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第百三話 ルミアナの親子喧嘩

 翌朝、ヘルマンの案内で旅客施設にある転送装置へ向かった。旅客施設も宿泊施設と内部通路で繋がれており、長い廊下をしばらくすすむと、大きなロビーに出た。そこには以前に南の島の遺跡で目にしたことのある、大きな白鳥の像が石柱の上で羽を広げていた。そして、その下には大きな転送の魔法陣が描かれていた。


 転送装置の前でヘルマンが俺たちを振り返ると、一礼してから言った。


「このたびは、ご利用まことにありがとうございました。遊具利用、入浴、宿泊料金は締めて十万ラークになります」


「えええええ」


 俺たちは驚いて声をあげた。おカネを取るのかよ、だったら最初に言ってくれ。おまけに「ラーク」なんておカネの単位は聞いたことがない。ルミアナに訊いてみた。


「ルミアナ、ラークとはエルフのおカネの単位なのかい? ちなみに十万ラークの持ち合わせはないだろうか」


「陛下、ラークは古代エルフの通貨単位です。古代の金貨や銀貨ですから、持ち合わせはありません。困りましたね」


 ちょっと考えてから俺はヘルマンに言った。


「確かに普通に考えれば料金を払うのは当然だが、すでに施設は休止状態だし、仮に私たちが代金を支払ったところで、そのおカネをいったい誰に届けるのだ。そもそも経営者がすでにいないだろう」


 ヘルマンは首をかしげてしばらく考えていたが、やがて俺に言った。


「まあ、確かにそれもそうですね。今回は1000年ぶりの試験運用ということで、特別に無料にさせていただきます。またのご利用をお待ちしております」


 俺たちはヘルマンに促されて魔法陣の上に乗った。ヘルマンは白鳥の載った石柱のところで、何かを操作しながら言った。


「はい、それでは皆様をエルフ王国まで転送いたします。ごきげんよう、さようなら」


 遺跡の転送装置は正常に稼働しているらしく、俺たちの周囲を白い光の柱が包み込むと、次の瞬間に別の場所に移動していた。


 先ほどの雪山とは打って変り、俺たちは薄暗く崩れかかった廃墟の中にいた。足元の床には太い木の根が走り、落ち葉が積もっている。崩れかけた天井に開いた大きな穴からは、木の枝と無数の葉が見える。


 ルミアナが言った。


「無事に着いたわ。ここはエルフ王国の郊外にある古代遺跡の一つで間違いないわ」


 俺たちはルミアナの案内で廃墟から外へ出た。そこは深い森だった。森には多くの広葉樹が立ち並んでいたが、いずれも直径五メートルを超える大木ばかりだ。俺たちはその大きさに圧倒された。


 ルミアナを先頭に森の中を進んでゆく。俺はあたりを見回しながら歩いた。緑の香りに満たされた静かな空間が心を落ち着かせてくれる。ところどころの地面には木漏れ日も差し込んでいる。どこからか、小鳥の声が聞こえてくる。ときおり落ち葉がゆっくり舞い落ちてくる。なんとも荘厳な雰囲気だ。


 ルミアナは俺に言った。


「父の手紙にあった封印の巨石は、ここからそう遠くない場所にあります。父に会う前に、先にそちらを確認したいと思います」


「道はないようだが、場所はわかるのか」


「はい。このあたりの森は、私の庭のようなものですから」


 森の中をずんずん進んでゆく。森の中は下草が少なく、歩くのに支障をきたすことはない。しかし巨木の太い根が大蛇のようにうねっているので、それらを避けながら進まなくてはならない。


 しばらく進むと、ふいに森が開けて広い場所に出た。目の前には小高い丘が広がった。そして、その丘の上に直径五十メートル、高さ三十メートルはある真っ黒い巨石が乗っている。光を吸収する特殊な素材でできているようだった。


 俺たちは巨石に向かってゆっくりと丘を登った。近付いてみると、黒い巨石の周囲には高さ70センチほどの赤紫色をした石柱がずらりと並んでいた。これが結界を維持する役割を果たしているのだろうか。


「陛下、これから結界の状態を確認してまわります。かなり時間がかかります」 


 ルミアナは赤紫色の石柱に近づくと手をかざす。すると石柱がほのかに光った。それを確認すると、次の石柱を確認する。一つ一つ確認しているようだ。これらをすべて確認するには丸一日かかるだろう。俺たちは丘を降りた森の出口の近くにキャンプを張り、作業が終わるのを気長に待つことにした。


ーーー


 確認作業が終わったのは、次の日の午前だった。ルミアナは少し怒ったような表情を浮かべていた。俺のそばにやって来た。


「陛下、結界の石をすべて確認しましたが、問題は見つかりませんでした。やはり、父が私をおびき寄せるためにウソを付いていた可能性が高いです。父には小言の一つでも言ってやらねばなりません」


 俺は親子喧嘩になると面倒だなと思いながら苦笑した。


「あははは。まあ、父親の気持ちもわかるし、ここは事を荒立てないようにしてくれよ」


 ルミアナが俺の顔をキッと見た。


「陛下は私の父の気持ちはわかるのに、私の気持ちはおわかりにならないのですか」


 地雷を踏んじまった。


「あはは、いや、それは誤解だ。と、ともかくルミアナの父上に会いに行こう」


 その日の午後、俺たちはエルフ王国の王都に入った。


 エルフ王国の王都は巨大な都市だった。しかしながら、まるで古代遺跡のように都市の崩壊が始まっているようだった。都の周囲は高い城壁に囲まれていたが、石壁は根付いた木の根によって激しく侵食され、ツタが這いまわり、あちこちが崩れている。もはや城壁としての役割は果たしていないだろう。しかも城門に扉はなく、大きな扉があったと思わせる蝶番の跡が残されているばかりだ。


 門から城内に入ると大通りに家が立ち並んでいたが、家のほとんどは崩れかけている。誰も住んでいないようだ。まるで廃墟、ゴーストタウンである。想像していたエルフ王国の姿とあまりにかけ離れた情景に、レイラもキャサリンも言葉を失っているようだ。もちろん、俺も驚いた。


 俺はルミアナに言った。


「そう言っては気を悪くするかも知れないが、何というか、廃墟のようなありさまだな」


「ええ。人口減少と共に、王都の外周部分は廃墟になってしまいました。今は、この先にある都の中心部に新たな城壁を作り、残されたエルフたちはその内側で生活を営んでいますわ」


 ルミアナの言った通り、しばらく進むと前方に新たな城壁が見えてきた。こちらは城門も整備され、塔の上には見張りの兵の姿も見えた。近くまで来ると城門を馬車や人が出入りしている様子が見られ、町に活気を感じられた。


 城門を入るとすぐに商店街だった。建物は人間の町の建物と大きな違いはなく、中世ヨーロッパの木造建築に似ている。人通りは多く、道端には露店も並んでいる。


 乾いた薬草と湯気立つ薬湯の匂いが混ざり、鼻の奥がすっとする。魔法石のランタンが昼でも淡く灯り、看板の紋章を浮かび上がらせている。看板のデザインから察するに、やはり魔法関係の店が多いようだ。


 俺はルミアナに尋ねた。


「このあたりの魔法関係のお店に、魔法石が売っているだろうか」


「はい、売っていると思います。他にも魔法の教科書、魔法の威力を高める方法などが書かれた参考書、魔法石の鑑定書などの書籍、あるいはランタンや着火装置のような簡単な魔道具を売っています。また、魔法に使うための各種ポーションや、その材料なども売っていますね。支払いはエルフ金貨や銀貨になりますが、アルカナの金貨も同じ重さのエルフ金貨として取引に使えると思います」


「ありがとう。取引のために紙幣ではなくて金貨を持ってきたから、それで買えるだけ魔法石を買って帰ろうと思う。後でよろしく頼むよ」


 商店街を抜けると庶民の住む三、四階建ての集合住宅が立ち並んでいた。さらに進むと、貴族の家らしき立派な家が立ち並ぶ一角にやってきた。向こうには多数の高い塔を有する城が見えたが、おそらく王城だろう。ルミアナの実家は、貴族の住む高級住宅地の中にあった。それほど広くはないが、手入れされた庭では花が美しく咲いている。


 ルミアナは屋敷の大きなドアを開けると、大声で父親の名前を呼んだ。少しおいて、ロビーの奥にあるドアが開き、背の高い痩せたエルフの老人が現れた。


「おお、ルミアナか。早かったな。おや、そちらの皆様はお客人かな?」


 俺は丁寧にお辞儀をして言った。


「はじめまして、私はアルカナ王国の国王、アルフレッド・グレンでございます。こちらの者たちは、私の部下でございます。ルミアナ殿にはいつも我が国のために働いていただいており、大変感謝いたしております」


「あなたが、アルフレッド様ですか。ルミアナからの手紙によれば、とても聡明で慈悲深いお方だとか。わが娘もそのような方にお仕え出来て光栄でございましょう。申し遅れました、私はレリクザール・レダ・キュマールと申します。さあ、まずは中へお入りください」


 俺たちはレリクザールに促されて客間へ入った。室内は木目が美しい明るい色の木材で仕上げられた調度品が並んでおり、テーブルや椅子も同じ色の木材で統一されていた。ところどころに施されている彩色は若葉の緑色が基調で、控え目な赤い色がアクセントに使われている。家具の角は丸みを付けてあり、やさしい印象を与える。棚の上には古い魔道具が置かれ、何に使うのかわからないが、大きな水晶玉も並んでいる。


 レリクザールが天井から釣り下がっているシャンデリアに手をかざすと魔法石が輝きだし、部屋を明るくした。


 ルミアナはレリクザールの顔をしっかり見据えながら話を切り出した。


「お父様、ここに来る前に封印を確認してきたわ。丹念に調べたけど、どこにも異常は見られなかった。本当に異変があったの?」


 レリクザールは、わざとルミアナの顔を見ないようにしながら棚にある水晶の一つに近づいた。


「あったとも、あったとも。封印の状態を知らせるこの魔法水晶の中に赤い光が見えたのじゃ。しかし、今はその光は消えておる。不思議じゃな。まあ、いずれにしろ封印に異常がなかったことを確認できたのだから、良かったではないか」


「また私を呼び出すために、しょうもないウソをついたんじゃないでしょうね」


「こ、これ。お客様の前でそのようなことを申すなルミアナ。久しぶりに家に戻ったのだから、ゆっくり休んでいくがよい。お客人も長旅でお疲れでしょう、どうぞお掛け下さい。いま、お茶を出させますので」


 レリクザールはそう言うと使用人を呼び、テーブルの上にハーブのお茶が用意された。ジャスミンのような良い香りがただよう。ルミアナは椅子に座らず、なにげなく部屋の中をゆっくりぶらついていた。そして角にある小さなテーブルに近づくと、そこに山積みになった書類に目をやった。そのうち一枚を手に取って眺めていたが、ふいに怒り出した。


「お父様、なによこれ!」


「おお、気付いたか。それはルミアナへのお見合いの申込書じゃ。たくさん来ておるじゃろう。王国の有力な貴族や高名な魔法使い、役人など、よりどりみどりじゃ」


 ルミアナはレリクザールを睨みつけた。


「お父様ったら、やっぱり私に見合いをさせるために呼んだのね。何度も言うけど、私はお見合いする気なんかありませんからね」


「なんじゃと、父が心配してわざわざお見合いの準備をしてやっておると言うのに。それとも、結婚する相手がもう決まっておるとでも言うのか。まさか、アルフレッド様と結婚するのでは・・・」


「ええ、そのとおりよ」


 俺は飲んでいたお茶をレリクザールの顔面に思い切り噴き出した。俺はハンケチを取り出すとレリクザールに手渡しながら、あわてて言った。 


「こ、これは大変失礼しました・・・。今の件ですが、私とルミアナが結婚するという話はありません。おそらく、売り言葉に買い言葉で、彼女が適当に口走っただけですよ。彼女と結婚の約束などしていません」


 ルミアナがチッと舌打ちした。うーむ。ルミアナにしてはずいぶん感情的になっているな。そんなに見合いが嫌なのかな。


 ルミアナはレリクザールに言った。


「私は結婚なんかしませんからね」


「なんだと、そんなことは断じて許さん、許さんぞ」


 ついに親子喧嘩が始まってしまった。

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