から出て流れが緩やかになるあたりまで川岸を遡って来ると、治水工事の技師が川を指さしながら言った。


「国王様、このあたりから取水すれば、深く掘り下げなくとも古い川筋に向かって水を導けるかと存じます。新たな水路の建設距離はおおむね五キロメートル、それと場所によっては古い川筋の川底を少し削る必要があるでしょう」


「なるほど、それほど長い距離ではないな。およそどれくらいの期間でできそうか」


「はい、水路はおおむね2年もあれば完成すると思われます。ただし水門の工事も必要です。夏には川の水量が増加して水圧が増すため、水門にはかなりの強度が必要になると思われます。気を付けませんと水門が壊れて、エニマ川全体がこちら側へ流れ込んでくる危険性もあります。そうなると大惨事です」


「わかった。水門の設計は十分に時間をかけて万全を期して欲しい。まずは古い川筋に水を引っ張るための水路の掘削工事を先行させよう」


 俺は額に手をかざしつつ、馬上からゆっくりと周囲を見渡してみた。このあたりの土地は荒れており、樹木もまばらで、背の低い草が一面に生えている。地面は大小の丸い石で覆われており、掘削にはかなり苦労するだろう。


 工事の労働者としてスラムに集まっている人々を採用するつもりだが、この分だと肉体労働の可能な若い男性でなければ役に立たないだろう。食料不足で痩せた人が多いので、どの程度の労働力になるか不安はあるが、おそらく二千人程度の労働力は調達できるはずだ。


 キャサリンが周りを見渡している。ため息をついた。


「なんて荒れた土地なんでしょう、悲しくなりますわね。・・・この不毛な大地を眺めているうちに、わたくし、無性に歌を歌いたくなりましたわ」


「歌だって? 何の歌だい」


「不毛の大地がよみがえることを願う歌、『豊穣の歌』ですわ」


 歌で不毛の大地がよみがえるわけないのだが、ああ見えてキャサリンは意外とセンチメンタルなのかもしれない。ここはキャサリンに気持ちよく歌ってもらうのが良いだろう。


「そうかそうか、それは実にすばらしいことだな。キャサリンの美しい歌声で不毛な大地が蘇るよう、心を込めて歌ってくれ」


「そうしますわ、わたくしにおまかせください」


 キャサリンが大きな声でゆっくりと歌い始めた。


 これが『豊穣の歌か』・・・うっ、なんとも、すさまじい音痴だ。不毛の大地が蘇るどころか死滅するではないか。こんな下手な歌は聴いたことが無いぞ。


 ふと気が付くと、護衛の兵士たちが周囲からいなくなっていた。逃げたのか。


 どうしてこんな音痴が今まで放置されてきたんだ? ああそうか、お姫様だから、キャサリンの歌を止める奴が誰もいなかったんだな。むしろ「お嬢様は歌がお上手ですね」などと無責任におだてるものだから、本人はますます間違った自信をつけてしまったのだろう。


 しばらくすると歌い終わったのでホッとした。しかし今度は二番を歌い始めた。


「キャサリン、この歌は何番まであるんだ?」


「十番までありますわ」


 あと九番も聞かされるのかよ。これはもはや拷問じゃないのか。いや精神攻撃だ。・・・うおお、頭がおかしくなる・・・。


 その時、ふいに偵察の兵士が前方の丘の上を指さして叫んだ。


「おい、あれは何だ」


 丘の上から巨大な生き物が十数匹、こちらへ向かって進んでくるのが見える。見た目はサイに似ているが、背丈は像ほどもある巨大な生き物だ。


 それを見たキャサリンの歌が止まった。


「なに? あれは何?」


 俺はキャサリンに言った。


「もしかすると、キャサリンの歌を聞いて巨大生物が現れたのかもしれない」


「なな、何を言ってるの? わたくしが呼んだんじゃないわ。わたくしの歌のせいじゃないですからね」


 いや、あの歌声を聞いたらモンスターでも発狂するだろう。魔女が殺人音波を発していると勘違いされかねないレベルだ。モンスターがキャサリンの歌を止めに来たのかも知れない。いや、そんなバカを言っている場合ではない。


 ミックが俺の元に馬で駆け寄ってきた。


「国王様、あれはブラックライノです。人前に姿を見せるのは稀なのですが、あれは凶暴で危険な猛獣です。一刻も早くお逃げください」


 どれほど屈強な兵士が完全武装していたとしても、あれほど巨大な獣に突進されれば、弾き飛ばされてしまう。俺も恐ろしくなってきた。治水工事の技師たちが悲鳴を上げながら逃げ出した。


 レイラが馬を降り、巨大な鋼鉄の盾を構えて俺の前に出た。


「陛下はお逃げ下さい。ここは、私が食い止めて見せます」


「馬鹿なことを言うなレイラ。いくら怪力のレイラでも、ブラックライノとは体格がまるで違う。いいから、お前も逃げるんだ」


 そうこうするうちにも、巨大な生物は俺たちに迫ってくる。


 キャサリンが叫んだ。


「お兄様、早く逃げましょう」


 その時、ブラックライノの群れとは別の方角から、一匹のブラックライノが猛烈な勢いで走ってきた。よく見ると背中に小さな人影が見える。激しく揺れる背中から振り落とされまいと、必死にブラックライノの背中に生えている体毛を両手で握っている。その頭上には小鳥が円を描きながらついて来る。


「まってみんなー、待ちなさーい、止まりなさーい」


 その小さな人影が高い声で叫んだ。どうやら少女のようである。その声を聞くとブラックライノの群れは立ち止まり、一斉に少女の方を向いた。少女はブラックライノの群れを追い越し、俺たちの近くまで来ると獣の背中から地面に飛び降りた。こちらに走ってくる。敵意はなさそうだ。


 少女は、ゆったりした作りの地味な茶色いワンピースを着て、腰のあたりをロープで結んでいる。頭にネコ耳の付いたフードを被り、とてもかわいらしい顔の女の子だ。


「おーい、驚かせてごめんなさーい。もう大丈夫ですよー」


 少女は息を切らせて俺の前まで走ってきた。


 レイラが俺の前に出た。


「貴様、何者だ。盗賊ではあるまいな」


 いや、さすがに盗賊じゃないだろ。いつまで盗賊で引っ張るんだ。


 少女は少し驚いた様子だったが、特に恐れることもなく言った。


「盗賊じゃないよ、私はナッピーって言うの。あなた達は誰?どこから来たの?」


 俺は馬を降り、少女に近づいた。


「私はアルフレッド・グレン。アルカナ王国の国王だ」


「へえーすごい、アルカナの国王様なんだ。初めまして。でも、どうして国王様たちがこんな場所に来たの。ピクニックなのかな。でも、このあたりはブラックライノの縄張りだから不用意に近づくのはあぶないよ。ナッピーが止めなきゃ、今頃たいへんなことになってたと思うよ」


 見るからに子供といった風貌の小さな少女である。そんな彼女が巨大なブラックライノたちの群れを止めたのは驚きだった。


「ありがとう、お嬢ちゃんに助けられたよ。でも、お嬢ちゃんはどうやってブラックライノたちを止めたの?」


 少女は少し恥ずかしそうに答えた。


「ナッピーって呼んでいいよ、王様。ナッピーは動物とお話ができるの。なぜかっていうとね、私がハーフリングだからだって、みんなが言うの。人間とは違うんだって。ナッピーたちは、この川の上流の大きな森の中に住んでいるの。みんなは森からめったに出ないけど、私は元気だから森から時々出て遊んでいるの」


 この子が小人族ハーフリングか。ということは、どこから見ても子供に見えるが、これでも大人に違いない。俺は言った。


「動物とお話ができるなんてすごい能力だね、感心したよ。私がこの場所を訪れた理由は、あそこに流れるエニマ川から水路を作ってアルカナ王国の都に水を流すためなんだ。都では水が足りなくて作物が育たず、多くの人が食料不足で苦しんでいる。だから、エニマ川から水をわけてもらおうと思っている」


 少女はからだを左右にねじりながら言った。


「ふーん、王様たちは食べ物が不足しているのね。そういえばブラックライノたちも、このあたりは土地が痩せているから食料になる植物が少なくて困っているの。王都の近くに生えている草木を食べてもいいって約束すれば、水路を作るのを彼らが手伝ってくれるんじゃないかな。ナッピーが聞いてみようか」


 これは願ってもない申し出だ。食料不足でやせ細ったスラムの男たちに働いてもらうだけでは心配で、猫の手も借りたい状況だったからだ。どうみても人間の百倍は力がありそうなブラックライノが加勢してくれたら、工期を短縮できるだろう。


「それは大変ありがたい。もし彼らさえよければ、王都の北部の林や草原に移り住んでもかまわない。そこならここよりも土地は豊かだし、川が完成すれば彼らのために牧草地を整備してあげることもできるだろう。それでどうだろうか」


 ナッピーが言った。


「ライノたちに聞いてみるから、ちょっと待ってね」


 少女はブラックライノたちの方に向き直ると、目を閉じて黙ったままじっとしている。


 ルミアナがその様子をじっと見ている。


「話をするというよりテレパシーのようですね。魔法とはまた別のようです」


 しばらくしてから少女が言った。


「手伝ってくれるそうよ。何をどうすればいいか私が彼らに説明すれば、そのとおりに動いてくれるって。よかったわね」


「ありがとう、本当に感謝するよ。ここで工事が始まったら、ナッピーにはブラックライノたちと一緒に工事を手伝ってほしいんだけど、やってくれるかな。もちろんお礼は十分にするよ。工事が完成したらおカネでもなんでも、欲しいものをあげるよ」


「わかったわ、国王様を助けてあげる。でも、おカネはいらないの。それよりナッピーは元気いっぱいだから、世界中を遊び回りたいの。国王様の住んでいるアルカの都も見てみたいし海も見てみたい。連れて行ってくれる?」


「ああ、もちろんいいとも。工事が終わったら王都に連れて行ってあげる」


「わああい、約束だよ」


「ところで、ナッピーに用事がある時には、どうやって連絡したらいいの」


「ピピはいつも私の上を飛んでいるから、誰かがこの丘の近くに来たら直ぐにわかるの。だから、ナッピーの名前を呼んでくれたら、ピピがナッピーに教えてくれるよ」


 少女の上を飛んでいた小鳥はピピという名前らしい。色や形はツバメに似ている。今はブラックライノの頭に止まって俺を見ている。ナッピーにお礼を言って別れを告げると城への帰路に就いた。


 帰りの道すがら、キャサリンが話しかけてきた。


「お兄様ったら、エルフの次は子供を仲間にする気?」


「ち、ちがうだろ、子供じゃなくてハーフリングだ。見た目が子供というだけで、子供扱いしてはいけない」


 レイラが怪訝な目で俺を見た。


「へ、陛下は幼女がお好きなんですか」


「だから、違うと言っているだろう。ハーフリングだ」


 キャサリンが、わざとあらぬ方向を見て言った。


「お兄様は、女の人なら子供でもおばさんでも好きみたいですわ。ルミアナだって、見た目が若いだけで、本当は百歳を超えたお婆さんかも知れないのに」


「あら、私はまだ二十歳よ」


 キャサリンが怒った。


「また、ルミアナがウソ言ってるわ」


 キャサリンは、またしても昔のことを思い出したようだ。


「そういえば、お兄様は幼い頃から、きれいな女の人のせいでよく痛い目にあっていましたわね」


「な、なんだよ、また子供の頃の話か。で・・・どんな目にあったというんだ?」


「そうね・・・ある時、城のお庭できれいな貴族のご婦人方が数人、立ち話に興じていたのですわ。お兄様ったら、そのご婦人方に見とれて、つい、ふらふらと近づいたのですわ。そして、あるご婦人の連れていた犬のしっぽを踏んづけて、尻に食いつかれたの。おかげで食いついた犬をお兄様の尻から引き離すのが大変でしたわ」


「うーむ、どうも私は犬との相性が悪いようだな」


「さらに別の日には、とてもグラマーな農民の女性が牛を連れて居ましたわ。お兄様がその女性のお尻に見とれて、よそ見をして歩いていたものだから、そのまま女性の連れていた牛のお尻に頭から突っ込んで、顔が大変なことになりましたの。それから・・・」


「まだあるのかよ、それでは私がまるきりアホではないか・・・キャサリンは、よくそんなに詳しく覚えているなあ」


「それはそうですわ、毎日『お兄様観察日記』を付けておりましたもの」


 観察日記なんか付けてたのか。子供のころから兄の行動を毎日監視して記録するとか、すごい執着だな。キャサリンの機嫌を損なったら、どんな秘密を暴露されるか、わかったものじゃないぞ。


 にしても、それは全部「アルフレッドの恥ずかしい秘密」であって本当は俺の秘密じゃないんだ。しかし、俺がアルフレッドに成りすましている以上は、やっぱり俺の恥ずかしい秘密なのか。もうわけがわからないぞ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ