第百五話 ゼーラス将軍、幽閉される
俺たちがエルフ王国を訪ねていたころ、ロマランの総督をしていたゼーラス将軍は、副官のザルカンと共にジャビ帝国の王都ザグラードにある宮殿にいた。ゼーラス将軍が独断でトカゲ族の捕虜とロマランの人間奴隷を交換したため、皇帝の命令により本国に召還されたのである。
ザルカンが隣を歩くゼーラスに言葉をかけた。
「いよいよですね」
「ああ、いよいよ、その時が来たのだ」
二人は宮殿の中を進み、謁見の間に入った。そして正面に築かれた高い玉座の前に進み出ると皇帝の前に跪いた。ジャビ帝国の皇帝ザスーラはやや小ぶりの黄金の冠をかぶり、金糸がふんだんに編み込まれたえんじ色の服を着て玉座に座っていた。ザスーラは静かに切り出した。
「将軍ゼーラスよ。貴様は、先のアルカナ王国侵略戦で敗残した我が帝国軍の兵士五万人と、ロマランの人間奴隷四万人を交換したそうだな。なぜ、そのような勝手な真似をしたのだ。私に申し開きをしてみよ」
「はっ。アルカナ王国に捕えられているトカゲ族の同胞を救うには、アルカナの申し出に応じ、ロマランに奴隷として捕らえている人間と交換するしか方法はないと考えたからです」
ザスーラは見下したように言い捨てた。
「ふん、愚か者が。トカゲの兵士と人間奴隷の、どちらが役に立つか、貴様はそんなこともわからんのか。あのトカゲの馬鹿な兵士どもは破壊と殺人しか能がない連中だ。戦いがなければ、単なる穀潰しに過ぎん。一方、人間の奴隷は器用だ。強制的に働かせれば食料を生産し、衣類を作り、建物を建築できるのだ」
ゼーラスは食い下がった。
「しかし、我が同胞であるトカゲたちを救うことが、最も大切なことではないですか」
「バカを言うな。トカゲなど毎年毎年いくらでも生まれてくる。むしろ人口が増え過ぎて困っておるのだぞ。だから戦争は口減らしのためでもある。トカゲなどいくら死んでも構わん。戦争で人間から略奪し、そして人間の奴隷を連れ帰ることが我が帝国の繁栄を支えているのだ」
ゼーラスはひれ伏したまま、必死に訴えた。
「恐れながら申し上げます。しかしながら、それではいずれ行き詰ってしまうでしょう。人間たちは着実に力を付けてきております。その証拠に、今回のアルカナ王国侵略戦争でも、我がジャビ帝国軍は完膚無きまでに敗北しております。人間は帝国には無い新兵器を開発しており、恐らく、今後はさらに強力な兵器も作り出すでしょう。
これからは、人間族の国を侵略する事がますます難しくなります。むしろ人間族と平和な関係を築き、彼らから技術を導入し、教えを受けることで、我々トカゲ族が自らの力で繁栄をつかみ取る努力をすることが肝要と存じます」
ザスーラは眉間にしわを寄せて、声を荒げた。
「馬鹿なことを申すな、常に支配者であることがトカゲ族の伝統と誇りなのだぞ。人間族に教えを乞うだと? それがどれほどの屈辱かわかっているのか。侵略あるのみだ。今回の戦争でアルカナに敗北したのは、投入した兵力が不足していたからだ。次回は今回の三倍の兵力を用いて攻め込む。準備に年月を要するが、必ずアルカナを、そしてメグマール地方すべてを侵略してみせる」
「しかし・・・」
ザスーラは激高した。
「黙れ! 貴様のような腰抜けが居るからジャビ帝国は弱体化するのだ。ロマラン奴隷と捕虜を交換した貴様の判断は、まったく許されるものではない。そして副官として常にゼーラスと共にいたザルカンは、ゼーラスの暴挙を止める立場にありながら、それを見過ごした罪は重い。
両名とも監獄島へ死ぬまで幽閉するものとする。ただちに二人を捕らえて連れて行け」
衛兵たちはすでに準備してあったロープを使って二人を後ろ手に縛ると、周囲を六名の兵士で取り囲み、槍を構えて出口へと突き立てた。
「さっさと歩け、この売国奴め!」
二人は宮殿の出口から外へ出て、すこし開けた場所に出た。
ゼーラスは空を見上げると、大きくゆっくりと息を吸い込んだ。雲一つない快晴。それから、ゼーラスはおもむろに唸りだし、全身の筋肉を怒張させると、後ろ手にしていたロープを力任せにぶち切った。
衛兵が仰天した。
「な・・・なんだと、拘束用のロープを引きちぎるとは、化け物か」
「逃がすな、捕らえろ」
驚いた兵士たちが槍を突き出してゼーラスを攻撃してきたが、ゼーラスはそれを右手でつかむと手前に引き、バランスを崩した兵士を左足で蹴り飛ばした。蹴られた兵士はグエと叫んで十メートルほど向こうにすっ飛んで行き、倒れて動かなくなった。
兵士から槍を奪ったゼーラスは、たちどころに残りの兵士を殴り倒すと、倒した兵士の腰から短剣を抜き取り、副官ザルカンの手首を縛ったロープを断ち切った。
その様子を見た周囲の衛兵があわてて追う。兵士が叫ぶ。
「囚人が逃げたぞ、逃がすな、追えー」
ゼーラスを先頭に、二人は全力で宮殿の門に向かって走る。門の外には二人が乗ってきた騎乗竜が繋いでいる。それに乗れば、城外まで脱出できる可能性がある。まだ門は開いている。だが、騒ぎに気付いた門番たちが槍を構えて二人に向かってきた。
「そこの囚人、止まれ。止まらんと殺すぞ」
だがゼーラスはそのまま全力で突っ込むと手にした槍を振り回して兵士の槍を弾き飛ばし、兵士たちを叩きのめした。後ろからも多数の兵士たちが追ってくる。門番が左右の大きな扉に手をかけ、閉めようとしている。
ゼーラスが叫ぶ。
「どけえええ、ぶち殺すぞ」
門番はその剣幕に恐れをなして動きを止めた。扉はまだ閉まっていない。
だが、次の瞬間、門の上から投網がゼーラスに向けて投げつけられ、ゼーラスは網に絡まって大きく転倒してしまった。
副官のザルカンが足を止めてゼーラスに駆け寄る。
「ゼーラス将軍! いまお助けいたします」
網に捕らえられたゼーラスは、振りほどこうと暴れながら叫んだ。
「行け! 二人とも捕まるわけにはいかん。お前は行くんだ!」
ザルカンは門に向かって走る。そして、まさに閉じようとする扉の隙間から何とか外へ出ると、近くに繋いであった騎乗竜に飛び乗った。そして鞭を当てると、全速力で坂を駆け降りて行った。
大声でザルカンが叫ぶ。
「ゼーラス将軍、待っていてください! 必ず助けます。必ず助け出してみせます!」
ザルカンの乗った騎乗竜は土煙を上げながら南へ走り去って行った。
ーーー
一方、俺はエルフ王国に数日滞在して魔法石やポーションの素材を買ったのち、王都アルカの城に戻っていた。エルフ王国でジャビ帝国との戦争で大量に消費してしまった魔法石を補充できたので一安心だった。とはいえ、そのおかげで大量の金貨を使ってしまったのは痛かった。
話ではエルフ王国でも魔法石は昔ほど潤沢に手に入らないらしい。採取する労働者が減ったことで、生産量も減ったのだ。
そんなある日、ナンタルのレジスタンスの一員であるアズハルが面会に来た。
俺はアズハルに声を掛けた。
「やあ、アズハルではないか、久しぶりだな。何か私に用件でもあるのかな」
「あるなんてもんじゃないよ、王様。ロマランの総督をしていたゼーラスってトカゲの将軍を知ってますか」
「もちろん知っているとも。彼のおかげでロマランに捕らえられていた奴隷を開放することができたのだからな。感謝しているよ」
「そのゼーラス将軍がジャビ帝国の皇帝に呼び戻されて、本国で捕らえられ、どこかの島の監獄に幽閉されてしまったらしいんだ」
「幽閉だって? 本当か! ううむ・・・ゼーラス将軍も、そうなるかもしれないと言っていたが、懸念が現実のものになったのか。残念だ。何とかして助け出したいところだが、詳しい情報はあるか?」
「俺たちも詳しくは知らないんだ。俺たちに接触して来たジャビ帝国の『反乱軍』という連中が詳しく知ってるらしい。今回の情報も、そいつらから聞いた話なんだよ。どうやら『反乱軍』の頭をゼーラス将軍ってトカゲがやってるらしい。それで、ゼーラス将軍を助け出すために力を貸して欲しいって話なんだよ」
俺は驚いて身を乗り出した。
「なに? 反乱軍だと。そうか、ゼーラス将軍は反乱軍を組織していたのか。ジャビ帝国をひっくり返すつもりなんだな。それが成功すれば人間族とトカゲ族の和平が実現できるかもしれない。何としても彼を救出しなければならないな。我々はどうすればいいだろう」
「反乱軍によれば、救出部隊を集めて、タマールの町の郊外で合流しようという話らしいよ。近くまで行けば出迎えてくれるはずさ」
「よし、すぐに出発の準備をしよう」
俺は早々に仲間を招集してタマールに向けて出発することにした。今回はトカゲ族の反乱軍と行動を共にすることになるので、ザクとゾクも同行させることにした。俺はザクとゾクを呼び出した。二人はすぐに俺のもとにやってきた。
相変わらずゾクがボケをかませてきた。
「へへへ、もしかして俺たちに褒美でもくれるんでしょうか、陛下」
ザクはゾクの頭を叩きながら言った。
「バカか、そんなわけねえだろ・・・ところで陛下、急に私たちを呼び出したりして、何の御用でしょうか。陛下が俺たちに用事と言えば、まさか・・・」
「うむ、その通り。今回はジャビ帝国の監獄を襲撃して、囚人を脱獄させる」
「うわあ、今度は監獄を襲撃するときた。俺たち完全にジャビ帝国のお尋ね者だぜ」
ゾクがザクを小突きながら言った。
「へへへ、そういえば、お前はタマールの町も火の海にしてるからな。捕まったらたっぷり拷問されて、散々苦しんでから死刑だぜ、こりゃ大変だ、どうする?」
「バカか、なにを他人事みたいに言ってんだ、お前も同罪なんだぞ」
俺は二人に言った。
「いや、その心配はない。今回はジャビ帝国と対立する反乱軍の将軍を救出する作戦だ。もし反乱軍がジャビ帝国を倒して政権が交代したら、お前たちの罪は消えてなくなる。それどころか二人は新生ジャビ帝国の英雄になれるかもしれないぞ」
二人は言葉の意味がすぐには理解できず、ちょっと間があった。それからトカゲ族にしか聞こえない超音波でひそひそ会話を始めた。
ゾクがザクに言った。
「俺たちが英雄になるって、どういうことだ。死んだら英雄になれるのか」
「違うだろバカ、ジャビ帝国が生まれ変わったら、俺たちの犯罪が帳消しになるんだよ。しかも新しいジャビ帝国には英雄として迎えられるかもしれねぇんだ。こりゃあビッグチャンスだぜ」
「まじかよ、俺たちが英雄に・・・褒美がたんまり、しかも女にモテモテだ」
俺は二人に向かって言った。
「なにをひそひそ話し合っているんだ。行くのか、行かないのか?」
二人はすっかり緩み切った顔で、もみ手しながら言った。
「へへへ、いきます、いきます」
鼻の下の伸びきった二人の表情から、なんとなく不純な動機を感じたが、まあいつものことだ。
俺たちはジャビ帝国までの移動時間を短縮するため、まず初めに転送魔法を使って南の洋上にあるダルモラ国の港まで瞬間移動した。ラベロンが以前にダルモラの王城に魔法陣を描いてくれたおかげでスムーズに転送できた。
そこからは風魔法の魔道具を装備した高速帆船に乗船し、洋上を南下してジャビ帝国の領地へと向かった。10日ほど航海すると、タマールの東を南東に伸びる海岸線が見えてきた。このあたりはすでにジャビ帝国の勢力圏だ。乾燥した樹木の少ない岩山が海岸へせり出していて、大小の入り江を形成している。アズハルの案内で、入り江のひとつへ向かった。




