第九十八話 褒美の授与で大騒動2
最後はレイラの部屋へ向かった。レイラは部屋に居なかったので、城の中庭へ行ってみた。お天気の良い昼下がりで、多くの人々が散策しながら庭の草花を楽しんでいた。その庭のベンチでレイラを見つけた。レイラの親父も一緒だった。
ミックは思った。
「うへ、あの親父も一緒か・・・これは厄介だな」
ミックはベンチに座るレイラに近づき、褒美についてレイラに尋ねた。レイラは毅然として言った。
「褒美など受け取れません。私は陛下の部下としての務めを果たしたまでです。お気持ちはありがたいのですが、受け取ることはできません」
さすがはレイラ殿だ、他の腑抜けた連中とは大違いだ、とミックは思った。とはいえレイラだけ褒美を渡さないというわけにはいかない。
「しかし、レイラ殿、他の部下の皆様にも差し上げることになっておりますので、ご希望の品を受け取っていただかないとバランスが取れません。どうか、ご希望を教えていただけませんか」
レイラの親父が横から口を挟んだ。
「ほれ、総務大臣殿もそう申されておるではないか。そうじゃ、それならわしが決めてやろう。王都に新しく家を建ててもらうのはどうじゃ。新しい家が欲しいじゃろう」
「家なんか建ててどうするつもりだ」
「そんなもの、わしと一緒に住むに決まっておろう。わしももう年じゃ。体もだんだん弱ってきたから、娘に面倒を見て欲しいのじゃ」
「よく言うわ。全力でぶん殴ってもピンピンしてるくせに何をとぼけたことを。そもそも私は親父と一緒に住む気はない。親父と住むなんて、どんな地獄なんだ」
「なんだと、親の面倒を見るのが親孝行というものだろが」
だんだんと雰囲気がヤバくなってきたので、ミックがあわてて言った。
「お願いします、レイラ殿のご希望を教えてくださいよ。ここは、私の顔を立てて」
レイラはしばらく考えている様子だったが、何やらそわそわし始めた。そして、周囲を気にする素振りを見せてからミックの方へ顔を近づけると、小声で言った。
「それなら、陛下と一緒に、どこかでお食事がしたいです」
「はあ? よく聞き取れませんでした。もう少し大きな声でお願いします」
レイラの顔が少し赤くなった。
「で、ですから、アルフレッド陛下と一緒に、どこかでお食事がしたいのです」
それを聞いたレイラの親父が、あたりに響き渡るほどの大声で言った。
「なんだと、おまえ、アルフレッド陛下と食事がしたいだと!」
「う、うわ、うるせえ。そんなでかい声をだすんじゃねえ」
庭を散歩していた多くの老若男女が、大声に驚いて振り返った。庭中の視線がレイラに集まった。レイラは羞恥心で体が縮こまった。そんなレイラを親父が呆れたように見下ろしながら言った。
「なんじゃ、飯が食いたいのか。それならわざわざ陛下と食わなくても、ワシがいくらでも食わせてやるぞ。牛の丸焼きがいいのか、それとも豚の丸焼きか。七面鳥もいいぞ」
「何を言ってるんだ、誰が親父と飯なんか食うかよ」
「なんだ、飯を食いたいんじゃないのか」
レイラは再び、もじもじしながら言った。
「そうじゃないんだって。だからさあ・・・アルフレッド陛下と二人だけで、静かな雰囲気の中でゆっくり食事をしたいの」
それを聞いた親父の顔が急にシリアスになった。
「おまえ・・・陛下と二人だけで食事して、なにする気だ・・・襲うのか」
「だだ、誰が襲うか! 人聞きの悪いことを言うな。私を何だと思ってるんだ、まったく・・・陛下とゆっくりとお話がしたいだけだ」
「なな、なんと・・・」
親父はゆっくりと天を仰いだ。
「はああ、お前もそんな年頃になったか。なんてこった。気が付かなかったわい」
親父はしみじみ言うと、ミックを振り返って静かに言った。
「ミック殿、そういうことだから、ワシの娘に牛の丸焼きを食わせてやってくれ」
レイラは座っていたベンチがへし折れるほどの勢いで立ち上がった。
「人の話、全然聞いてねえだろ、このくそ親父」
「なんだ、やろうってのか」
また始まった。これ以上かかわると、こっちの身が危ない。ミックは二人を後にした。レイラ殿は陛下と二人だけでお食事か、まあ、これは陛下にお願いすれば、聞き入れてもらえるだろう。さて、これで全部終わったな。やれやれ一安心、自室に戻るとするか。
ミックが一仕事を終えて廊下を歩いていると、正面からキャサリンが鼻歌交じりの上機嫌で歩いてきた。これはヤバイ。ミックは急いで近くの部屋に隠れようとしたが、キャサリンに見つかってしまった。
「ちょっとミック、なんで逃げようとするのよ」
「いえいえ、キャサリン様から逃げるだなんて、と、とんでもありません。ちょっと、こちらの部屋に用があったものでして、はい」
「なによ、そこって貴婦人用の着替え室じゃないの。あんた、覗こうっての?」
「あー、いやその。あはは。あー」
「ふーん、まあいいわ。そういえば、ミックはお兄様の部下たちに、ご褒美の品の希望を聞いて回っているそうじゃない。わたくしには聞かないのかしら?」
「へ? いったい何の話でしょう。そんな話を誰に聞いたのですか?」
「とぼけたって駄目よ。そんなのカザルに決まってるじゃないの。『おれは陛下から褒美を貰うんだ、がはは』って、あちこちで自慢して歩いてるわ」
「あのやろう、口止めしておけばよかった・・・」
「何か言った?」
「いえいえ、何でもございません」
「ところで、ミックはわたくしにご褒美の希望を聞かないのかしら。わたくし、さっきからずうっと待っていたのよ」
「申し訳ございません。これは部下の皆様に対するご褒美でして、キャサリンお嬢様は王族でいらっしゃいますので、対象外なのです。どうしても欲しければ、別途、陛下にお願いを・・・」
「イヤ! イヤよ。わたくしも皆と一緒にご褒美が欲しいのですわ」
「あのですね、今回は部下の皆様の・・・」
キャサリンが開き直った。
「なんで部下の人ばかり褒美をあげるのよ? このミックのケチ、どケチ、しみったれ。ご褒美をくれないと、また貧乏神を呼ぶわよ」
「そ、そ、それは困ります。参りました、特別にキャサリンお嬢様にもご用意いたします。はて、お嬢様は何をご所望されますか」
「そうねえ、ペットの犬がいいわ」
「犬でございますか。それはまた、どうして?」
「以前、王城をうろうろしている犬を捕まえたことがあるのですわ。その犬はなぜかお兄様に似ていたの。でも、目を離した隙に逃げられてしまったの。だから、お兄様に似た犬を探してほしいのですわ」
「陛下に似た犬でございますか、う~む、それは難しいですね。そもそも犬が人間に似るとは思えませんが」
「いいえ、どこかに居るはずですわ。必ず探して来てくださいね」
「はあ・・・」
ミックは力なく答えた。陛下に似た犬なんて居るわけがない。弱ったな、もうなるようになるしかないな。適当な犬をあてがっておこう。
ーーー
いよいよ褒美の授与式の当日になった。
俺は雑用がいろいろ忙しくて、授与式の準備は完全にミックにお任せの状態だった。まあミックの事だから、万事うまく準備を整えてくれただろう。
俺は謁見の間の玉座に座っていた。広間にはレイラをはじめ、部下たちの面々が顔をそろえた。そしてキャサリンも居た。なんでキャサリンがいるんだろう。俺は座ったまま隣に立っているミックに耳打ちした。
「キャサリンは対象外だったはずだが」
「はい、それがまあ、いろいろ事情がございまして。今回は目をつぶってください」
授与式が始まった。まずはじめに俺が挨拶を述べた。先のジャビ帝国との戦争における部下の活躍について皆に感謝の意を伝え、彼らの功績をたたえ、報奨金と褒美の品を授与する旨の話をした。
続いて、ミックの司会進行により、褒美の品の授与が行われた。
「ルミアナ殿」
「はい」
「ルミアナ殿には、希望により、『希少な錬金素材』を与えるものとする」
広間に大きなワゴンが運ばれてきて、その上にはさまざまな素材が置かれている。ミックが品物の目録を読み上げる。
「ええと、地獄の首切り草、目つぶし赤豆、血塗れのマンドレイク、色欲依存ダニ、発狂コオロギ・・・」
うへえ、聞くからにヤバそうな名称の素材ばかりじゃないか。そんなもの広間に持ち込んで大丈夫なのだろうか。一瞬、俺の脳裏に不安がよぎった。
「次に、カザル殿。カザル殿には希望により『火炎魔法の高温炉』を与える」
台車に乗った大きな機械が運ばれて来た。機械は変な形の棒がやたらに突き出ている窯のような格好をしていて、操作レバーも付いている。機械を作ったラベロンが横に立っている。カザルは機械に駆け寄ると、機械の周りをぐるぐると回りながら、食い入るように見る。
「おお、これが『火炎魔法の高温炉』か。すげえ、やったぜ」
「次に、サフィー殿。サフィー殿には『ニワトリ100羽』を与える」
鶏がたくさん入った巨大な籠が広間に運ばれてきた。
「あっはっは、うまそうじゃのう」
「次に、キャサリンお嬢様。お嬢様には『ペットの犬』を差し上げます」
間抜けな顔をした犬が、はあはあ、よだれを垂らしながら広間に連れられてきた。それを見たキャサリンが大声で言った。
「なによ、この犬、ちっともお兄様に似ていないですわ。それに、すっごい頭の悪そうな顔の犬じゃないの。ちょっとミック、お兄様に似た犬を連れてきなさいって言ったわよね」
キャサリンの奴、なんで俺に似た犬を欲しがるんだ。
ミックが慌ててフォローした。
「いえいえ、よくご覧くださいお嬢様。この、目のあたりなど、陛下にそっくりでございますよ」
犬の顔がズームになった。いや、ぜんぜん俺に似てないだろ、失礼だな。というか、俺の顔に似た犬なんか居てたまるか。
「いいえ、ちっとも似ていませんわ」
ミックはそれ以上キャサリンの話に応じることなく、無視して司会を進めた。
「はいはいはい、次に行きます。次はアネス殿。アネス殿には世界の珍味『腐ったチーズ』を進呈します」
大きな蓋つきの銀製の皿が、ワゴンで運ばれてきた。横にはワインのボトルもある。
腐ったチーズだと? ははあ、エポワスチーズとかゴルゴンゾーラチーズとかカマンベールチーズとか、すごい匂いのするチーズのことか。この時代だと衛生管理がいい加減だから、雑菌が大量繁殖してすさまじい悪臭を放つんじゃないか、いや、もうすでに、ふたの隙間から匂いが漏れ出してきているぞ。
アネスはチーズの入った皿を前にして目を輝かせている。
「これが、わざわざ腐らせたチーズなのですか。どんな形なのか、見てみるのです」
アネスが皿に被せられていた蓋をとった。とたんにすさまじい悪臭が、皿からもくもくと拡散しはじめた。
一方、ニックは最後にレイラの褒美の品を読み上げようとした。
「はい、それではレイラ殿。レイラ殿には・・・」
レイラはわくわくしながら発表の瞬間を待っていた。高まった期待のおかげでレイラの心はここにあらず、すでに頭の中は都合の良い妄想で満たされていた。
湖のほとり、緑の美しい森の中のコテージの明るいテラス、白いテーブルに白い椅子。正面の席にはアルフレッド陛下がニコリとほほえみ・・・。ぐわ、何だこの匂いは。湖から巨大な変なものが流れてくる、あれは・・・レイラは正気に引きずり戻された。
チーズの腐った匂いが広間に漂う充満し、もはや授与式どころではない。
ミックがすべての髪の毛を逆立てて大声で叫んでいる。
「アネス殿! アネス殿! チーズの蓋を閉めてくだされ。臭くて大変です。蓋を閉めて」
「あわわわ、ごめんなさいです、ごめんなさいです」
アネスはあわてて蓋を閉めようとして、ぐわしゃんと皿をひっくり返してしまった。チーズが床に散乱し、あちこちに転がっていく。ますます匂いが広間に拡散していく。あまりの悪臭に、ついに籠の中の鶏が暴れだし、けたたましく鳴きながらバタバタと籠の壁に何度もぶち当たる。サフィーが籠に駆け寄る。
「こ、これ。しずかにせんか」
とうとう鶏の籠の蓋が外れ、鶏が次々に飛び出してきた。抜けた羽が舞い上がる。鶏はパニックになってあちこちを飛び回る。そのうちの数羽が錬金素材のワゴンの上に飛び乗ると、素材をついばみはじめた。ルミアナがあわててワゴンの上から鶏を追い払う。
「あ、これはいけないわ。そんなもの食べたら・・・」
錬金素材を食べた鶏が発狂し、火を吐くもの、超高速で飛行するものが出現。そのうち数羽の超高速移動する鶏が、あわてふためくアネスに向かっていった。驚いたアネスは近くにあったチーズを手に取ると、鶏に投げつけた。
「あわわわ、こっちに来ないで欲しいのです。あっちへ行くのです」
手当たり次第にチーズを投げたものだから、犬の方にも飛んで行った。文句を言い続けるキャサリンの横でよだれを垂らしていた犬の間抜け面にチーズが命中。チーズの中身が飛び出した。悪臭に鼻をやられた犬が興奮し、歯をむき出して暴れ始めた。
「ちょっと、バカ犬、大人しくしなさい。こら、どこへいくの、待ちなさい」
カザルは火炎魔法の高温炉を試しに操作しているところだった。ラベロンがその横で操作方法を教えていた。カザルは火力レバーを操作して、火炎の温度を上げ下げしている。あたりで始まった騒ぎに興味がないようだ。
「うるせえなあ、気が散ってテストができないだろ、静かにしろよまったく・・・よし、もう少し火力をあげてみるか」
かがんだ姿勢で火力レバーを調整していたカザルの後ろに、発狂した犬が猛烈な勢いで走ってくると、尻にガブっと食いついた。
「うわ、いてええええ」
カザルが大声で叫んで飛び上がると、その勢いで手にした火力レバーが根元からボッキリ折れてしまった。スイッチががちゃんと切り替わり、高温炉がわんわん音を立てて深紅の炎を噴き出し始めた。
それを見て、ラベロンが青くなった。
「こ、これはいかんぞ。装置が暴走をはじめたわい。大変だ、爆発するぞ、逃げろ」
ーーー
その頃、ザクとゾクが王城の庭をぶらぶら歩いていた。
ゾクがザクに言った。
「今日は城内の広間でご褒美の授与式が行われてるらしいぜ。みんな、どんなご褒美をもらってんだろ、うらやましいな。俺も褒美がほしいぜ」
「そうだな、今度は俺たちも、もらえるように頑張らないと」
二人が笑っていると、突然、庭に面した城の壁が爆発して吹き飛んだ。
ザクとゾクは驚いて目を見開いた。
壁には大きな穴が開いて黒煙が噴き出し、その中から羽をまき散らしながら数十羽の鶏が飛び出してきた。続いて、鶏を追いかけてサフィーが飛び出し、尻を犬に噛みつかれたカザルとわめき散らすキャサリンが飛び出し、真っ黒になったアネスとラベロンがよれよれ歩いて出てきた。
その様子を見たゾクが目を丸くして言った。
「人間のご褒美ってすげえんだな、爆発すんだな。俺は爆発する褒美はいらねえ」
「バカ、ちがうだろ、どう見ても事故だ」
城の使用人たちが大騒ぎで集まってきて、バケツで水をかけたり、壊れた壁の瓦礫を取り除いたりしている。俺は爆炎のすすで真っ黒になったまま椅子に座り、その横に、同じく真っ黒になったレイラが立ち尽くした。
こうして褒美の授与式は大騒ぎのうちに終了した。




