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第九十七話 褒美の授与で大騒動1

 ジャビ帝国との戦いに大勝利を収めてから一ヶ月が経過した。少し時間が遅くなったが、活躍してくれた部下たちに「褒美」を与えることにした。褒美として報奨金を渡すつもりだが、それだけではつまらない。活躍を称える式典を行い、そこで「望みの品」を授与するのも一興かと思った。とはいえ政務に何かと忙しい俺は式典の準備などできない。褒美の授与式をミックに任せることにしたのである。


「引き受けてくれるか、ミック」


「はい、喜んでやらせていただきます、陛下」


 ミックは思った。


 先の戦争で目立った活躍ができなかった自分だが、こういった行事であれば陛下のお役に立つことができる。これは陛下からの評価を高めるチャンスだ。まずは陛下の部下たちに、どんな褒美が欲しいのか、内々に希望を聞いて回らねばならない。


 とはいえ、陛下の部下たちは一癖も二癖もある人物ばかりだから、希望を聞き取るだけでも大変だ。どんな常識外れの要求をされるか、わかったものではない。まずは比較的常識のあるルミアナ殿に話を聞いてみよう。


 ミックはルミアナの部屋を訪ねてみた。


 ルミアナの研究室のドアをノックすると返事があった。ドアを開けて中へ入ると、ポーションの調合材料の匂いが鼻を突く。お世辞にも良いにおいとは言えないが、ルミアナ殿は平気なのだろうか。ミックがそう思いながら部屋の中に進むと、突然、リスに似たかわいらしい生き物が肩に飛び乗ってきて、キューと鳴きながら頬ずりをしてきた。


「やあ、これはルミアナ殿のペットですかな。ルミアナ殿にお似合いで、実にかわいらしいペットですね。心が癒されます。妙になついてきて、私のことが好きなんでしょうかねえ」


「いけません、ミック殿の血の匂いに釣られて、すり寄ってきたんです」


「はあ?」


「それは吸血ドクネズミです。頬ずりしながら相手を毒で眠らせて血を全部吸い取る危険な生物です。ミック殿、狙われていますので気を付けてください」


 一瞬、動物の目が光った。ミックは仰天して、うへぇと叫んでその動物を肩から払い落とすと後ろへ飛びのいた。


「ル、ルミアナ殿、そんな危険な動物を部屋で放し飼いにしているのですか」


「申し訳ありません、催眠毒の研究用に飼っているのですが、そこの飼育箱からよく逃げ出すんですよ。以後、管理には十分に気を付けます」


「お願いしますよ、そんな動物が城内に逃げ出したら大変なことになりますから」


「申し訳ありませんでした」


 ルミアナは謝りながら、素早く動物の首根っこを掴まえると、飼育箱の中に戻しながら言った。


「ところでミック殿、ちょうどよい所に来られました。ちょっとお願いがあるのですが」


 ミックは本能的に嫌な予感がしたが、平静を装った。


「な、何でしょうか? 私に出来ることなら何でもお手伝いいたしますが」


「以前に古代エルフの図書館で入手した文献にあったポーションを調合しているのですが、実際に飲んでみないとわからない部分も多いんです。それで、ミック殿に・・・」


 ミックは激しく首を振った。


「いやいや、さすがにルミアナ殿のお願いでも、得体の知れないポーションの実験台になれません。ご勘弁ください」


「大丈夫です、タダとは言いません、ちゃんとおカネは払いますから」


「いえ、おカネの問題じゃないです。生死の問題です。さすがに無理です」


「そうですか・・・文献によると、頭がよくなるポーションらしいのです。頭の回転が速くなって、多方面に幅広い考察力を発揮できるらしいので、総務大臣の役職にはぴったり。お仕事で大活躍できるかもしれないのです。そうすれば陛下の覚えもよくなると思うのですが、・・・ああ、実に残念です」


 頭が良くなると聞き、ミックは少しだけ興味が湧いてきた。


「頭の回転が早くなるのですか・・・それは魅力的ではありますが、それだけ大きな効果があるとなれば、何か副作用があるのではないですか」


「いえ、文献によれば、すこしだけ外見上の変化が起きるかも知れませんが、大したことはありません。そんなのすぐに慣れますよ」


「その外見上の変化とは?」


「脳細胞がどんどん増殖して脳が大きくなり、額に新たな目が二つ開きます。ぜんぶで目が四つになりますので、視力もアップ。どうです」


「じょ、冗談ではありません。すこしの変化どころか、目が四つもあったら、もはや人間ではありません。結構です。もう帰らせていただきます」


 ルミアナが不思議そうな表情でミックを見た。


「はて、ところで、ミック殿は何をしに、こちらへいらっしゃったのですか」


「おお、そうでした、驚きのあまり大切な用件を忘れるところでしたよ。実は陛下のご命令で、先のジャビ帝国との戦争でご活躍された部下の皆様に、金一封と望みの品を進呈することになりました。そこで皆様に望みの品を伺っているのです。何かご希望する品物はありますか」


「そうねえ・・・じゃあ、この機会にお願いしてしまいますわ。以前から欲しいと思っていた希少な錬金素材があるのです。どれも高価なのでお願いするのは気が引けていたのです。紙に書き留めてあるので・・・」


 そういうと、ルミアナは机の引き出しを開けて、中から紙切れを取り出し、ミックに手渡した。ミックはそれを眺めてから、やや困った表情で言った。


「どれも聞いたことがない品物ばかりですね。どこで入手したらよいのでしょう」


「それでしたら、ほとんどはイシル公国に広がる森の奥深くで採取できるものばかりなので、ナッピーにお願いして、ハーフリングの錬金術師から買い取ることができると思います。金額は張るでしょうね、金貨での支払いが前提です」


「承知しました」


 ルミアナの希望を聞き取ると、次はカザルのもとへ向かった。カザルは仕事場で作業しているところだった。


「カザル殿、お仕事中に申し訳ございません。実は陛下の命で、部下の皆様に金一封と望みの品を進呈することになったのです。つきましては、カザル殿のご希望を教えていただきたいと思いまして」


「なに? 俺が希望する品をもらえるんですかい」


 それを聞いて、カザルの顔が急にニヤニヤしてきた。


「うへへ、何でもいいんですかい、それじゃあ・・・」


「ははあ、さてはまた、スケベなことでも考えているのでしょう。下着姿の女の子がいっぱいいる店に連れて行けという話ですね、その腑抜けた顔を見ればわかります」


 カザルがムッとして言った。


「おいおい、人様を何だと思ってるんでぇ。俺が欲しいのは、高温の火炎放射炉だ。そいつをラベロン殿に作って欲しいんだ。あの火炎魔法の魔道具が放出する炎の温度はかなり高そうだからな。それを使って鉄を鍛えて、より高性能な武器を作りたいんだ」


 それを聞いたミックは、大げさに後ずさりした。


「な、なんと、これは大変だ。カザル殿がまともな要求をしてきた。ようやくメグマール地方の内戦が終わってアルカナに平和が訪れたというのに、天変地異でも起きなければ良いのですが。くわばらくわばら」


「うるせえ。そんな心配より、ちゃんとラベロン殿に頼んでくれよ」


 どことなく腑に落ちないまま、ミックはカザルの部屋を出ると、今度はサフィーを探すために厨房へ向かった。サフィーは残り物や古くなった食材をもらうために、しばしば厨房に出入りしているのだ。おかげでサフィーが来てからというもの、王城では残飯や生ゴミはほとんど出なくなった。まるで「歩く生ゴミ処理機」である。


 案の定、サフィーは厨房のはしっこで昼食の残り物をもりもり食べていた。


 ミックはサフィーに尋ねた。


「これは、サフィー殿。相変わらず暴食・・・じゃなくて、お元気そうで何よりです」


「何じゃミックか、何の用じゃ。まさか、おぬしも残り物を狙ってきたのではあるまいな。残念ながら、これはわれの物じゃ。おぬしには分けてやらんぞ、帰れ」


「いりませんって。それより、陛下の命で、サフィー殿に金一封と望みの品を進呈することになったのですが・・・」


「ふ~む、望みの品か。それならドラゴンの肉がよい。あれは魔力を補充するには最高の食材じゃ。あれさえ食えば、びんびんじゃぞ。そうじゃ、ドラゴンの肉が手に入ったらおぬしにも少し分けてやるから食え。さすればおぬしもびんびんじゃ、あっはっは」


「はあ、びんびんは結構ですが、人間界にはドラゴンはおりません。仮に人間界に居たとしてもドラゴンなど狩れませんよ。他のものにしてください」


「おお、そうであった。ふ~む、ならば牛を100頭にしてくれ」


「いやはや、牛を100頭も食べられてしまっては、王国のチーズやバターの生産に支障が出てしまいます。ここは鶏で手を打っていただけませんか。鶏でしたらすぐに増えますので、問題なく100羽をご用意できます」


「鶏か・・・そうだな、鶏を生きたまま丸呑みするのも悪くないか」


 ミックはサフィーが鶏を丸呑みする姿を想像して恐怖した。


「ひえ、そ、そういう恐ろしい事は言わないでください。私は気が弱いのですから」


「ほお、ミックは気が弱いのか。それは困ったものじゃな。よし、われが『魔界式・精神修行』で鍛えなおしてやろう。何にも動じない鉄のごとき精神力が身に着くぞ」


「いえ、修行で殺されかねませんので結構です。それでは」

 

 ミックは逃げるように厨房を後にした。


 次に元・天使のアネスの部屋にやってきた。相変わらず部屋に引きこもっているようだ。何度ノックをしても返事がない。ドアを開けてみようか。だが、ミックは躊躇した。ドアを開けた途端に、中からカマドウマやゴキブリが一斉に飛び出してくるかもしれないからだ。それは、きれい好きのミックにとって恐怖以外の何物でもなかった。


 ミックはびくびくしながらドアを少しだけ開けて、隙間から中を覗いてみた。相変わらずのゴミ屋敷だ。その真ん中のゴミの無い床に、アネスが寝転がっていびきをかいている。ワインのビンが床に転がっているところを見ると、また昨晩しこたま飲んだのだろうか。幸い、恐れていたゴキブリやカマドウマは周囲に見当たらない。


 ミックは静かにドアを開け、そろりそろりとアネスの方へ近づいた。アネスは気付かずに寝ている。ううむ、寝顔はかわいい天使のようだなとミックは思って、ほっこりした。


 と、ミックの頭の上に、何かが落ちてきた。ミックがとっさに手でつかんでみると、巨大なアシダカグモがゴキブリをくわえていた。


 ミックは目をつぶったままクモを全力で放り出すと、火がついたように叫んだ。


「ひゃああああ」


 すやすや寝ていたアネスはその声に仰天し、天井にぶつかるほど飛び上がると床に落ち、四つんばいでじたばた歩き回った。


「あわわわわ、何事なのです、メガネ、メガネはどこ・・・」


 アネスはメガネを付けるとミックに言った。


「あなたは・・・ミック殿ではないですか。天使の寝室に無断で入り込むとは、ミック殿も大胆な人なのです。これはプライバシーの侵害行為なのです」


 ミックはあきれた顔で応じた。


「何を言ってるんですか、何度もノックをしたのに、酔っぱらって寝ている方が悪いのですよ。おまけに何ですか、この汚い部屋は。そんなことでは、天界に帰れませんよ」


「大きなお世話なのです。ところで何の用で来たのです?」


「陛下の命で、アネス殿に金一封と望みの品を進呈することになったのですが・・・」


「望みの品ですか・・・えへへへ」


 望みの品と聞いてアネスの顔が緩んでしまった。天使の面影もどこへやら、すっかり欲望に脳を支配されてしまった顔である。


 アネスは言った。


「やっぱり、ワインにはチーズが良く合うのです。世の中には珍しいチーズがあると聞いたことがあるのです。なんでも、世の中にはわざわざ腐らせて作るチーズがあるとか。鼻が曲がるほど強烈な悪臭がするけど、味は格別らしいのです。まだ食べたことが無いので、一度、食べてみたいのです」


 ミックが顔をしかめながら顎を引き、片手を振りながら言った。


「わざわざチーズを腐らせるのですか。そんなものを食べる連中の気が知れませんね」


「そんなことないのです。腐らせたチーズは世界各地にあるらしいのです。なかにはハエのウジ虫に食わせて作るチーズもあるらしいのです。チーズの中をウジ虫が這いまわっているのです。なんでも、そのチーズを食べようとすると、中からウジ虫がぴょんぴょん跳ねて飛び出してくるらしいのです。ウジ虫が目に入ると大変なのです」


 その様子を想像して、ミックはすべての髪の毛が逆立った。


「ひゃあああ、ウジ虫チーズとか、そんなもの絶対にダメです、絶対にダメ。わたくし、そんな不潔なものは見ただけで卒倒してしまいます。思い浮かべただけで、ひゃあああ。せめて腐ったチーズだけにしてください」


「う~ん、ウジ虫チーズはあきらめるのです。腐ったチーズだけで良いから、いっぱい、山ほど欲しいのです。おいしいワインも一緒にあるといいのです」


「はいはい、わかりました」


 ミックはハンケチで汗をぬぐいながら、急いでアネスの部屋を後にした。

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