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第百四話 エルフ王国の少子化問題

 ルミアナは父レリクザールに言った。


「私には夢があるの。私は世界中の古代エルフの遺跡を探検して古代の魔道具を収集したり、古代エルフの資料を研究して新しいポーションを作り出そうとしているの。今はアルカナ王国でアルフレッド陛下のお手伝いをしているけれど、ゆくゆくは再び世界中の遺跡を探検してまわるつもりよ。結婚して家庭生活を送る暇はないの」


「おまえ、200歳にもなってまだそんなことを言っておるのか。そんなことだから、少子化でエルフが滅びそうになるんだ。おまえも結婚して子供を育てるのだ」


「御免だわ。私はエルフの子孫繁栄のために生きているんじゃないわ。私の人生は私のために使うの」


 埒が明かない。俺は二人に言った。


「わかりました、わかりました。私にも少し考えさせてください、お役に立てるかも知れません。エルフ族の少子化問題について、少し教えていただけませんか」


 レリクザールが語った。


「うむ、アルフレッド様もご存じのように、我がエルフ族は人間族と寿命の長さがまるでちがう。エルフは寿命が人間の10倍近い。だが、その分だけ子どもの成長に必要な時間も、人間の3倍以上必要なのだ。妊娠期間は3年もあり、その間は激しい運動やストレスはご法度だ。じゃから妊婦はその間、家で過ごすことが多くなる。


 子供である期間も長く、20歳で小学校に入学するのだが、20歳と言っても人間だと6歳の子供の姿なのじゃ。成人になるのがおよそ60歳。だから子供を育てる期間が非常に長い。そのため、育児には手間もおカネもかかって苦労が大きい。それでも昔は子供を育てることがエルフ族の大きな喜びだったが、時代は変わった。育児のために多くのおカネや時間を使うことを嫌がるエルフが増えていったのじゃ。


 時代とともに、それまで家庭で子どもを育てる役割を担っていた女性が社会に進出して仕事を担うようになった。それに従って育児に費やすための時間は減り、育児よりも仕事が優先されるようになり、一人の女性が育てることのできる子供の数も減った。男も女も、子どもを生み育てるよりも、仕事に生きがいを感じる人が増え、結婚しても子どもを儲けない、こどもの数を減らす、あるいは結婚しない人が増えた。その結果、ますます子どもが減ったのじゃ・・・」


 俺は話を聞いて思った。まさに俺の元居た世界、日本で起きていた少子化問題とそっくりだ。少子化問題は特殊な問題ではなく、起こるべくして起きているのだ。現代社会だけではない。古代ローマ帝国の社会においても、深刻な少子化問題が生じており、ローマ帝国が衰退した一因として少子化があげられているほどだ。


 レリクザールは話を続けた。


「つまり、自由だの、女性の社会進出だの、男女平等だのという新しい価値観が間違っておったということじゃ。それが少子化の原因だ。女性は子どもを生み育てることが一番の幸せなのだ。女性は家庭を守り、子どもを育てるべきじゃ。そして男が働いて一家を支える。昔の社会に戻る必要がある」


 ルミアナが猛烈な勢いで反論した。


「女性を家庭に縛り付けるですって? とんでもないわ。女性が社会に進出して家庭にいない時間が増えたとしても、男性が育児を分担すれば済むはずだわ。男性が子育てをしないから、子供を育てることができないのよ。少子化は女性の責任ではなくて男性の責任だわ」


「育児の負担を男に割り当てれば済む話ではないぞ。仕事も育児もこなさねばならないなら、結婚などしない方が良いと考える男がどんどん増える。ますます結婚する人が減るじゃろう。そんなことでは、少子化は解消せんぞ」


「それでエルフが滅亡するなら、仕方ないですわね。それがエルフ族の運命ですわ」


 それを聞いたレリクザールが激高した。


「なにい、エルフ族が絶滅しても仕方ないじゃと! 新しい価値観が広まることでエルフ族がこの世から消えるのが運命じゃと! それは暴論じゃ。種族の滅亡を受け入れる馬鹿者がどこにおる。自分たちが幸福で満足できるのなら、種族なんかどうなっても良いというのか。そんなものはエゴにすぎん、エゴイストじゃ」


 ルミアナが憮然と言い放った。


「エゴイストで結構。私は種族のために生きているのではありません」


 議論はエキサイトする一方で、ほとんど喧嘩である。正直に言って、この議論に出口はないだろう。俺は論点を変えることにした。


「まあ、少し視点を変えましょう。少子化は社会問題ですから、個人がどうこうするだけでは解決が難しいでしょう。ところでエルフ王国は少子化問題に対して、何か対策を施したのでしょうか。例えば子供を育てる家庭に金銭的な支援をおこなうとか」


 レリクザールが答えた。


「最近のエルフ社会では、子供を産んで育てることは、あくまで個人の行為だとの考えが強いのじゃ。結婚するのもしないのも、子供をもうけるのも、もうけないのも、個人の自由だから政府が関与するのは間違いだと考える人が多い。だから、税金を上げて子育て支援の財源にしようとすると、猛反対が巻き起こったんじゃ。『なぜ子供を育てる世帯だけが優遇されるのか』と。昔は『エルフ族の繁栄のためだ』と言えば納得してくれる人も多かったのだが、時代は変わった」


 俺はレリクザールに尋ねた。


「『子育て世帯が優遇されるのはおかしい』と主張する人がいるのですか?」


「その通りじゃ」


「彼らは大きな勘違いをしているようですね」


「勘違いをしているじゃと?」


「そうです。少し考えればわかることですが、個人が商売をしてお金儲けをできるのも、キャリアを磨いて出世できるのも、豊かな生活していけるのも、すべて今の社会があるおかげです。個人が自分の利益を追求したり夢を追うことができるのは、社会のおかげなんですね。その社会は『誰かが子供を産み育てること』で成り立っています。ですから、子育て世帯を支援することは、社会に所属するすべての人たちにメリットがある。それどころか、そうしなければ社会がどんどん衰退し、すべての個人の利益を損なうことになるのです」


 俺の話を聞いてレリクザールは喜んだ。


「やはり、自由だの、女性の社会進出だの、男女平等だのという新しい価値観が間違っておったということじゃ。昔の社会に戻る必要がある」


 ルミアナが横から口をはさんだ。


「それは社会の進歩を否定することだわ、男性の意識改革が進歩していないことが少子化の原因なのよ」


 俺はゆっくり諭した。


「まあまあ、互いに責任をなすりあっても何も解決できません。エルフの価値観が変化してきたことは社会の進歩の結果であり、それを単純に逆に戻せば済む話ではありません。ですが、この価値観の変化は人々が感じているよりもかなり深刻なものです。何しろ人口が減るくらいですから、危険なほどの変化です。となれば、それに対する対策も、これまでの常識や価値観にとらわれない、大胆な対策である必要があります。


 そのために、まず考慮すべき点は『子供を産み育てることは、最も大きな社会貢献である』という意識を社会全体で共有することです。すべての価値は『子供を産み育てる』ことから始まるからです。子供を産み育てることに対するポジティブな社会的雰囲気を国を挙げて確立すべきです。


 そのためには学校教育において、子育てがいかに社会に貢献する行為であるか、賞賛される行為であるかを教える必要があるでしょう。また、子供のころから、育児や家事に関する知識を身に着けさせることで、子供を産み育てることのハードルが下がり、育児がより身近に、より自分の事として意識されるようになるでしょう」


 レリクザールが感心したように言った。


「うむ、確かにそうした社会的な雰囲気の醸成は大切だ。昔はそうした雰囲気があった」


 ルミアナが異論を唱えた。


「でも、逆に『子供を産み育てない奴はダメな奴だ』という雰囲気になるのは嫌だわ」


 俺は答えた。


「もちろん、それはまずいでしょう。子供を持たずに仕事に打ち込んだり、趣味娯楽に時間を使う人々の自由を妨げる必要はありません。ただ、その一方、そうした人々を支えているのが『子育て家庭』であることを忘れてはなりません。子供が増えなければ社会は崩壊する。だから『子育て家庭』を尊敬し、大切にし、社会全体で支援する仕組みを作るべきなのです」


 レリクザールの表情が曇った。


「エルフ王国でも、子供を育てる家庭に手当を支給したこともあったが、あまり効果はなかったのじゃ」


「それは手当の金額が中途半端だったからでしょう。例えば、子供を二人以上産むと子供の養育費の七割を政府が補助する、四人以上だと九割を補助するなど、子供を育てるための金銭的な負担を大きく減らすわけです。子供が多いほど家庭の手間は増えるのですから、せめておカネはすべて政府が面倒を見るべきでしょう。


 また、政府が子育てを積極的に奨励すべきです。子供を多く育てた家庭を表彰し、報奨金を与えることで、『子供を持つことにインセンティブを与える』べきでしょう。それくらいの大胆な政策を打たなければ、少子化問題を解決することは無理でしょう」


 レリクザールの表情が、ますます暗くなった。


「確かにそうかも知れぬが、エルフ王国には『おカネがない』のじゃ。王国にある金鉱山や銀鉱山はとうの昔にすべて掘りつくされてしまった。しかも、それらから作った金貨や銀貨も長い年月の間に多くが国外へ流出しておる。とにかくカネがないんじゃ」


 俺は笑顔でレリクザールに答えた。


「金や銀のような貴金属でおカネを発行していれば、やがて金や銀が枯渇しておカネは発行できなくなります。ですから、金や銀ではなく、アルカナ王国と同じように紙を使ったおカネである『紙幣』を使えばよいのです」


「な、なんと、紙でおカネを作るのか? そんなもの、誰が信用するのか」


「大丈夫です、方法があるのです。我が国では『王立銀行』という仕組みを利用して紙のおカネを使い始め、今では国内経済は『紙幣』で回っています。外国は相変わらず金貨や銀貨ですから、外国との取引にはこれまで同様に金貨や銀貨が使われていますが、国内での取引は紙幣で問題ないのです」


「そうか・・・アルカナ王国という実例があるのなら、参考にできるかも知れんな。紙でおカネを作ることができれば、おカネが不足する心配はなくなる。だが、あまりおカネを作りすぎると問題が生じるのではないか」


「その通りです。ですから、世の中の状況を見ながら発行量を加減する必要があります。おカネを発行して少子化対策のためにおカネを支出すると景気がどんどん良くなりますが、それにつれて市場で売られる商品の値段が上がってきます。あまり急激にあがらないように、おカネの発行量には注意すれば良いのです」


 レリクザールが目を輝かせた。


「そうか、王立銀行や紙幣という仕組みをエルフの国王陛下に提案してみたいので、詳しく教えてもらえないだろうか」


「承知いたしました。後ほど、ゆっくりご説明させていただきます」


 ルミアナが感心したように言った。


「よかったわ。これで子供を産む人も生まない人も幸せになれる。『子供を産んで育てたい人』には手厚い金銭的支援を行うことで、どんどん子供を育ててもらう。それ以外の人も今まで通り、自由にやりたいことに専念すればいいのね」


 レリクザールが少し寂しそうな顔で笑った。


「まあ、わしはルミアナの子供が見たいというのが本音じゃがな。はあ・・・それはかなわぬ夢ということか・・・」


 俺は肩を落としたレリクザールに言った。


「レリクザール様、エルフ族の寿命は長いではないですか。我々人間族の十倍の長い人生がある。そのうちルミアナ殿の気持ちが変わることだってありますよ。気長に待ちましょう。私はそれだけ長い命を授かっているエルフ族がうらやましく思います」


「そうじゃのう。わしは焦りすぎかもしれぬな」


「ところで、話は違うのですが、レリクザール様は『ガルゾーマ』というエルフの魔導士のことはご存じありませんか?」


「ガルゾーマだと? うーむ、その名前は聞いたことがあるな」


 レリクザールはしばらく考えて思い出したようだ。


「・・・その男は確か、以前に王宮魔術師として働いていたことのある人物だ。とても優秀な魔術師で、古代魔法を熱心に研究しておったな。だが、かなり以前に王宮魔術師を退職して、その後のことはわしも知らない。そのガルゾーマという男が、どうかされたのか?」


「なぜかその男が、アルカナ王国や国王である私を執拗に攻撃してくるのです。何か心当りはありませんか」


「ああ、そういえば、ガルゾーマという男は自分のルーツにも強い関心をもっておった。どうやら現在のアルカナ王国のあたりに昔栄えていた、エルフの古代都市の末裔だったようじゃ。もしかすると、それが関係しているかも知れんな。あやつは常々『人間族によってエルフ族が追いやられた』といきどおっておったからな」


「なるほど、恐らくそうですね。もともとエルフの都市だった土地に、人間がアルカナ王国を作ったことで、自分たちが追いやられたと考えているのでしょう。しかし、人間が彼らを追いやったわけではないでしょう」


「確かにそうじゃ。エルフは人口減少で自滅していったのじゃ。エルフ族が少子化によって人口減少に歯止めがかからなくなる一方、エルフ族の使用人あるいは奴隷として同じ土地で生活していた人間族は、急速にその数を増やしていった。


 やがて都市の人口のほとんどを人間族が占めるようになり、人間族の地位が向上した。人間族にも政治に参加する権利が与えられた。エルフの社会は民主主義だったので、やがて政治も人間族が支配するようになっていった。


 世界各地には人間族の王国ができて、人間同士の戦争が頻発するようになった。それにエルフも巻き込まれるようになり、安全に生活することも難しくなった。そして、人間族の膨張に飲み込まれるように、エルフ族は世界から消えてなくなった。


 残されたエルフの同胞たちは、エルフの聖地であった現在のエルフ王国に集まり、現在に至るのじゃよ」


 まるで現代の日本社会を示唆しているようだ。いや、すでにヨーロッパの国々では、移民の人口が増加しつつある。ヨーロッパに古くから住む人々も、エルフ族のように消えゆく運命なのだろうか・・・。


 その後、俺たちはレリクザールとエルフの文化や風習、魔法などについて雑談した。エルフ魔法の使い方についても、いろいろ面白いことを教わったが、それはまたの機会にお披露目しよう。


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