第百一話 雪山のエルフ遺跡1
猛烈な吹雪が俺たちを襲った。
キャサリンが叫んだ。
「きゃー、お兄様、寒いですわ、凍えそうですわ」
「もう少し頑張れ。キャンプできる場所を見つけるんだ」
日も暮れ始め、ますます視界が悪くなってきた。キャンプをしようにも、この風ではテントが飛ばされてしまう。西へ移動しながら風の弱い場所を探した。強風に煽られて、着ぶくれしたキャサリンとアネスが転がっていくのではないかと心配になってきた。
「おおい、レイラ。レイラの体に、キャサリンとアネスをロープでつないでくれないか。強風に飛ばされて転がっていったら大変だ」
「わかりました、陛下」
雪の吹き付ける中を、俺たちは必死の思いで進む。周囲はどんどん暗くなる。夜目の利くルミアナが前方の岩場に洞窟を発見した。
「陛下、洞窟が見えます。そこへ退避しましょう」
俺たちは何とか洞窟に転がり込んだ。日が暮れて洞窟の内部は真っ暗になっていたので、ルミアナが魔法で薪に火をつけて明かりと暖を確保した。洞窟の内部は厚い氷に覆われていた。洞窟の奥の様子を見に行ったカザルが大声をあげた。
「げええっ、なんてこった。凍り付いた人間がいっぱいいるぞ」
その声に驚いて一行が洞窟の奥へ行くと、そこにはカチカチに凍り付いた冒険者らしき人物が何人もいた。どれも厚い氷で覆われている。立ったまま片手を前に突き出す者、ひざまずく者、倒れた者、さまざまな姿勢で凍り付いている。
もしかして、これはギルドマスターが語っていた「雪女」の仕業なのか?なんとなく背筋がゾクゾクしてきた。
ふいに洞窟の奥から女の声が聞こえてきた。
「おおい、そこに誰かいるのかい?」
一番奥にいたカザルがギャッと叫んで、こちらにすっ飛んできた。
「で、でで、出やがった。雪女だぜ。どうすんだよ」
洞窟の奥の暗闇の中から、燭台を手にした一人の女が現れた。その女はキトン(ギリシャ神話に出てくる神のような衣装)に似た白い服をまとっている。肌は透き通るように美しかったが、おばあさんだった。耳が長くとがっているところを見ると、エルフに似ている。
おばあさんが言った。
「おや、お客さんかい、珍しいねえ。50年ぶりかのう。せっかくだからお茶でも飲んでいかんか。あたしの家は、この奥にあるのじゃ」
そういえば、雪女の誘いを断ると、呪いで凍らせられてしまうとギルドマスターが言っていたな。それはこのことかもしれないぞ。
そんなことはお構いなしに、カザルが雪女を指さして叫んだ。
「じょ、冗談じゃねえぜ。だれがお前みたいな不気味な雪女の婆さんと・・・」
あのバカが、何を言ってるんだ。俺はレイラに目配せした。レイラはカザルの口を押さえると羽交い絞めにして、素早く向こうへ連れて行った。
俺は雪女に言った。
「今のは何でもありません。気にしないでください。もちろん、みんなで喜んでお茶をいただきます」
俺たちは緊張して、半分凍り付いたようなぎこちない動作で雪女の後に続き、家の中に案内された。意外なことに家の中は凍り付いておらず普通の家のようだ。暖炉もあって薪が音を立てて燃えている。俺は思い切って、尋ねてみた。
「あの、失礼ですが、あなたは『雪女』なのですか?」
雪女の表情が険しくなった。まずい、変なことを聞いてしまったか。雪女が片手を上に掲げると、手のひらから冷気の魔力が立ち昇った。
「そうじゃよ、あたしは雪女だ。お前たちも、凍らせて欲しいのかい?」
「ひえええ・・・」
「なんて、冗談だよ。あたしゃ『スノーエルフ』さ。名前はソイリだよ。もうここに住み着いて1000年になるね。話し相手がいなくて退屈していたんだ。外は猛吹雪だし、まあ、今夜はゆっくりしていきなされ」
俺は拍子抜けした。
「へ? 雪女じゃなくてスノーエルフ? それじゃあ、先ほどの凍った人間たちは?」
「ああ、あれね。欲に目がくらんだ冒険者とかいう人間が遺跡に大勢来ると迷惑じゃから、氷の像をたくさん作って並べておるのじゃよ。それを見た人間が『雪女の仕業だ』と勝手に騒いで怖がっているから、都合がいいんじゃ」
一同は緊張が解けて、へたへたと座り込んだ。カザルが言った。
「なんでぇ、脅かしやがって。まったく人の悪い婆さんだぜ」
俺はスノーエルフのソイリに言った。
「私の名前はアルフレッド、ここから南にあるアルカナ王国から来た者です。こちらの者たちは私の部下になります。私たちはエルフの遺跡を探しに来たのですが、もしかして、あなたは遺跡の事をご存じないですか?」
「ご存じも何も、あたしゃ遺跡がまだエルフの施設としてちゃんと動いていた頃に、施設の入り口で入場者から入場料を徴収する仕事をしていたんだよ。ここらは大きな観光施設で、この氷の洞窟は観光名所の一つだったんじゃ。まあ、徐々に入場者が減って、やがて閉鎖されてしまったけどね。あたしは今や施設で唯一の生き残りだね」
「それは驚きです。ということは、施設の中心地への道もわかるのですか」
「そりゃそうさ。この洞窟をずーっと奥に進んでいくと、やがて施設の中心付近にでるよ。ところで施設に何の用だい?」
ソイリの表情が険しくなった。
「まさか他の冒険者みたいに、遺跡を荒そうってんじゃないだろうね」
「いえ、違います。このルミアナと一緒にエルフの国に行くために、転送装置の場所を探しているのです」
「エルフの国? ・・・あれ、あんた、エルフじゃないか」
ソイリはルミアナがエルフであることに気が付いたようだ。ソイリの機嫌がとても良くなった。
「やっぱりエルフだ。エルフに会うのは800年ぶりかねぇ。いやよく来たねえ、たまにはここにも遊びに来ておくれよ。それで・・・」
話が長くなりそうなので、ソイリの話し相手はルミアナにまかせて俺は床に座って休むことにした。腰を下ろすと昼間の疲れがどっと押し寄せてきた。部屋の暖かさも手伝って、俺はそのまま眠ってしまった。
ーーー
翌朝、俺たちは持参した食料で簡単な食事を済ませると、ソイリに丁重にお礼を述べて、彼女の家を後にした。ルミアナは寝不足のようだった。話し相手を任せてしまって、悪いことをしたと思った。
俺たちはソイリの指示に従って、洞窟の奥へ進んでいった。洞窟は真っ暗なので、俺が魔法<灯火球>を使ってあたりを照らしながら進んだ。無数に立ち並ぶ氷の石柱に魔法の明かりがキラキラと反射してきれいである。洞窟を奥へと進む。
しばらく進むと、前方の氷の床に何かが倒れていた。人間のようにも見えるが、半分くらい氷に埋まっている。なんだろう、あれもソイリが作った氷の像だろうか。近くまでやってくると、それは氷の像ではなく人形のようだった。仰向けに倒れている。もしかして魔力で動くエルフの魔動人形か。
俺たちは人形のすぐ横に来た。俺は人形に近づくと、ルミアナを呼んだ。
「ルミアナ、ちょっと見てくれないか。これ、エルフの魔動人形じゃないか」
ルミアナと二人で人形の横にかがみ、人形を観察し始めた。すると突然、人形の目が光り、スイッチが入ったようにカタカタと振動した。俺とルミアナは驚いて飛びのいた。やがて魔動人形は自力で氷から腕、足を引きはがして立ち上がった。そしてルミアナに向き直ると口を開いた。
「あなたは救助隊ですか・・・いや、どうやらお客様のようですね。観光地ロンダへようこそ、美しい奥様。あなたを歓迎いたします」
俺は魔動人形に言った。
「お前は何者だ? ここで何をしている」
「これは旦那様。申し遅れました、私はこの観光地ロンダの案内をしておりますヘルマンと申します。どうぞよろしくお願い申し上げます。ところで、お二人は新婚旅行でございますか?」
背後でキャサリンとレイラが怖い顔をしているのを感じた俺は、急いでそれを否定した。
「いやいや、全然違うぞ。私とルミアナは結婚していないし、夫婦などではない」
「はあ、では婚前旅行ですか。気が早いですね」
「ば、ばか。なぜそういう話になるんだまったく・・・そういう関係じゃない」
「これは大変失礼いたしました。何しろお二人は見るからにお似合いのカップルという雰囲気でございましたので、てっきりご夫婦かと思いまして、あははは」
あははじゃねえ、キャサリンとレイラの殺気がさらに強くなっただろ。これはまずい、はやく話題を変えなくては。俺はヘルマンに尋ねた。
「ところで、ヘルマンはどうしてこんな場所で倒れていたのだ?」
「はい、今から遡ること数百年前のある日、私は氷の洞窟を点検していたのですが、運悪く天井から落ちてきた大きな氷の塊の下敷きになってしまい、動けなくなりました。それで助けが来るまでの間、エネルギーの節約のために自動でスリープモードに切り替わりまして、そのままずっとスリープ状態になっていたのです。
それから数百年がたち、私の体の上の氷は徐々に消えてなくなったようですが、私はそのままスリープ状態にあったのです」
「それが、俺たちが来て、目が覚めたというわけか」
「はい。強力なエルフの魔力を感知したので、自動的にスリープから復帰したのです。てっきり助けが来たのかと思ったのですが、お客様だったのですね」
「しかし、私が聞いた話では、観光施設は1000年ほど前に閉鎖されたはずだが」
「はい、その通りです。しかし、来るべき再開の日に備えて、私は閉鎖後もずっと保守点検業務に勤しんでおりました。そして事故に巻き込まれてしまったのです」
俺は、なんだかヘルマンが、かわいそうな気がしてきた。
「そうか、せっかくだから観光地を案内してもらおうかな。そのあと、私たちはエルフの国に行きたいのだが、この施設に転送装置はあるだろうか」
「もちろんございます。観光が終わりましたら、転送装置までご案内いたします。それでは、観光地ロンダをお楽しみいただきましょう。いやあ、1000年ぶりのお客様です、思わず張り切ってしまいますね」
ヘルマンは嬉しそうである。
「ところでお客様、どのような観光プランをご希望ですか? 冬のロンダでは、山の上からソリで滑り降りる遊びがおすすめです。雪像作りも人気があります。他には、寒中水泳、寒中マラソンなどの鉄人修行プランもございます」
「いや、もっと短時間で済む、簡単なやつでいいよ」
「左様でございますか。では、ここロンダの観光名所を巡りましょう。それでは、私に付いてきて下さい」
ヘルマンは赤い旗のようなものを取り出すと左手で掲げて歩き始めた。引率旗か、いきなり団体旅行になってしまったな。洞窟をしばらく進むと外へ出た。外は昨晩の吹雪がすっかり止んでいて、雲一つない晴天である。とはいえ、ここも深い雪に覆われている。皆、はあはあ息を切らせ、雪をかき分けながら進む。観光地巡りというより雪中行軍である。
旗をもって先頭を進むヘルマンが振り返って行った。
「はいはい、みなさま、少し遅れていますよ。ちゃんと付いてきてください」
カザルが、ぜえぜえしながら応えた。
「てやんでえ、おめえは魔動人形だからいいけどよ、こちとら生身のからだなんだぜ。はあはあ。す、すこしゆっくり進みやがれ」
「これは大変失礼いたしました。最近は施設の除雪ができないもので、申し訳ございません。ゆっくり進むことにいたします」
しばらくすすむと、高さが十メートルはありそうな大きな雪の塊の前に来た。ヘルマンが雪の塊を見上げながら解説を始めた。
「こちらが、かの有名なエルフの英雄、アーベラルの像です。見事な彫刻は、エルフの職人、イシュランの手によるものです。その流れるような・・・」
いや、完全に雪に覆われて、雪の塊にしか見えないのだが。皆、無言のまま雪の塊を見ている。解説が終わって少し行くと、また大きな雪の塊が二つ並んで現れた。ヘルマンが解説を始めた。
「こちらが、かの有名な『アンコデールの悲劇』の一場面を表現した像でございます。アンコデールと言えば・・・」
カザルが大声でヘルマンに文句を言った。
「アンコデールだかウンコデールだか知らないが、どれも雪の塊にしか見えねえぞ。面白くもなんともねえ」
確かにこれでは時間の無駄だ。俺はヘルマンに言った。
「ヘルマン、屋外の案内はもう十分です。屋内で楽しめる施設はありませんか」
「それでしたら、冬でも遊べる屋内遊具施設がございます。そちらをご案内いたしましょう」
ヘルマンは大きな雪のドームの前に俺たちを案内した。ヘルマンが言った。
「少々お待ちください、ただいま、入り口付近の雪を溶かしますので。エネルギー供給が切れていなければ良いのですが・・・」
しばらくすると、ドームの前の十メートル四方ほどの雪がみるみる溶け始め、入り口が姿を現した。俺たちはヘルマンの先導でドームの中に入った。




