第百六話 監獄への潜入
アズハルの案内で向かった入江には両岸に壁のような高い岩山があり、船を隠すには打って付けの場所だった。入り江の奥の砂浜では十数名のトカゲ族の男たちがこちらへ向かって手を振っているのが見えた。反乱軍のようだ。
やがて反乱軍のトカゲ族たちは岸から小舟を出し、俺たちの船に横付けした。俺たちの船から縄梯子を下ろしてやると、数名の男が乗り込んできた。敵意の無いことを示すためか、武装はしていない。人間がトカゲ族の表情を正確に読むのは難しいのだが、その顔には誰が見ても明らかなほどの笑みがあふれている。
反乱軍の代表と思われる一人が前に歩み出た。
「アルフレッド陛下、私たちの要請に応えていただき、本当にありがとうございます。私はジャビ帝国軍でゼーラス将軍の副官を務めておりましたザルカンと申します。アルフレッド国王陛下とは、以前、ロマランにおける捕虜の交換交渉の際にお目にかかっております。現在は反乱軍においてゼーラス将軍の副官を務めております」
そういえば、どこかで見たことがある顔だなと思った。
「ザルカン殿、お顔は存じております。ロマランの件では大変お世話になり、心より感謝しております。それにしてもゼーラス将軍が反乱軍を組織しておられたとは驚きました。トカゲ族と人間族の平和のためにジャビ帝国を変革したいと申しておられましたが、ここまでされていたとは。もちろん、我々としても反乱軍に全面的に協力したいと考えております。そのためにも、まずは捕らえられているゼーラス将軍を救出せねばなりませんね」
「はい。ゼーラス将軍は、ここから南東に海岸沿いを進んだ先にある、デスパイア監獄に幽閉されております。私たちがご案内いたします」
俺たちは小舟で海岸に上陸すると、監獄へ向かって海岸沿いを歩き始めた。同行する反乱軍はおよそ二十名。
道すがら、俺はザルカンに尋ねた。
「小規模な部隊による奇襲作戦ですね」
「その通りです。大軍勢で攻め寄せればすぐに気付かれて、事前に守りを固められてしまいますからね。それに、今はまだジャビ帝国軍をあまり刺激したくないのです。私たち反乱軍は規模で言えばせいぜい二万人程度であり、ジャビ帝国が本気で我々を掃討しようとすればひとたまりもありません。だから、なるべく騒ぎを大きくせずに、密かにゼーラス将軍を救出したいのです」
「なるほど。それで我々に協力を仰いだのですね」
「その通りです。アルフレッド陛下とその部下の皆様は、魔法を使う特殊能力があると伺っておりますので、力をお貸しいただきたいのです」
「おまかせ下さい。必ずゼーラス将軍をお救い致します」
三時間ほど歩くと、前方の丘の上に要塞のような黒っぽい石造りの建物が見えてきた。デスパイア監獄である。監獄は高い崖の上に建築されていた。崖はそのまま海に落ち込んでいる。監獄の入り口は崖とは反対の方向にあり、強固な門と二つの塔によって厳重に守られている。軍事施設ではないので守りの兵は少ないものの、我々が正面から攻撃して侵入するのは不可能と思われた。
俺はザルカンに言った。
「それでは、こうしましょう。我々と反乱軍の部隊を潜入部隊と陽動部隊に分けて、陽動部隊が正門付近で騒ぎを起こし、看守たちを正門に引き付けている間に潜入部隊が海岸の崖を登って裏側から潜入し、ゼーラス将軍を救出します」
「はい、それでお願いいたします。なお、潜入部隊には私も同行いたします。私は帝国軍に所属していた折に何度か訪れたことがありますので、監獄のおおよその内部構造を把握しております。潜入後の案内役を引き受けます」
「それはありがたい。それでは、潜入部隊は私とルミアナ、レイラ、それにザルカン殿。少人数で潜入する。残りは陽動部隊として、正門で敵を引きつけてくれ」
キャサリンが不満そうに言った。
「お兄様! わたくしもお兄様と一緒に監獄に潜入したいのですわ」
キャサリンの服装は、いつものピンクのミニドレスだ。
「潜入って・・・キャサリン、お前、そんな派手な衣装で潜入なんかできるわけないだろ、たちまち敵に見つかってしまうぞ。むしろ、それだけ目立つ格好なら、正門で敵の視線を引き付けるには最適だ。陽動部隊を頼む」
「うーん、確かにそうですわね。視線を引きつけるのは、わたくしにピッタリの役割ですわ。それじゃあ、わたくしは、このあふれるばかりの魅力でトカゲたちの視線を釘付けにしてまいりますわ」
キャサリンの魅力がトカゲ族の男に通じるとは思えないが、まあいいか。
俺たち潜入部隊は陽動部隊と別れ、海岸沿いの林の中を隠密魔法で姿を隠匿しながら、監獄を見上げる崖下に接近した。海岸の崖はほとんど垂直に切り立っていて、とても登れるとは思えない。もちろん、だからこそ、敵の警戒も緩いはずだ。
ザルカンが崖を見上げながら俺に尋ねた。
「すごい崖ですね、これは登れませんよ。どうやって侵入するのですか?」
「我々には登れないが、エルフのルミアナなら登れるだろう。彼女は潜入の専門家だからな。それと、……彼女にこれを持って建物の中に潜入してもらう」
俺は丸めた敷物を手に取ると、広げてザルカンに見せた。
ザルカンが不思議そうに見た。
「何ですかこれは?」
「これは『転送魔法の魔法陣』が描かれた敷物だ。二つの敷物が対になっている。この一方をルミアナが背負って監獄に潜入し、監獄の床に広げる。そしてもう一方を、この地面の上に敷く。そしてこの地面に敷いた敷物の上に皆さんが乗って私が転送魔法を念じると、建物の中に広げた敷物の上に魔法で移動できるのです」
「おお、それはすごい。それなら私も崖を登らなくて済みます」
「そうです。そして監獄から脱出する時にもこれを使います」
それから俺はレイラに向き直って言った。
「俺たちが戻るまで、レイラはこの場所で地面に敷いた敷物を守ってほしい。もし敵が接近するようなら、敷物を安全な場所へ移動させてくれ。」
レイラは少し心配そうな表情を見せた。
「はい、承知いたしました陛下。・・・しかし、私が建物の中まで同行しなくて本当に大丈夫でしょうか。もし強い敵に遭遇したら危険です」
「大丈夫さ。今回は隠密行動だし、いざとなれば私には攻撃魔法がある。魔法石もバッグの中にちゃんと準備してある。なに、すぐに戻ってくる」
俺は林の向こう、監獄の正門付近に目を向けた。
「ところで、陽動部隊の作戦は順調に進んでいるのだろうか。まだ監獄の兵たちに動きは見られないのだが・・・」
ーーー
そのころ、正門付近の草むらには陽動部隊が潜んでいた。陽動部隊はカザルが指揮していた。カザルは反乱軍のトカゲ兵たちに言った。
「考えたんだが、トカゲ族と人間族がいっしょに行動していたら不自然だ。ここは人間だけで連中を挑発するから、あんたらは、ここに隠れていてくれ。もし敵が正門から出てきて俺たちを襲ってきたら、そん時は援護を頼むぜ」
カザルが反乱軍の兵士たちに作戦を説明していると、その横をキャサリンがずかずかと歩いて草むらから出て、道路の真ん中を正門の方へ歩いていった。その様子を見てカザルは飛び上がって驚いた。すぐにキャサリンを追いかけて声を掛けた。
「ちょ、ちょっと、キャサリンお嬢様どこへいくんですか、危ないですぜ。そんな派手なピンクの服を着て正門の前に出て行ったら、格好の標的にされちまいますぜ」
「大丈夫よ、カザル。わたくしに良い考えがあるの」
「何言ってんですか、ろくでもないこと考えてるに決まってますぜ。まいったな。おい、サフィー。キャサリンお嬢様の後ろへ付いて行って、防御魔法で守ってくれ」
「心得た。われにまかせるのじゃ」
ピンクの衣装を風になびかせて、キャサリンが正門の正面に歩いて来た。あまりにも場違いなキャサリンの登場に、たちまち正門を守る兵士たちの目は釘付けになった。
「な・・・なんだあれは・・・」
呆気に取られて静まり返っている。何事がおきたのかと、成り行きを見守っているようだ。キャサリンが正門の真ん前まで歩いて来た時、我に返ったトカゲ兵の門番がキャサリンに向かって大声で呼びかけた。
「お、おい、そこのイカレタ服を着た人間の女!」
キャサリンがムッとして言い返した。
「何よ、イカレタ服とは失礼ね。あんたには美しさというものがわからないの」
「はあ? この泣く子も黙るデスパイア監獄にピンクの服を着て来るなんて、イカレてるに決まってんだろ。いったい貴様、何者だ」
「わたしはアルカナ王国の歌姫ですわ」
「はあ? 歌姫だと? 歌姫が、監獄に何の用だ」
「監獄に囚われている、哀れでかわいそうな囚人たちを解放して欲しいの。心が洗われるようなわたくしの歌声を聴けば、きっと囚人たちを解放したくなるのですわ」
それを聞いたトカゲ兵たちが大声で笑い合った。
「歌を聴かせるから囚人を解放しろだと? は! 何を寝ぼけたことを言っているんだ。歌くらいじゃ囚人を解放なんかできねえよ。まあいいや、そんなに歌に自信があるってんなら、どれほどのものか歌ってみろよ。聞いてやるぜ」
「ふふん、聞いて驚きなさいよ」
キャサリンが大声で歌い始めた。例によってすさまじい音痴だが、声量だけはオペラ歌手顔負けの大声である。なにしろ雪山で雪崩を起こしたほどの音量だ。正門にキャサリンの歌が響き渡った。
歌を聞いた正門のトカゲたちは大騒ぎになった。
「ぐえええ、なな、なんだこの下手くそな歌は。とても、この世のものとは思えん」
「ええい! 歌をやめんか。狂った歌をやめろ」
トカゲ兵たちはキャサリンに向かって、石を次々に投げつけ始めた。
「おっと、これはまずいのじゃ」
キャサリンのすぐ後ろにいたサフィーが素早く<魔法障壁>を展開し、投石を弾き返した。一方、石を投げつけられたキャサリンは不機嫌になった。
「何よ、あんたたち。せっかくわたくしが心を込めて歌っているのに・・・、もしかして、声が小さくて良く聞こえないのかしら。それなら、もっと大声で歌って聴かせますわ」
キャサリンは、一段と大声で歌い始めた。
「うわ、ますます音がでかくなったぞ」
「うるせえええ。あの女を黙らせろ! 弓兵、あのイカレたピンクの女を狙え!」
怒声と共に、塔の上からも門の上からも、矢が雨のように降り注いだ。だがサフィーの魔法障壁のおかげでダメージはまったくない。キャサリンは飛んでくる矢など眼中になく、自分の歌に酔って、大声で歌い続けている。
離れた場所で耳をふさいでいたカザルがサフィーに声をかけた。
「おおい、サフィー、大丈夫か」
「はあ? 大丈夫かって、何がじゃ?」
「歌だよ、歌。そんな近くでキャサリンお嬢様の下手くそな歌を聴いて大丈夫か? あたまがおかしくならないか心配なんだが」
「あっはっは、魔界の連中の歌に比べれば、こんなの子守歌のようなもんじゃ。魔界には『歌を聴かせる拷問』てのがあるから、もっとすごいぞ」
「まじかよ。魔界の連中って、どんだけ音痴なんだ」
門の上のトカゲ兵たちは、キャサリンの歌がまったく止まらないことにいら立っていた。
「くそ、矢がすべて弾き返されるぞ、どうなってるんだ」
「ええい、こうなったら投石機を持って来い、何としても歌を止めさせるんだ!」
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そのころ、崖下の林から監獄の様子を見張っていたルミアナが言った。
「兵士たちが正門の方へ向かい始めました。投石機まで出動しているようです」
「投石機まで出動するとは、あいつらどんだけ派手に暴れているんだ。よし、それじゃあ私たちも潜入を開始しよう」




