第九十九話 発展するアルカナ王国
ジャビ帝国からの侵略を退け、メグマール地方の内戦にも終止符を打った。ようやく大きな仕事にひと区切りがついた俺は、王城の塔の最上階にあるバルコニーで久しぶりの休日をのんびり過ごしていた。
俺の側には、いつものようにキャサリンが居た。キャサリンは犬を連れていた。そう、ご褒美として手に入れたあの犬である。その犬は相変わらず、はあはあ息をしながらよだれを垂らしている。
俺は犬を見た。
「キャサリン、その犬は気に入ったかい?」
「そうね、本当はもっとお兄様に似た犬が欲しかったのですけれど、仕方がないですわ。でも、まあまあ満足はしているの。だって、くすぐると、こんなに喜ぶのですもの」
キャサリンは両手で犬を激しく、くすぐり始めた。犬はヒャンヒャン鳴きながら口から泡を出してもだえている。う~む、どう見ても拷問しているようにしか見えないのだが。くすぐるのをやめると、犬がぐったりとなった。
「ほら、こんなに喜んでいますわ。一日に十回はこうしてますの」
一日に十回もやってるのか・・・ナンマンダブ、ナンマンダブ。俺でなくてよかった。しかし、まるで俺の身代わりになっているようで申し訳ない気がしてきた。あの犬には良い食べ物を与えてやることにしよう。
俺は椅子から立ち上がって二、三歩歩き、バルコニーの手すりにもたれると、眼下に広がるアルカナ王国を見渡した。良い気分だ。
ミックがやってきた。
「いい眺めですね、陛下」
「ああ、本当にいい眺めだ。天気も最高だ」
ミックは俺の横に来ると、俺と同じように手すりにもたれて眼下を見渡しながら言った。
「かつて衰退を続けていたアルカナ王国が、まるで嘘のようです。いまや我が王国は順調に発展を続けています。それにしても、陛下が毒を盛られて意識が戻らなくなった時は、どうなるかと思いました。しかし、陛下が死の淵から奇跡的に生還されてからというもの、アルカナ王国は見違えるほどになりました」
まあ、死の淵から生還したというか、元の国王は本当に毒で死んでしまって、そこに自分の魂がたまたま乗り移って生き返ったのかもしれないけどね。まあ、それはいいとして、
俺はミックに言った。
「なぜアルカナ王国が復活できたのか。大きくは3つの政策が功を奏したと思う」
「と言いますと?(以下、少し難しい話なので、理解できなくても問題なし)」
「まず第一は『政府がおカネを自由に発行できるようにしたこと』だ。以前のアルカナ王国は金貨や銀貨のような金属を貨幣に用いていた。しかし、銅貨の材料となる銅はともかく、我が国における金や銀のような貴金属の採掘量は少ない。となると、我が国では金貨や銀貨のようなおカネを思うように発行できず、どうしてもおカネの量が不足することになる。おカネの量が不足すると経済活動は停滞してしまう。
同時に、国家が世の中のおカネの量を増やせないのだから、税収も増えるはずがない。こうなると、国家の予算を確保するためには、増税するか、借金するしか方法がなくなる。増税すれば国民の使えるおカネが減って、ますます経済活動が停滞する。あるいは借金に頼れば、金利の支払いが国家財政に大きくのしかかってくる。こうなると、国家予算を投じて、国家を発展させるための大規模な事業はできなくなる。まさに袋小路だ。
そこで、金や銀の量とは無関係に、おカネを自由に発行できる「王立銀行」を設立した。銀行は銀行券つまり「紙のおカネ」を印刷すれば、いくらでもおカネを発行できる。もちろん、湯水のようにおカネを発行すれば経済は混乱してしまう。だが、適切な範囲であれば、経済活動を活発化させることができる。
ただし、銀行の発行するおカネである銀行券は、銀行の「貸し出し」によって発行される。つまり、銀行の作り出すおカネはすべて『借金として誰かに貸し出される時に作られる』のだ。世の中のおカネはすべて借金。それが銀行の仕組みである。
そのため、王国政府が国の事業を行うためにおカネを発行する場合も、あくまで、銀行から借金することになる。つまり、王立銀行から借金することで王国政府はおカネを調達することになる。もちろん、王国政府が王立銀行から借金したところで、同じ王国が、おカネを発行すると同時にそのおカネを借りているのだから、実質的には貸し借りの関係はない。自分が発行したおカネを自分が借りているだけだから、おかねを誰かに返す必要はない。
ところが、借金と聞くと、条件反射的に『借金は良くない』『返さなければならない』と考える人が多い。これは我が国の財務大臣が、その典型であった。そうした人々は『王国政府が王立銀行から借りたおカネを返済しろ』という。王立銀行が印刷機を使って刷っただけのおカネを、王立銀行に返すべきだというのだ。俺は唖然とした。固定観念とは恐ろしいものである。
そこで、王立銀行が銀行券を発行することをやめて、金貨や銀貨と同じように、王国政府が紙幣を発行することにしたのだ。その昔、金貨や銀貨は誰からも借金をすることなく、王国政府が発行してきた。同じように、紙幣も王立銀行から借金することなく、王国政府が発行することにしたのである。
ただし、政府が紙幣を発行するまでには、それを受け入れさせるためのステップ、段階が必要だった。仮に、一足飛びに王国政府が紙幣を発行したとしても、紙のおカネなど誰も信用しなかっただろう。
まず最初は、王立銀行によって、金貨で価値が裏付けられた紙のおカネである銀行券が発行され、紙のおカネが普及した。紙のおカネの信用が確立したのだ。その段階を踏まえていたからこそ、王国政府が紙幣を発行するようになっても、何の問題もなく人々は受け入れたのだ。金属貨幣の時代、銀行券の時代、政府紙幣の時代というように、段階を踏んで、我が国の通貨制度は完成した」
「なるほど、おカネは経済にとって大切ですからね」
「その通りだ。おカネは国家の命運を左右する最も重要な要素の一つと言ってよい。アルカナ王国の繁栄も、現在の通貨制度が無ければ存在しえなかっただろう」
俺は続けた。
「そして第二は『アルカナ川の復活』だ。これは本当に運がよかったとしか言いようがない。乾燥した気候のために慢性的な食料不足に悩まされてきたアルカナ王国だが、その昔、大きな川が王都のすぐ西を流れていたことを俺は偶然に発見した。太古の時代に流れを変えてしまった大河を、再び王都に流れを戻すことで復活させる河川工事を成功させた。
これにより、我が国の食料生産は飛躍的に増加し、王都に住む人々だけでなく、スラムに溢れていた貧しい人々の食料も賄い、さらには余剰穀物の輸出まで可能になった。
もちろん、これは『おカネを自由に発行できるようにした』からこそ可能になったことだ。最初の資金は貴族や金貸し商からの借金に頼ったが、それ以後は王国がおカネを発行することで賄うことができた。もし、王国がおカネを発行できなかったなら、この事業はおカネが足りずに途中で頓挫していただろう」
「やはり、おカネの発行を財源にできる意義は大きいですね」
「その通りだ。そして、同時に導入された『王都アルカから出る糞尿を肥料化する』ことも食料生産の増大に大きく貢献した」
「そういえば、最近、糞尿を収集する作業員の賃金が爆上がりしています。以前であれば、日の出前から街中をまわって糞尿を集めて歩くような仕事は、貧困で仕事のない人間のやる仕事だったのですが、今や成り手がいなくなったせいで、高給取りになってます。おかげで人件費が頭の痛いところです」
「ははは、そうだろうな。それだけアルカナ王国が豊かになっている証拠だ。昔は景気が悪くて人手が余っていたから、どんなに汚くてきつい仕事でも成り手がたくさん集まってきた。どんなに嫌な仕事でも、生きていくためには働かなきゃならないからね。景気が悪い社会では、事実上、職業を自分の希望で選ぶことはできない。
しかし社会が豊かになると、人手が不足するようになり、汚くてきつい仕事には人が集まらなくなる。他にも仕事はいっぱいあるからね。職業を自分の希望で選択できるんだ。
でも、それはいいことなんだ。汚くてきつい仕事は、社会にとても重要な仕事である場合も多い。肥料を作るための糞尿を集める仕事は、まさにそれだ。汚くてきつい仕事をすることで社会を支えてくれる人々に対して、それ相応の報酬が与えられることは、とても大切なことだ。王国政府は、そのためにカネを惜しんではならない」
「はい、十分に心得ております」
「そして第三は『スラムの浮浪者を労働力として活用した』ことだろう。王都アルカのスラムにはアルカナ王国中から貧しい浮浪者が集まっていた。彼らは何も生み出していなかった。そのため、無駄な存在だとして浮浪者を国外追放しろと主張する貴族までいた。
しかし、彼らに職を与えて生産活動に従事させるなら、人々の生活に役立つ物資を生み出すことができるようになる。彼らの労働力を有効に活用できないとすれば、王国が無策無能であることにほかならない。
幸いにしてアルカナ川を復活させるという大事業を計画したことで、彼らの労働力を生かす機会ができた。彼らの労働力によってアルカナ川の河川工事は完成し、それが王国の食料生産を向上させた。そして彼らには十分な食料と、後になって賃金も支払われることになった。賃金を手にした人々は、それまで買うことができなかった衣類や生活雑貨を買い求め、住まいを探して家賃を支払うようになった。こうして経済が成長した。
経済が成長すれば、取引に使うためのおカネの量も増えなければならない。王国が発行して河川工事などに使ったおカネは市場に流通し、経済を支えることに役立っている。王国がおカネを発行して大規模工事を行い、それで人々が働いて農業生産を増やし、同時に消費を増やすことで経済が活性化し、王国の発行したおカネは拡大した経済活動を支える。まさにすべてがうまく回ったのだ。もちろん、幸運だったのだろう」
「ところで、これからは、どのようにアルカナ王国を発展させるおつもりですか」
「そうだな。何より『新しい技術の開発』だ。そのために、すでに王立研究所を設立してある。前にも説明したが、人々の生活を豊かにするためには生産性の向上が欠かせない。
ただ単に人口が増えて国が大きくなるだけでは、人々の生活は豊かにならない。貧しい国の人口が増加して大国になっても、貧しい大国になるだけだ。
一人の人間が、同じ時間でより多くの財(物やサービス)を生産できるようになる必要がある。これが生産性だ。そうすれば、人口が増えなくとも、生み出される財の量はどんどん増えることになる。この生産性を高めるために必要なのが技術だ。そしてこの技術を使いこなすために、人々を教育することも必要になるだろう」
「つまり、教育の普及ですね」
「その通りだ。他にもいろいろ考えはあるが、あまり大風呂敷を広げるわけにはいかないから、また機会があれば話すことにするよ」
「ぜひ、お聞かせください。必ずや、陛下のお役に立つよう補佐いたします」
「まあ、それよりまずは王都の整備だな。王都アルカの人口も増え続けているから、まったく住宅が足りていない。郊外に掘っ立て小屋がどんどん増える一方だ。市街地も拡張しなければならないだろう」
「まだまだ、やることが山積みですね」
「ああ、まったくだ。明日からまた、忙しくなるぞ」
ーーー
そのころ、戦乱のどさくさに紛れてエニマライズを脱出した裏切り者のジェイソンら一行は、遥か北西にある大帝国、ザルトバイン帝国の帝都エターナに到達した。そして帝国の皇帝、エアハルトに願い出て、奇跡的に謁見を許された。通常であればば、たかが南方の小貴族でしかなかったジェイソンなど相手にされないところだが、その南方の小国であるアルカナ王国が大国のジャビ帝国を撃退したとの噂を耳にしていたため、興味をひかれたのである。
皇帝エアハルトは、七段はありそうな壇上の玉座の上からジェイソンを見下ろしながら言った。
「お前はジェイソンと言ったか。お前に聞きたいことがある。二か月ほど前にメグマール地方の小国アルカナという国が、南方の大国であるジャビ帝国の軍勢を打ち破ったと聞いた。にわかには信じられぬ。なぜ、それほどの大国を撃退することができたか知っておるか」
「ははあ、皇帝陛下様。その秘密は、これにあります」
ジェイソンはひれ伏しながら、鉄砲を両手で持ち、頭上に掲げて見せた。
「なんだ・・・それは」
「はい、これは鉄砲と呼ぶ新兵器でございます。これは弓のように離れた敵を攻撃する武器でございますが、威力がすさまじく、鉄の鎧を貫いて敵を倒すほどなのです。もし差し支えなければ、ここで試しに発射してご覧に入れます」
「ふむ、許可する。やってみせよ」
ジェイソンはプレートアーマーを人形に着せてその場に立てると、少し離れた場所から鉄砲で狙いを付けた。
「皇帝陛下、ものすごい大きな音がいたしますので、ご容赦ください。発射します」
ジェイソンが引き金を引くと、城の広間にすさまじい轟音がとどろき、近くにいた帝国の兵士や家臣はひれ伏してしまった。皇帝エアハルトも驚きのあまり玉座のひじ掛けにしがみ付いた。
弾丸はプレートアーマーを完全に貫通していた。ジェイソンは鎧の胸当て部分を手に取ると、皇帝の前へ進み出て、うやうやしく頭の上にかかげた。家臣が恐る恐る胸当てを手に取ると、壇上の皇帝に近づき、弾丸で生じた穴を見せた。
それを見たエアハルトが真剣な表情で言った。
「まさに、これは恐ろしく強力な武器だ。我が帝国もこれが欲しい。お前はこれを作ることができるのか」
「はい、鉄砲を作る技術を持った職人を連れてきております。もし私を召し抱えいただけるなら、ただちにこの鉄砲を作る鍛冶場を準備し、皇帝陛下に鉄砲を生産して差し上げたいと存じます」
「うーむ、わかった。お前をわが帝国の末席に加えてやろう」
「ありがたき幸せにございます」
「ところでお前に領地を与えてやる余裕はないが、それでも良いか」
「結構にございます。その代わり、帝都で金貸し商を営む許可をいただきたいのですが」
「ふむ。商売ならば、自由にするがよい」
「ははあ、ありがたき幸せ・・・」
ジェイソンの後ろに控えていたアルカナ王国の元財務大臣ヘンリーがにやりとほくそ笑んだ。




