第百九話 ジャビ帝国の成り立ち
乾燥地帯の海岸沿いを歩いて一日ほどの距離に反乱軍の前哨基地があった。前哨基地と言っても、海岸の崖に自然に出来た洞窟を利用した小規模な施設だ。入り口は大きな岩に隠れていて外からは見えにくく、隠れ家には最適な環境だ。
洞窟の入り口を入ってすぐに広い空間があり、十数名ほどの反乱軍兵士がくつろいでいた。脇には炊事場が設置されていて、トカゲ族の女性が食事の支度をしていた。住み込みで兵士の世話をしているようだ。トカゲ族の女性を間近で見たのは初めてだったが、かなりの大柄だった。体格はレイラに近いものがある。女性は俺の姿に気づくと、炊事の手を止めて挨拶した。
「まあ、いらっしゃい。あんたが例の魔法を使うという人間の王様だね、話には聞いているよ。今日は吉報を願って、お祝いの料理を作って待っていたんだ。無事にあたいらのゼーラス将軍を救出して戻ってきたとは・・・うれしいねえ、ありがとう」
トカゲ族の女性を初めて間近で見たカザルは、じっと眺めながら言った。
「で・・・でかい女だな。まあ、身長の低いドワーフ族の俺が言うのもなんだけどよ。それにしても、胸がメロン並みの大きさだな。そういやトカゲ族って乳で子供を育てるのか?」
トカゲ族の女性が答えた。
「おや、あたしらを『鳥やワニの仲間だ』と思ってるんだろうけど、どちらかと言えばあんたたちに近いんだよ。あたしらは卵で産んで乳で育てるのさ。なんだい、スケベそうな顔をして、あたしの胸に視線が釘付けになったのかい? わははは」
珍しくカザルが赤くなった。
「う、うるせえ、何言ってるんでえ」
卵で産んで、乳で育てると言えば、カモノハシという生き物が居たな。あれは哺乳類だそうだ。だからトカゲ族も見た目がトカゲに近いだけで、本当は哺乳類なのかもしれない。
まかないの女性が用意してくれた食事をとりながら、俺たちはゼーラス将軍と今後の作戦について話し合うことになった。その前に、以前から疑問に思っていたことを彼に尋ねてみることにした。
「以前から感じていたことなのですが、ゼーラス殿は私がこれまで見てきたジャビ帝国の将軍たちとはずいぶん印象が違うのです。その、思慮深いというか、平和的な志向があるというか。トカゲ族の中にもそうした人たちは多いのですか」
ゼーラス将軍は、すこし考えてから言った。
「その理由は、私たちトカゲ族とジャビ帝国の成り立ちに関係があるのです。というのも、ジャビ帝国は大きく二つの民族からなる国だからです」
「二つの民族?」
「そうです。トカゲ族は大きく二つの民族からなります。一つは『ジャビラ族』。ジャビラ族は、この乾燥地帯を流れるジャビ川の流域に広がる広大な草原に住み、昔から主に狩猟によって生活していた草原のトカゲの民族です。もう一つは『カダン族』。ジャビ川のはるか上流、南部に広がる熱帯雨林の中に住んでいて、森の中に集落を形成し、昔から採取や農業によって生活していた森の民族です。
狩猟民であったジャビラ族は非常に好戦的な民族で、古くから草原地帯のあちこちに部族国家を形成し、互いに戦いながら覇権を争っていたのです。そうした中で、北方に住む人間の国から鉄の製法がもたらされると、鉄製の強力な武器を手にするようになり、やがて統一国家である初代ジャビ帝国が誕生しました。
その後、ジャビ帝国は勢力拡大のために南部の熱帯雨林に侵攻したのです。そしてカダン族の集落を次々に支配下に収めていきました。これがジャビ帝国の力をさらに強めることになります。食料の増産が可能になったからです。
ジャビラ族の住む草原地帯は乾燥地のため十分な食料を得ることが難しかった。そのため、当初、ジャビ帝国の人口はほとんど増えなかったのです。一方でカダン族の住む南の熱帯雨林地帯は野生の食べ物が豊富でした。そのため、カダン族の土地を支配したジャビ帝国の人口は徐々に増え始めました。
やがて、北方の人間族から農業の知識がもたらされると、その知識を生かしてジャングルに農地を切り拓き、カダン族を使役することで、膨大な食料を生産することが可能になったのです。これにより、トカゲ族の人口が爆発的に増加しました。
そして増え続ける人口によって強大な軍隊を作り出し、やがて北方の人間族の都市や集落を次々に支配下におさめて、人間たちを奴隷として使役するようになった。これによってますます帝国は強大となり、現在のようになったのです」
「なるほど。ジャビ帝国には、そのような歴史があったのですね。だから、ジャビ帝国には二つの民族が存在している。ジャビラ族はもともと狩猟民族であったために好戦的であり、カダン族は農耕民族であったために、比較的温厚で、平和的な性格をもっているわけですね。だから、同じトカゲ族でも性格が大きく異なると」
「そうです。そして現在のジャビ帝国の中では、ジャビラ族が圧倒的に支配的な地位を占めており、カダン族は低い地位に置かれています。そのためカダン族の中には帝国に不満を抱く者が少なからずいるのです」
「なるほど、それが反乱軍なのですね。ちなみにゼーラス殿もカダン族なのですか」
「その通りです。私はカダン族なのですが、このとおり体格に恵まれたおかげで戦場で数々の功績をあげ、将軍の地位にまで上り詰めることができたのです」
隣で話を聞いていたキャサリンが言った。
「つまり、そのジャビラ族が悪いのね。ジャビラ族を退治すればいいのですわ」
ゼーラス将軍が静かに答えた。
「おっしゃることはわかりますが、良いとか悪いとか、そういう話ではありません。良いも悪いもないのです。
私たちカダン族は、長年、恵み豊かな森や自然との共生を大切にし、節度をもって暮らしてきた民族です。だから戦う必要はなかった。一方、ジャビラ族は過酷な自然の中で、自然や他の動物から奪うことでしか生き延びられなかった民族です。厳しい環境が攻撃的な気質を育てた。
種族はそれぞれに長年の文化や生まれながらの特性を背負っています。ですからジャビラ族が「悪」というわけではありません。しかし、今のわたしたちは原始時代に生きているのではありません。原始時代の価値観のままでは、多くの民族が共存することはできないのです。ジャビラ族は変わらねばなりません」
俺はゼーラス将軍に尋ねた。
「ところで、ゼーラス将軍はジャビ帝国をどうするおつもりなのですか」
ゼーラスは俺を正面に見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「皇帝ザスーラを倒し、私が新しい皇帝に即位するつもりです」
その場に緊張感が漂った。俺は言った。
「それは大胆な計画ですね。しかし、皇帝を倒しただけで、あれだけ巨大な帝国をすべて掌握できるでしょうか?」
「中央の役人たちは保身で動きます。皇帝が入れ替わったら、すぐに新たな皇帝に従うでしょう。やっかいなのは軍部です。軍が私に従わなければ内乱が勃発するでしょう。すでに主だった軍団にはカダン族やカダン族の協力者を士官として何人も送り込んでおりますので、彼らを将軍や主だった司令官に任命することで軍を掌握する計画です」
「どのようにして皇帝を倒すのですか。ジャビ帝国の軍事力は強大です。メグマール地方への遠征失敗で大損害を出したとはいえ、まだまだ健在。反乱軍だけでは、とうてい太刀打ちできないでしょうし、わが軍が攻め込んだとしても簡単に攻め落とせるとは思えません」
「アルフレッド殿のおっしゃる通りです。そこで、現在、私たちが計画している作戦は次のようになります。
まずはじめに、南部熱帯雨林にあるカダン族の村がジャビ帝国に反旗を翻し、生産した穀物などの食料を帝国に送るのを止めます。ジャビ帝国は食料の多くを南部に依存していますので、危機的状況に陥るでしょう。そこで帝国は、カダン族の村を制圧し、反乱軍を討伐するために大部隊を差し向けてくるはずです。
帝国軍の兵士の多くはジャビラ族の出身者ですから、草原のような開けた場所での戦いでは無類の強さを発揮できます。しかし南部の熱帯雨林は密林で視界が狭いうえに足場も悪く、行動が制限されます。私たちは村から村へと徐々に撤退しながらゲリラ戦を展開して帝国軍を翻弄し、彼らをジャングルの奥地へと引き込みます。
帝国軍をジャングルの奥深くへ引き込んだタイミングで、アルフレッド殿の率いるアルカナ軍が北方から進軍し、帝国軍の王都を攻撃していただきたいのです。ジャングルの奥深くにまで進軍した帝国軍は、簡単に王都に戻ることはできません。その間は王都の防衛が手薄になっていますので、アルカナ軍が王都を攻め落とし、皇帝を倒すことも可能です」
カザルが興奮して叫んだ。
「そいつはすげえぜ、ジャビ帝国をひっくり返すチャンスだ」
しかし、俺はその作戦に大きな問題点があると感じた。
「確かに面白い作戦ですね。しかし気になる点があります。まず、アルカナ軍がジャビ帝国の王都へ進軍するには、かなりの時間を要することです。アルカナ王国からジャビ帝国までの距離はかなり遠く、ロマラン、ナンタルを経由して向かうと進軍に半年近い期間が必要になります。そのため、補給に相当な労力が必要です。
もう一つは、ロマラン、ナンタルを経由して進軍すると、早い段階でアルカナ軍の動きをジャビ帝国に悟られてしまうことです。そうすると、我々が王都に到着するまでに守りを固められてしまいます」
ゼーラス将軍は腕を組んだ。
「確かにその通りですね。それでは、進軍に船を使うのはどうですか。ジャビ帝国がアルカナ王国に攻め込んだ際には、大型のガレー船を大量に建造して、それでリクル山脈の東側の海岸沿いを北上しました。今度はその逆に、船でアルカナ王国からジャビ帝国に向けて海岸沿いを南下するのです」
「船を用意できれば理想的です。しかし十万人近い軍隊を運ぶための船を作るとすれば、準備に数年は必要になります」
「うーむ、どうしたものか」
横で話を聞いていたルミアナが言った。
「陛下、リクル山脈の東側を徒歩で海岸沿いに南下するしか方法はなさそうです。陸路でアルカナからジャビ帝国へ向かう場合、一般的には、リクル山脈を西に迂回してロマラン、ナンタルを経由し、砂漠地帯を通過するルートを使いますが、このルートだと山脈を大きく迂回するので進軍に時間がかかりますし、その途中で容易に敵に発見されてしまいます。
山脈の東側を南下すれば、ほぼ直線的にジャビ帝国を目指すことができるので、うまくいけば移動時間を短縮できますし、途中に人はほとんど住んでいませんので、ジャビ帝国に悟られることなく帝国の近くまで進軍することが可能でしょう」
副官のザルカンは驚いた。
「山脈の東海岸を徒歩で南下するのですか? それは不可能です。あそこはリクル山脈が海岸まで迫っているため崖が多いうえに、東から吹き付ける海風によってもたらされる雨のため、ふもとには深い森が広がっています。前人未到の僻地です。だからこそ、ジャビ帝国も東海岸の徒歩での進軍はあきらめ、わざわざ船を建造し、東海岸を北上したのです」
ルミアナが言った。
「難しいことは承知しています。しかし奇襲という作戦の性格上、それ以外の方法はないと思います。事前に先遣隊を派遣して進軍ルートの開拓を行います。そしてルートを確立してから作戦を開始するのです。陛下、いかがでしょう」
俺は腕を組んでうなずいた。
「確かに、ルミアナの作戦しか方法はなさそうだ」
ゼーラス将軍も納得したようだった。
ゼーラス将軍がルミアナに尋ねた。
「準備にはおよそどれくらいの期間が必要ですか?」
「そうですね・・・進軍ルートの開拓と軍の準備に、半年は必要でしょうだと思います」
俺たちは大きく頷いた。こうして作戦の方針は決まった。まずは進軍ルートの開拓である。




